私と魔女と妖精と 6
私達はご飯も食べ終わって、食事のゆったりとした時間を過ごしていた。翡翠ちゃんはまだ眠ったままで、私の肩にへばりついている。
「今日はもう夜も遅いですねぇ」
家にかけられた振り子時計を見ると、いつも間にか8時を指していた。食後、お姉さんと談笑をしていたけど、時が過ぎるのが速いと今更ながら思った。私が微笑み、お姉さんが笑う。このふわふわとした空間はとても居心地がよくて、長年を共にした友達といるのではと錯覚した。
「私はまだいろいろとやらないといけないけど、リアは?」
「お姉さん、もうそろそろ私寝ますけど、何かあります?」
「うーん、じゃあリアに今度のおつかいの話をしておくね」
お姉さんは、いつも通りニコニコとしている。
「うん?今話さないとダメなんですか?」
私の口から不満が出てきた。正直言ってもう眠い。目をこすりながらあくびをするほどだ。ブラックボックスで眠気なんて湧くんだぁなんて思ってたり、思ってなかったり。
「リアも知っていたほうが心構えとかできるでしょ?」
「もう、早く終わらせてくださいね」
大事なことを言うのだろうか。お姉さんが真剣な顔になった。そのカラッとした空気に私は身構えてしまう。何を言うのだろうか、予定だから大それたことではないと思うのだけど……
「リアには始まりの町に行って、私の下着を買ってきてほしいの」
「いつ行けばいいですかっ!!」
お姉さんは私を挑発するように魅惑の笑みを浮かべた。その表情はまるで、獲物が罠にかかるのを待つハンターを彷彿とさせた。
エサにまんまと釣られてしまった私は眠気が覚めて有頂天になった。
「で、サイズは、サイズは、サイズはいかほどなんですか?」
決して邪な感情なんてナイヨ……?だから、ハリー、ハリー!!大体見たときにわかってるけど具体的な答えをっ。
「今からリアにテレパシーで伝えるわ」
自分でも少しやばいかもと思い始めているのに、お姉さんはニコニコと表情を崩さない。女神かな?
そんな女神様は人差し指を私に突き出してくるくる回し始めた。
『伝われー』
あっ、なんかすごい具体的な数字がきたっ。
「うわぁ、すっごい、揉みたい」
ぼん、きゅ、ぼん。ふへへ、そのわがままボディを私に、ぐへへ。
「リア?恍惚としているところ悪いけど、やってもらいたいことはそれだけじゃないからね」
「あっ、はい」
お姉さんはすっと目を細めた。どうやらここからが本題のようだ。私は空気の流れをくみ取り、真面目モードに切り替えることにした。
「で、リアには神殿に行ってほしいの」
神殿?始まりの町にそんなところがあるんだ……何ができるかはわからないけど行ってなにをするればいいのだろうか。
「行くだけでいいんですか?」
「行くだけでいいわ」
私はお姉さんがどうして真剣な表情をしたのかが理解できなくて困窮してしまった。おそらく私にとうてい感ずくことができない目的があるのだろう。
「そういや、どうやって行けばいいんですか?」
「私がテレポートを使ってリアを近くまで送るわ」
「テレポートなんてあるんだ……」
いかにもファンタジーなその単語に私はここが幻想の世界であるということをいやでも認識させられた。一昨日、痛いほど痛感したはずのそれは、私の感情を高揚させてすこしにやっとしてしまう。
しかし、お姉さんは私と対称的に少し困った様子でニコニコしている。
「普段はコストは高いから使わないけど、あなたを連れて魅惑の森を安全に通過できないのよ」
無力である私は申し訳なくなってしまった。
お姉さんはおそらく強い。一昨日、ノーモーションでかかしを破壊したり、普段の生活の中で息をするように物を転移させたり、移動したりしているのを真近でみていたらいやというほどわかる。
そのお姉さんが『安全ではない』というのだ、強いモンスターがいるのだろうか?
「ところで魔の森ってどこですか?」
今私はお姉さんの家にいるけど、周りは森である。今いる場所がの魅惑の森なのだろうか?
「ここよ」
この前、ヤギの顔をした化け物と私を頭に浮かべた私は軽くシミュレーションをした……私は勝てないだろうなぁ。この前は翡翠ちゃんやお姉さんがいたからよかったものの、逃げることしかできないと思った。はい。
「で、いつ行くんですか?」
「リアを外に出しても恥ずかしくなくなったら」
「それって、時間がかかりすぎないですか?」
「あと1、2、3週間くらいよ、リア、自信を持ちなさい」
お姉さんは柔らかい笑みをかがげた。
しかし私は強さの基準がわからないので何とも言えない気持ちになってしまう。1、2,3週間……知らない子ですねぇ。
私は確かに今お姉さんの指導のもと修行をしている、けど内容は超能力の訓練をしている感覚なのだ。スプーン曲げ、カードの裏を当てることに2、3時間費やした感想がそれだ。
なんだか思い出したら悲しくなってきた。
ほんとお姉さんと翡翠ちゃんがいなかったらこの修業続けていたかわかんない。
「もうちょっと、修行ぽいものがしたいんですけど」
「じゃあ、明日からはモンスター相手に訓練でもしましょうか、リア」
お姉さんはふふふ、と不敵にほほ笑んだ。
わぁ、いきなり実践ですか?私武器も霊術も使えないんですけど。お姉さん何言ってるのかなぁ。
ブラックボックスからログアウトした私はベットの上で大の字になって寝ころんでいた。今日最後に言われた、明日からモンスター相手に修行。このことが私の頭でぐるぐると回っている。
モンスターは何なのだろうか。スライムかな、それともかわいいうさぎかなぁ。
「ははは、は、はぁ、現実逃避はもうやめよう」
あの森であった、いや私があったことのあるモンスターはあの化け物だけだ。否が応でも軽く恐怖感に襲われてしまう。もしも、~かも、考えてもどうしようもないということはわかっているのだけど……
ああ、もう寝ようかとさっきからずっと同じことがループしている。
はぁ。少し、外の空気を浴びようか。そう思った私はベットから起き上がり、ここの部屋についている窓を開けた。
「ふぅ、涼しい」
夜風に当たったことによって、私の意識がすーっと澄み渡っていくのを感じる。それと同時にどうでもいいことばかり浮かんできた。今日のこと、宿題のこと、テストのこと。
こんなとりとめのないことを考えていると、私の意識が藍色から空色に変わっていくのを感じる。それがとても心地よいので気分がよくなっていく。
「ふーふーん、ふふん、ふーふん」
無意識のうちに鼻歌を始めていた。謎のリズム、音階がだけど楽しくなってきたし、いいや。
「明日のことは明日考えるー、ふふん」
私は鼻歌を歌ったままベットにごろんと転がり、優しい睡魔が襲ってきたのでらんらんなんて言いながらゆっくりと瞼を閉じた。
段々と私の意識が落ちて……あっ、窓閉めてないけどいっか……