表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/80

番外編2 沼地の少女 8


 Σ


「ご、ごめんなさい! ごめんなさいでした!」


 セシリアは火の番をしているジェヴォーダンにひたすら頭を下げた。


「あ、あの、こんな立派なドレスを汚してしまって……ほんとにどうしたらいいか」

「すまない。どうやら夢中になっちまったみたいでな。許してやってくれ。悪気はなかった」


 俺はセシリアに並んで頭を下げた。


 ジェヴォーダンはセシリアをちらりと見た。

 それから泥だらけのユユコを見、最後に俺を見た。


「……気にするな」

 と、ジェヴォーダンは言った。

「そんなもの、いつでもとってこれる。それに、今夜はちょうど里へ――」


 ジェヴォーダンはそこまで言うと、急に言葉を止めた。


()()()()()()?」

 俺は思わず顔を顰めた。

「そいつはどういう意味だ。それに、里に下りるって言うのは――」

「なんでもない。こちらの話だ」


 ジェヴォーダンは急に言葉を切り、火に目を戻した。


「それより、今夜は冷える。温泉にでも入って、体を洗って来い」

「温泉!?」


 にゅっ、と、小さい妖精に変身したラキラキが俺の背中から顔を出した。


「温泉あんの? マジ?」


 ああ、とジェヴォーダンは頷いた。


「場所はユユコが知っている」

「うし!」


 ラキラキはユユコの頭に乗り、ペしぺしと叩いた。


「行くわよ、小娘! 案内しなさい! らいとなう! 今すぐ!」


 ユユコはこくん、と頷いた。

 それから踵を返し、テクテクと歩き出す。

 セシリアはもう一度「すみませんでした!」と深く頭を下げ、二人に続いた。


「ちょっとまて」

 

 その背中に、ジェヴォーダンは声をかけた。

 振り向いて首を傾げるセシリア。

 ジェヴォーダンは少しだけ間をあけ、


「ありがとう。ユユコと遊んでくれて」


 と、言った。


 セシリアは少し戸惑ったような表情を見せた後、いいえ、私も楽しかったですから、と笑って、今度こそラキラキたちを追っていった。


 俺は“袋”に手を突っ込んだ。

 そしてその中から、濁酒どぶろくの徳利を取り出した。


「なあ、ジェヴォーダン」

 と、俺は言った。

「少し飲まないか。今日は色々と世話になった。礼をしたい。酒を振舞わせてくれ」


 ジェヴォーダンは少し目を大きく開いた。

 それから「ああ。それはいいな」と言った。


 Σ


 夜も更け、深夜になり。

 俺はせまっくるしいテントの中で、尖がった天井を眺めていた。

 手には赤い矢印型の紙片を持ち、それをなんとはなしに弄っている。


 ラキラキとブルータスは温泉でホクホクになり、ぐーぐーいびきをかいて気持ちよさそうに寝ている。

 長旅で疲れていたのだろう、セシリアもすーすーと寝息を立てていた。


 ありがとう、か。


 俺はジェヴォーダンの最後の言葉を反芻していた。

 奴はユユコのことを本当の娘のように可愛がっている。

 あの言葉には、確かな愛情があった。


 しかし――と、今度は洞窟内の家具や装飾品などを思い出していた。

 最初から違和感があったが、先ほどじっくり確認したから間違いない。

 あの道具たちはめちゃくちゃだった。


 絵画は逆さに飾られていた。

 時計は完全に止まっていたし、机も椅子も使われた形跡がない。

 燭台には干された蛙が贄のように刺さっており、ベッドには布団がうず高く3重に乗せられていた。

 奴は火の番をするばかりで、ろくに洗濯や炊事などをしている素振りもない。


 物はあるが。

 まるで使い方が分かっていない。

 ()()()()()()()だけなのだ。


 と、その時。

 手のひらに持っていた赤い矢印の紙片が、ぴくぴくと動き出した。

 その吾平は中空にふよふよと浮き、ぐるぐると回って、斜め左方向、北東の位置でぴたりと動きを止めた。


 ――動き出したか。

 俺はむくりと体を起こした。


 こいつは“二対の依代(ブックマーカー)”というアイテムである。

 文字通り赤と青の対で一つの道具で、青を対象者の身体に付着させると、もう片方は常に青の矢印の方向を指し示す。

 近づくと、赤は青に、青は赤に、徐々に色味が変化していく。

 即ち、これがあれば、青の紙片をつけた者の位置が常に把握できるようになるわけだ。

 俺は酒を飲み(俺は下戸なので飲んだふりだが)ながら、こっそりと、ジェヴォーダンの背中にこれを付着させていた。


 今夜、人間の里に下りる。

 さきほど、彼はそう言おうとしたのではないか。

 俺は、そう判じた。


 間違いない、と思った。

 ジェヴォーダンはこの谷の近くにある町へ赴き、人間の文明・生活の中から、ここにある道具を盗んできている。

 そしてそれはおそらく、自分のためではない。

 ユユコのためだ。

 形だけでも人間の暮らしをさせてやろうとしているのだ。


 ではユユコは何者か。

 父娘おやこではないことは間違いない。

 言葉の通じない家族などと、おいそれとは考えにくい。


 では二人はどういう関係なのか。

 それを考えたとき、じわり、と嫌な考えが胸に浮かび上がった。

 ユユコは――“さらい子”なのではないか。

 理由は分からないが、ジェヴォーダンが人間の世界からかどわかして来たんじゃないか。

 ほとんど反射的に、そのように思い及んだ。


 一度思い浮かぶと、もう駄目だった。

 ジェヴォーダンを調べる必要があると思ったのだ。

 

「どこに、行くんですか」


 テントから出ようとすると、背中から声がした。

 振り向くと、セシリアが起き上がってこちらを見ていた。


「……起きていたのか」

「はい。ルルブロさんは、きっと動くだろうと思って」

「くっく。敵わんな、お前には」

「私もついて行っていいですか」

「なに?」

「私も……知りたいんです」


 セシリアは胸の前で手をぎゅっと握りこみ、目を伏せた。


「ジェヴォーダンさんは何者なのか。ユユコちゃんと、どういう関係なのか」


 思いつめたような顔をしていた。

 きっと、眠れなかったんだろう。

 俺と同じだ。


「……よし、分かった。一緒に行こう」


 と俺は頷いた。

 それから自らの“袋”に手を突っ込み、“透明傘”を取り出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ