それでも僕はきみを愛する
晴天の霹靂とはまさにこのことだ。
たった5分の間に、僕らの世界は変わってしまった。
「どうしよう。楽しくて仕方がないの。」
愛しい彼女がまるで踊るように銃器を振り回している。
「助けて。」
笑いながら涙を流す彼女を眺めることしかできなかった。
僕らは普通の高校生だった。普通に学んで、普通に遊んで、普通に恋をして。そして、ある時僕にも念願の彼女ができた。小さくて可愛くてよく笑う、クラスのマドンナのような存在の彼女だ。
正直、僕にはもったいないくらいの人だった。クラスメートからも馬鹿にされたりもしたが、彼女はその度に僕を守ってくれた。強くて優しい。僕が守ってあげなければという使命感が芽生えた。
彼女との仲は良好だった。デートも数え切れないほどした。お互いの両親とも面識があり、高校生ながらに一生共に過ごすのは彼女しかいないと誓っていた。
けれど、どうしてだろう。雷が彼女に落ちた瞬間から、世界は色を変えた。雲なんて1つもなかったのに、青い雷が彼女を貫いた。隣にいた僕にはかすりもしなかった。まるで、最初から彼女を狙っていたかのように。
登校中、学校の正門から下足室へ向かっている途中だった。朝だから当然、多くの人がいて、雷に打たれた彼女を見に来る人でいっぱいだった。少しの間意識を失っていた彼女だったが、ゆっくりと目が開いた。信じられなかった。雷に打たれて生きている人がいるなんて。
しかし、彼女は変わってしまった。どこからともなく取り出した銃のようなものから、弾のようなものを周りの人たちに向かって撃ち始めた。撃たれた人は血を流して倒れ、辺りは騒然としていた。
僕はというと、雷の衝撃の時から腰を抜かして座り込んでいた。一歩も動くことができずに、ただ彼女を見ていた。
世界が赤く染まってゆく。さっきまで生きていた人が次々に倒れてゆく。たった1人の少女の手によって。
「あははははははは!!!!」
聞いたこともないような甲高い声で彼女は笑った。恐ろしいほど純粋な声だ。子どもが遊ぶように、殺戮を純粋に楽しんでいる。
学校から人が消えた。僕以外の学校の関係者は全て、血を流して倒れてしまった。パトカーのサイレンが聞こえる。
「どうしよう。楽しくて仕方がないの。」
そう言う彼女の顔は狂喜で満ちた笑い顔だった。
パトカーから何十人もの警察が降りてくる。警察の銃が何発も撃たれたが、人間とは思えない俊敏な動きによってかわされる。警察も一瞬のうちに倒れてしまった。
「楽しすぎて気が狂いそう。」
この人は本当に僕の愛する彼女なのか。彼女の皮を被った別人なのではないか。そう思わざるを得ない。
「助けて。あなたも殺してしまいそう。」
涙を流しながら笑っている彼女はとても美しかった。こんな時でも彼女が好きだなんて、僕はどこかおかしい。
「……銃だけなんて、もしかしたら死んだフリをしている人がいるかもしれないね。」
突然そう呟き、彼女は死体を片っ端から斬り裂き始めた。まただ。どこから取り出したのか、今度は刀のようなものを持っている。
くちゃくちゃ、と嫌な音がした。彼女の手に赤黒い何かが掬い上げられた。考えたくはないが、あれは人の臓器だ。
「これが胃で、小腸、大腸……あ、心臓だぁ!」
次々と臓器を取り出していくその姿に堪え切れず、胃の中のものが吐き出された。あの子は化け物だ。こんな酷いことを平気でやってのける。
けれど、彼女のそばから離れたいとは思わない。頭ではおかしいと思っていても、彼女に対する気持ちは全く変わらない。僕が守るんだ。
臓器をむしり取ることをぴたりと止めた。一拍おいて、彼女の目からは大粒の涙が溢れ出した。
「いけないことだってわかってるのに、どうして……どうしてこんなに抑えきれないの?」
そしてまた甲高い声で笑い出す。情緒不安定すぎる。
僕は彼女を抱きしめた。
「大丈夫。僕がずっとそばにいるから。」
彼女も抱きしめ返してくれた。どんなことがあっても、僕はきみを守ってみせる。
少し落ち着いた彼女は足を伸ばして座り込み、愛おしそうに死体を撫でている。
「きっとあなたを殺してしまう。それでも、そばにいてくれるの?」
「もちろん。」
間を空けずに答えた。それほど彼女に溺れてしまっている。
「私ね、ずっと人を殺してみたいなって思ってたの。全人類を殺して、世界にたった1人だけの人間になったらどうなるんだろうって。願いは叶うんだね。」
クラスのマドンナが心の中でこんな物騒なことを考えていたなんて、誰がわかるというのだろう。
「あの雷に打たれてから、銃とか剣とか、思った武器が現れるようになった。弾切れしないし、刃こぼれもしない。最高の武器だよ。」
武器を夕日に照らしながら、誇らしげに語る彼女を、僕はどんな気持ちで見るべきなのか。ただ、そんな彼女は今まで見てきた中で一番輝いていた。
彼女は立ち上がり、僕にも立つように促した。
「見て。」
言われるがままに見た景色は、きっと誰も見たくないような最悪の景色だった。夕日に照らされた校庭は、目がおかしくなりそうなほど赤々としている。
「とても良い景色だね。私には頑張ったご褒美に見える。」
微笑みながらそう言う彼女は誰よりも美しかった。
「あなたには何が見える?」
決してこちらを向くことはなかった。
「赤く染まった世界が見える。」
「詩的だね。じゃあ、あなたには私がどう見える?」
触れてしまった彼女の右手には、いつのまにか銃が握りしめられていた。
「……人の皮を被った化け物に見える。」
彼女は少し肩を落とし、それからふふっと不気味に笑った。
「そう、だよね。それが正しい答えだよ。ねぇ、殺したくて殺したくてたまらないの。」
こめかみに突きつけられた銃だったが、恐怖という感情を感じることはなかった。
「それでも、僕はきみを」
言葉は遮られ、彼女に届くことはなかった。
彼女はこれからどうするのだろう。人を全て殺してしまうのだろうか。過ちに気付いて自首するのだろうか。それとも、全てを壊して自分も壊すのだろうか。
どれだけ考えようが、もう僕には見られない世界の記憶だ。でも、これだけは伝えたかった。
「たとえきみが人を殺す化け物であったとしても、僕はずっときみを愛しているよ。」
僕自身もどこかおかしくなっていることはわかっている。けれど、彼女を愛する心は今でもずっと変わらない。