媚薬は毒の味
「でも、霊回路は覚えといて損はないと思うわ」
「いや、でも効率よいい霊回路書こうと思ったら、フェアリーウォーターという貴重なアイテムがいるって言って誰でしたっけ」
「……そうね」
電気を銅線で流していろいろなことをすることが現代では常識になっていると思うけど、霊回路とは電気が霊力になったものだ。フェアリーウォーターと呼ばれる霊力が通りやすい素材を銅線代わりにして回路を組んで、霊力というエネルギーを別のエネルギーに変換したり、霊力を貯める装置と作ったりするらしいのだけど、お姉さんが取り出したフェアリーウォーターはコップ一杯分しかなかったのだ。
いや、今はそんなことはどうでもいい。そんなことよりも、
「話をそらさないでください、なんで私が霊力を使っちゃダメ問題から遠ざかっているのですか」
お姉さんは露骨な話変換をしたところから、鑑みてやましいことでもあるのだろうか。少し悪いなと思うけど、霊力は普通に生きていれば湧いてくるものとお姉さんが言っていたはずだから、いくら使っても問題ないはずなのだけど。
ここから推測されることは、私が異常なのか、それともお姉さんが間違っていたのか。私の今の状況、環境どうしても今知らなければいけないことのように思えてしまった。
「……今は言えないわ。ごめんなさい」
お姉さんの顔が異常なほど蒼白になっていく。尋常じゃないその様子に私は……。なんかもやもやするけど、私のことよりもお姉さんの……
「わかりました、今は聞かないでおきます。代わりと言ってなんですけど、何か他の攻撃手段を教えてくれませんか?」
「わかったわ」
どうしよう。お姉さんの顔から憂いが消えない。なんとかして、なんとかして消さないと。
……よし。
「じゃあお姉さん、今から私がいくつか質問をするのですべてはいと答えてください」
「何がしたいのかはわからないけど、いいわ。質問をしなさい」
通って。
「お姉さん、私はかわいい女の子ですよね」
「……はい?」
通って。
「お姉さんは、女の子ですよね」
「はい」
通って。
「お姉さん、元気ですか」
「はい」
通ってっ。
「お姉さん、ハグさせてもらえませんか?」
「はい、えっ?」
通ったっ!
私は、勢いよくお姉さんに抱き着きにいった。そして、思いっきり抱きしめた。
「ぎゅー」
お姉さんの、やわらかい感触が私を包む。それと同時になにか甘い香りが私の鼻を突き抜ける。気持ちいいという感情が私の中で生まれてくる。アドレナキシンが分泌されているのだろうか、とても心地いい。
「あっ、えっ、ぅう、えぐっ」
お姉さんは、最初こそ驚いていたけど、だんだんと嗚咽の声に……あれ?状況悪化していない?不安になった私は腕の力を緩めていくことにした。
っ。緩めた私とは対照的にお姉さんは力が強くなった。いかないでと言っているようなその行動に私は腕の力を再度強めることになった。お姉さんはやっぱりどこまでも私と同じ人だなぁ……ほんとどこまでも。同族意識なのかわからないけど、私はお姉さんのことをどこまでも愛らしく、狂おしく思うのだった。
それから、何分続いただろうか。私にわかるのは、ゆっくりとした時間が私達に訪れていた。この均衡を崩したのは、お姉さんだった。
「リア、もういいわ、ありがとう」
「もういいんですか?」
お姉さんの顔はとても晴れやかで、いつも通りのニコニコ顔に戻っている。どうやらもちなおしたようだ。いや、でもどこか恥ずかしさが垣間見える。その様子に私は、とりあえず抱擁を強めることにした。
「えへへー、おねーさん」
「う、もう、リアってば」
私の後ろから指をはじいた音が聞こえた。その音と同時に、目の前からお姉さんがきれいさっぱり消えさった。私に残った温もりがだんだんと冷えていくのを感じて物寂しさを感じる。
「でリア、何の話をしていたんだったっけ」
お姉さんが、照れ隠しなのだろうか。誤魔化しにかかった。もちろんその隙を……
私がそんなやましいことを考えていると、ゴーンという振り子時計の音が聞こえた。どうやら12時になったようだ。
「そりゃ、お姉さんとハグをする……」
「リア?今からお昼ご飯の準備をするからなんの話をしていたか、思い出しておいてね」
お姉さんがふっと消えた。さっきの指ならしの音が聞こえたから、きっと転移みたいなものをしたのだろう。でも、私には逃げたとしか思えなかったけど。ふふふ。かーわ……少しテンション高すぎだな、私。しょうがないけど。深呼吸をして落ち着こう。こんなに高揚するのは雪の時以来だなぁ。
ゆっくりとする深呼吸と共に、だんだんと私の頭の中がすっきりとしていく。そうすると見えていなかったもの見えてきた。翡翠ちゃん?やけにおとなしいね?私とお姉さんが二人の世界に入ったというのに、未だにいつもの翡翠色の光が輝いている。
「翡翠ちゃん、ごめんね。あなたをほったらかしにしちゃって」
気にするなとでも言いたいのか、翡翠ちゃんは優しく点滅している。……うーん、いつもの翡翠ちゃんだったら、暗くなっていると思うんだけどなぁ。何かいいことがあったのかなぁ。ま、機嫌がいいならそれに越したことはないけどね。
「お姉さんが来るまで、一緒に戯れようね」
戯れる。どうしてこの言葉を使ったか、私にはわからないけど、翡翠ちゃんが少し激しく点滅したのでよしとしよう。
そういうことでほんの少しの間、翡翠ちゃんのその饅頭ぼでーをつついたり、なでたりすることにいそしんだ。ほんの少しと言ったのは、戯れ始めて5分後に、パチンという音が鳴り響いたからである。
「リア?ご飯できたわよ」
「いや、早くないですか?」
まだ5分しか経っていないんですけど。そんなに簡単な料理なのかな、と思って机の上を見てみると日〇カップラーメンが乗っていた。
えっ?
うん?なんで?
えっ?
「リア、今日はいろいろな意味で疲れちゃったからこれで我慢してね」
「お姉さん、どうしてこれが」
なんでこれがここに、なんで?ここってファンタジーな世界じゃないの?えっ。なんで。えっ。あまりの出来事に私の思考が渋滞を起こしてしまう。インスタント食品という科学の食べ物の象徴ともいえるそれを見てしまったら、そうなってもしょうがないだろう。
「ふふふふふ」
お姉さんは、にやっと口角を上げた。してやったりといった雰囲気が漂っている。子供かな?お姉さんのそんなことはどうでもいいけど、なんでこんなところにカップラーメンがあるのだろうか。
「なんでこれがここにあるんですか」
「お店で買った」
まだ、有頂天が抜けきっていないのだろうか。ふふふという微笑みが止まっていない。買ったってどこで買ったの。いやそもそもここは確か魅惑の森だったはずなのに店なんかあるのだろうか。うーんよく……
「お店で買ったなんて嘘よ」
「お姉さんそのまま座ったままでいてね。ちょっと私の右手が火を噴くから」
にやにやしていたお姉さんがひょんな顔になった。何科変なことをいったのかなぁ。
「火を噴く?リア?あなた霊力使っちゃだめでしょ?」
煽りではないその様子に、お姉さん……ほんと天然だなぁ、とどこか子供を見ているようなほっこりとした気持ちになった。