「冷たい現実…」
「冷たい現実…」
事実を知ったエダたち。
想像以上の状況に言葉を失う一同。
悪い冗談だと笑いたい。だが現実は冷たく冷酷だ。
間違いなく、世界は滅んだのだ。
***
こんな過酷で辛い現実があっただろうか。
初めに祐次さんの話を聞いたとき、それが理解できなかった。だが祐次さんの口調はけして冗談を言っているのではないと分かったとき、全身を冷たい震えが襲った。
そして現実だと頭が理解したとき、あらゆる感情がこみ上げ泣きだしそうになった。
それでも我慢した。不安げに会話を聞いているトビィやジェシカの顔が目に飛び込んだからだ。自分が取り乱せば不安は全員に伝播するし、祐次さんも話がしづらい。今は正確な情報がひとつでも欲しい。だから頑張った。
祐次さんは医者だという。だから説明が上手だった。それもあって、ちゃんと聞けた。まるで癌宣告を受けたような話だったけど、「お医者さんの言葉は聴かないと駄目」と自分に言い聞かせた。
必ず救助に行く、と言ってくれた。それを信じた。
通信が終わってから……エダは2分近く沈黙した。
そして、何度も深呼吸して、説明を始めた。
世界が滅んだこと。
国家も政府も存在していないこと。
今の地球には<AL>という名で呼ばれる戦闘的エイリアンが跋扈し、非常に危険であること。その種類と対処法も聞いた。
最後に、生き残った人類はそう多くないが、皆協力して<AL>と戦っていることも。
祐次さんは現在大西洋上にいて、こちらに向かっていること。
その話を聞いた教師1人と14人の子供は、まずは黙った。
誰も何も発せなかった。
沈黙は4分ほど続いた。
「悪いジョークだろ? テレビ局とか性質の悪いネット動画配信者に騙されたんだよ」
13歳の黒人少年ロドリー=ペップが大声で笑いながら周りの男子たちに笑いかける。それに釣られ3人ほどが笑った。だが他は誰も笑わなかった。
「大体可笑しいだろ!? なんで日本人が出てくるンだよ! アニメ好きの日本通に騙されて、みんな馬鹿じゃねぇーの!?」
周りの不快な雰囲気に耐えられず、12歳のライアン=ストーンも騒ぐ。ロドリーたちもそれに便乗し騒ぎ始め、非難はエダに向かった。
「黙れ!!」
トビィが叫ぶ。
トビィは今にも泣き出しそうなエダの頭を撫ぜ、刺すような眼で全員を睨みつけた。
激昂したのではない。
トビィは冷静だった。
「エダを責める奴は俺が許さない。いいか、よく聞け。俺はエダの話が事実だと信じる。根拠はある」
「どこにあんだよ、根拠って!!」
「そもそも俺たちを騙して面白がるのなら、どうして日本人なんだ? どうして日本語だ?」
「そりゃあお子ちゃまのエダを騙して、お前らの反応みるためだろうがよ!」
「なら英語だろ? エダは英語だって喋れるんだぜ? それにリアリティー出すなら、政府とかホワイトハウスとか軍とか、もっと説得力ある人間が出てくるだろ!? なんで日本人の医者が俺たちを騙す!? 理由がねぇー!!」
「そうよ」
ジェシカも頷く。
「それにこの無線はエダが気づいて問いかけた通話。向こうが米国人向けに流した情報じゃないわ。日本人がどうこうは別として、このロンドベルで日本語ができる人間はエダの一家以外いる? いないわ。エダだけを騙して楽しい?」
「…………」
「それに……エイリアンに7人殺されたのは事実よ! アドラーの足を切ったエイリアンは現実!」
そういうとジェシカは急にトーンダウンして俯く。
「現実なのよ」
全員が黙った。
皆も分かっている。
日本人の救援も、日本語が喋れるエダの存在も、エダの人間性も、みんな知っている。
あまりにも偶然が重なっているが、むしろだからこそ話が事実だと思った。
いや、信じるしかない。
だから電気は途絶え、電話は通じず、インターネットも繋がらず、無線も祐次以外には繋がらない。そして世界同時に起きた大地震と光の爆発。7人を惨殺した地球外生命体。
全て、説明がつく。
「ごめん……ちょっと顔を洗ってくる」
堪らず、エダは立ち上がり廊下に出た。
すぐにジェシカが立ち上がりその後を追う。
エダはバスルームの前で俯いて立っていた。
ジェシカは、黙ってエダを抱きしめた。
その時、エダの我慢は限界に達した。
「うわあぁぁぁっっ!!」
エダはジェシカに抱きつき、号泣した。立っていられず、泣き崩れたのを必死にジェシカが支える。
「頑張った。えらいよ、エダ。よく頑張った!」
ジェシカもエダを抱きしめ、頬ずりしながら泣いた。
その声はリビングにも聞こえた。
涙が伝播し、女の子や小さい子供たちは皆泣き出した。
唯一の大人であるフィリップも、あまりの運命の過酷さと悲劇に言葉が出ず、呆然と立ち尽くしていた。どうしたらいいかなど、まったく思い浮かばない。
ただ一人……トビィだけは腕を組み、涙ひとつ見せず、静かに廊下のほうを見ていた。
……お前だけは、俺が守る……。
その時トビィははっきりと決意した。
この決意がある限り、自分は負けはしない。家族を失い、国が滅び、世界が破滅しようとも……愛するあいつだけは、俺が守る。
***
エダが戻ってきた。もう涙はない。
それに泣いている場合ではない。祐次を待つだけでなく、いくつかやらなければならないことがある。
負傷したアドラ-=レッセルの治療だ。
彼は左足を斜めに20cm近くALに切られた。この治療をやらなければならない。
現在圧迫止血法で押さえているが、血が止まる気配がない。傷は脂肪が見えるほど深く、応急処置ではどうにもなりそうにない。
元々このスプリング・キャンプはスカウト体験を学ばせるのが目的で、年長者たちや引率のフィリップも普通の応急処置方法は知っている。だがこの怪我は軽いものでない。
処置方法は、祐次から聞いている。
ただ、祐次は足の傷だといって楽観しなかった。
「ユウジさんが来てくれるまで保てばいいけど……でも、ユウジさんはまだ大西洋上だから、すぐに来れるか分からない。止血して、できれば抗生物質を投与しておいてほしい……っていうことだけど、どうですか? 先生」
「救急キットに外傷用の軟膏があるが……そうだね、止血しなければ使えないな」
「確か管理小屋のほうにはもっと薬があったと思う」とトビィ。
だがすでに周囲はALが徘徊を始めた。危険が大きい。
「ユウジさんは何て言っていたの? エダ」とジェシカ。
「1時間圧迫止血しても止まらず、傷口が深いようなら……」
そこまで言って、少しエダは次を言うのを戸惑った。が、言った。
「瞬間接着剤とホッチキスで傷口を塞げ……って」
その言葉に周りにいた全員が顔を見合わせる。あまりにも生々しく痛々しい状況が思い浮かんだ。
「ALの爪はすごく鋭いから傷口の断面は綺麗、接着できれば傷口の治りは早い。だけど傷口が膿めば命も危ない。その時はペニシリンの点滴が必要だ……って」
「成程。エダが話した日本人が医者というのは嘘ではないようだね」
フィリップはため息をつく。医者でなければこうも的確かつ冷静に指示はできない。
だが問題がある。瞬間接着剤はあるが、ホッチキスはない。ここはキャンプ場で学校ではない。
「ホッチキスがないときは……火で炙ってお酒で消毒した針と糸で、傷を縫え……って」
「…………」
「傷口を縫って、瞬間接着剤で固める。それで止血ができたら、抗生物質を飲むか塗るかして安静にさせる。水分をちゃんと摂取させること」
「映画とかで見たことがあるけど、本当にやるのか?」とトビィ。
エダは黙る。実はもう一つ方法を聞いている。傷口を焼くのだ。だがそれはきっと誰も出来ないだろうし、アドラー自身耐えられないかもしれない。祐次も「ショック死するかもしれないから薦めない」と言っていた。体力と根性のある大人限定だと。
「仕方ない。僕が縫おう。だけど……アドラー、我慢できるかい?」
フィリップはアドラーの顔を覗き込む。アドラーは不安そうな表情で首を横に振った。まだ11歳になったばかりの少年だ。麻酔もなしにこんなに大きな傷を縫うなど恐怖以外の何物でもない。暴れたらちゃんと縫えない。
「…………」
エダはもう一つ方法を聞いている。だが声に出して言える雰囲気ではない。
エダはトビィの服を引っ張ると、トビィに耳打ちをした。
トビィはすぐの意味が分かり頷くと、フィリップを小突く。
「縫合の準備をしてくれ、先生。こっちはこっちで用意するから」
「わ……分かった」
フィリップはすぐに立ち上がり、裁縫道具の場所を尋ねる。その間にトビィはバーニィーとジェシカに耳打ちして作戦を伝えると、座り込んでいた子供たちを全員寝室に移動させた。
エダも、トビィに小突かれた。
「お前も出て行け」
「でも……」
「お前には重要な役目があるだろ? 今のうちにその無線機を充電しとけ。ユウジさんと話せるの、お前だけなんだから」
「そっか。日本語……だもんね」
エダは頷く。そして無線機を抱えた。この無線機は充電式で下部に充電用の伸縮コードがついている。
「あまり手荒にはしないでね?」
そういうとエダは退室した。
そして入れ違いで裁縫道具を持ったフィリップが帰ってきた。
子供たちが退室したので今から処置をすることは分かったが、何故かトビィは右拳にタオルを巻いている。そしてフィリップの用意が完了すると、バーニィーとジェシカの二人が無言でアドラーの上半身を起こさせた。
次の瞬間、トビィの右拳のパンチがアドラーの右頬に命中した。吹っ飛びそうになるのをバーニィーとジェシカが支える。
驚いたのはフィリップだ。
「何をしているんだ! トビィ!!」
「……成程。とんだ医者もいたもんだ。麻酔完了だ、先生」
「え?」
「気絶した」
悪びれもせずトビィは言うと、拳のタオルを外し、エダに言われた通り、それを軽くアドラーの口に噛ませた。これを見てようやくフィリップも意味が分かり唖然となる。
「喧嘩はしとくもんだろ? モヤシ先生」
トビィは笑うと、近くのソファーに座った。
だがもしここにエダがいたら血相を変えて抗議しただろう。
祐次は「ゆっくり腕で首を絞めて気絶させろ」と言ったのだ。殴れとは一言も言っていない。もっともトビィにしてみれば首を絞めて死なれたら困るし、殴るほうが慣れていて加減を知っている。
こうしてアドラーの傷口は縫合された。その傷口にはたっぷり瞬間接着剤が塗られ、1時間後、一先ず傷口からの出血は止まった。だがアドラーはその後も苦痛を訴えていたが、傷が痛むのか殴られた頬が痛むのか、判断がつきかねた。
「冷たい現実…」でした。
今回の挿絵はエダです。
ということで今回は現実認識編でした。
とはいえ納得はできませんよね。破壊されるところをみたわけではないですし。
エイリアンの襲撃とはいえ、実際に遭遇したのはたった3体ですし。
しかし7人も死んだ事実。
無線が祐次にしか繋がらなかった事実。
他もろもろ……こうして少年少女たちはまず絶望に叩き落されました。
物語はこの絶望から前に進みます。
ということでエダたちはこれからどうするのか? 祐次たちは間に合うのか? 他の解決はあるのか?
どうぞこれからも「AL」をお楽しみください。
これからも「AL」をどうぞよろしくお願いします。




