「山場」3拓最終話
「山場」3
地上に出てきた拓たち。
ホテルで待っていた優美。
無事を喜ぶが、後ろからはALの大群が。
もう彼らには銃弾がなかった!
***
香港ハリウッドホテルの前で、優美はボートの近くで傘を差して待っていた。
銃声は突然鳴り響いた。
優美が顔を上げた時には、すでに拓たち三人がホテルのロビーから飛び出したところだった。
拓たちの無事を知り、優美は最初喜色を浮かべたが、三人を追いかけてくるALの大群を見て、一瞬で顔色が変わった。
だけではない。ホテルの中から追いかけてくるだけでなく、東側や北の園内からも無数のALが出現してやってくる。まさに彼らは蜂の巣を叩いて逃げている真っ最中だ。
「何やってんのよ! あいつら!」
優美は叫ぶと傘を投げ捨て、背負っていたAK103を掴み、駆けた。そして狙撃を始めた。この銃声で拓たちも優美が来ていることに気づいた。
三人はもうALが至近距離に近づいてこない限り迎撃しない。数が多くて限がないし、迎撃のため足を止めるほうが危険だ。こうなったら走るほうが安全なのだ。
三人が優美の方向に向かってきたので、優美はとにかく後ろに追いすがってくるALを狙撃していくが、数が多く、あっという間にマガジンに入っていた27発を撃ち切った。だがそのくらいではほとんど焼け石に水だった。
新しいマガジンに交換したが、優美は判断に迷った。
その時だ。
「ボート!! 銃そこ置けっ!!」
馬鹿でかい時宗の声が聞こえた。
優美はそれだけで分かった。三人は拳銃しか持っていない。もう弾がない。
優美はイングラムM10を掲げ、それを見せると分かりやすいように道の真ん中に置き、80m先にあるボートに向かった。拓たちは150mくらいだから、もうエンジンをかけないと間に合わない。
両者はそんなに離れていない。優美がボートに向かった20秒後には、拓たちもさっきまで優美がいた場所に到達した。
地面に置かれたイングラムM10は、一番荷物の少なく戦闘力のある姜が掴んだ。
掴むと同時にセレクターをフルオートにセットすると、振り向きざまに薙射する。それで至近距離まで迫っていたALを一掃した。
イングラムM10はフルオートならば30発を2秒かからず吐き出す。
その30発で追ってきたALたちの勢いが殺がれた。
その隙に、まず時宗がボートの飛び乗った。
拓は姜を援護するため、ベレッタを乱射する。そして11発で弾が切れたとき、最後の最後まで取っておいた、とっておきをズボンのポケットから取り出した。
手榴弾だった。JOLJUが持っていたものでこれひとつしかない。
使うなら今だ。
「手榴弾!」
そう叫び、拓は渾身の力で投げた。
30mほど飛び、大爆発を起こした。
10数体のALが爆発で吹き飛ぶ。
ボートに乗っていた優美が、最後の1マガジンを使い制圧射撃を行った。
僅かにALの勢いが、これで衰えた。
その隙に拓、姜の二人もボートに飛び乗る。
ボートはすぐに全速力で海上に向かう。
突進の勢いが止まらず、ALが次々に海に飛び込んでいく。が、連中は水が苦手だ。拓たちが海に逃げたと知り、後続は足を止めていった。
間一髪だった。
距離が後100mもあったなら、三人は無事ボートに辿りつけたかどうか分からない。
ボートはモーター最大出力で動かしたので、あっという間に200m沖まで進んだ。そして300mあたりまできてようやく速度を徐行まで落とした。
「すっごい量! 大丈夫?」
三人が持っている荷物の量を見て優美は呆れ返る。三人共リュックにバッグ、さらにレジャーバッグを体に2つ3つ括りつけていてすごい状態だ。
拓と時宗は顔を上げたが声が出なかった。全速力で走ってきたのでまだ呼吸が整わない。これだけの荷物と銃を担いで500m以上の距離を全速力で走れば、声が出なくなるほど疲労するのも当然だ。そして命が助かった安堵感と達成感で力が抜けてしまっている。
優美が三人の無事を確認し、漁船の篤志や啓吾たちに連絡する。連絡を受けるまでもなく、漁船のほうからもこの動きは見えていて、ゆっくりとこっちに向かっている。
結局、漁船とボートが合流したのは5分後だった。雨も強く荷物もあるので、四人は乗り込まず、ロープで漁船とボートを繋ぎ、牽引していくことにした。どうせ漁船に移ったって屋根はないから、雨で濡れる事には変わりはない。もう拓たちは動く気力すらなかった。
せめて……ということで、拓たちは篤志や啓吾たちが着ていた雨合羽を被った。とはいえ、もうそんなもの関係ないくらい体は濡れて冷えているが。
「風呂……風呂入りてぇ……」
時宗がようやくそう呟く。そして懐から煙草を取り出し咥えた。
「優美~、俺たち風呂な」
「残念。お風呂は私が一番目に予約しているの。男子は最後ね」
「お前ねぇ……俺たちのこの状態みて、それいうワケ?」
「濡れたのは私も同じよ! 私なんかずっと外だったんだから! レディー・ファースト」
「俺たちは雨だけじゃなくて汗と埃塗れだぜ!? 今日どんだけ走ったと思うのよ? ヘトヘトだぜ!?」
「だーめ。レディー・ファースト!」
「私は一緒に入っていいか?」
と姜。彼女がこんなことをいうのは珍しい。疲労と汗と雨で濡れて埃まみれになった今の状態が余程不快なのだろう。優美も姜なら断る理由はない。それにこの天候だから電気の充電は十分ではなく、風呂だって効率的に入らなければ全員は入れない。今日ばかりは拓たちも風呂に入りたい。
「じゃあ俺も一緒に入って洗いっこしよっか? 姐御」
相変わらず疲れていても減らず口は変わらない時宗。
「風呂だけでいいのか? 時宗」
姜はニヤリと笑い返す。珍しい返しだ。
「さすがに……今夜は風呂入ったら、もう動けそうにねぇーな」
「なら一人で寝ているんだな。私もゆっくり休みたい」
生死を分かち合った戦場を共に潜り抜けたせいか……香港に来てから、姜は大分拓たちと打ち解けてきた。時宗をあしらう言葉にもどこか親愛が混じっている。
「優美。<アビゲイル号>に戻って荷物を運んで一休みしたら、ちょっと皆で会議がしたいんだけど、体力もつ?」
「私はね。啓吾とレンちゃんはちょっと疲れているみたいだけど、アンタたちほどじゃないし」
「銃の手入れをしないと。手入れをしながら会議しよう」
銃もびしょ濡れだ。バラして拭いて乾かしてオイルを塗らないと錆びて使い物にならなくなる。
しかし会議とは何だろう。
「そんなに急ぎの用件があるの?」
「楊との契約がね。ちょっと面倒で……皆の意見と協力がいるんだ」
二時間前、拓は楊と話をした。
そしてそこである仕事を持ちかけられた。それを拓は了承したから花火を入手できたし軽油も手に入る予定だ。
拓はあまり気乗りではない。だが契約して、こうして助けられた以上何もしないわけにはいかない。
ただ拓一人でどうにか出来ることでもなかった。
「OK。どうせ銃の手入れは今夜しないといけないし、ご飯も食べないといけないしね。今夜は美味しいもの食べれるんでしょ? 食材はたっぷりあるし」
「カレーライスでも食うか? 今夜は腹いっぱい食いたい」
「カレーなら失敗ないしね。でもお肉あるの?」
「缶詰野菜や肉があるしベーコンやソーセージがある」
「ならできるかな」
「ところで優美、ライター持ってない?」と拓。
「すっかり喫煙者ね。もう! 私嫌煙なんだけど?」
そういいながら優美はポケットから使い捨てライターを取り出し拓に投げた。別に煙草のためではない。ライターと懐中電灯とナイフ、そして拳銃はこの世界で生きる上での最低生活必需品で皆持っている。
ライターを受け取った拓は苦笑すると、時宗が握っている煙草箱を勝手に奪い、煙草を二本抜き取ると、一本を姜に手渡し、一本を咥えて火をつけた。そしてライターを姜に手渡した。姜は自分の煙草に火をつけ、それを時宗に回す。
三人は仲良く煙草を燻らした。
こうして拓たちの作戦は終わった。
どうやら、この香港を旅立つ日はそう遠くはなさそうだ。
だが、ひとつだけやらなければならない宿題が残されている。
無事香港を旅立てるかどうかは、その宿題次第だ。
「山場」3でした!
ということで無事拓たちの作戦、成功です。
こうして食料を手に入れた拓。しかし宿題とは何か?
ここで一応三章拓香港編は実は一旦終了です。次回はエダ編になります。
ちなみに最後に言っていた宿題編は、エダ編の後の三章最後の短編という形になります。なので次がエダ編後半戦で、拓編エピローグで第四章です。
次回、誘拐されたエダ!
そして動く祐次たち!
これからも「AL」をよろしくお願いします。




