番外編 森の中の洋館 7
Σ
「ルルブロさん。私の装備を」
セシリアは俺の名を呼び、俺の方に手を伸ばした。
「ああ」
俺は袋から預かっていた剣を取り出し、盾と剣を放り投げた。
セシリアはそれを受け取ると、ゆっくりと、鞘から剣を抜いた。
「ジャンさん――いいえ、名無しの権兵衛さん」
セシリアはビシュっと剣を薙いだ。
「私は出来れば闘いたくない。質問に答えてください」
「はあ、なんだい? 物騒だね。こんな老人に剣を向けるなんて」
ジャンはおどけるように答えた。
「教えてください。この魔法陣の下にはなにがいるんですか」
セシリアは簡潔に問い、ジャンを睨みつけた。
「さて。自分で考えてみたまえ」
ジャンは首を竦めてはぐらかした。
「ただ、近頃毎晩よく鳴いてな。やかましくて仕方ない。そろそろ処分のしどころか」
ジャンは白髪を揺らしてケラケラと笑った。
ぐ、とセシリアは唇を噛んだ。
「……あなたは本当に、いたずらに魔物を捉えて遊んでいるのですか。理由もなく殺したり、いたぶったり、ひどいことをしているんですか」
核心に迫る質問。
ジャンは少しの間口を閉じ、俺たちを見つめた。
「そうだといったら?」
やがて、ジャンはからかうように言った。
「であるなら――私はあなたを許しません」
セシリアは腰を落として剣を構え、戦闘態勢に入った。
ジャンはカカカと虫の鳴き声のような笑い声をあげた。
「随分と正義感が強いじゃないか。しかし、相手はモンスターだぞ。助ける価値はあるのか」
「例え魔物であろうと、命をもてあそぶような真似は許されない」
「魔物は魔物。人間とは相容れん」
「私はそうは思いません。それに、この助けを呼ぶような声。私には見過ごすことが出来ない」
セシリアは曇りのない言葉を返す。
そうである。
この娘はこういう女性だ。
俺も時々、眩しくて見れないほどに真っすぐだ。
「なら、どうする。私と闘うか」
「それしかないなら、仕方ありませんね」
「そうか。それは好都合だ」
「好都合?」
「オークと妖精、そしてお前たちも、私のコレクションに相応しいと思っていたんでね。特に――」
ルルブロ、お前のようなレアモンスターは。
ジャンはそう言って、偏執的な目で俺を見た。
その刹那。
奴の纏っている空気が変わった。
「なるほど」
俺は苦笑した。
「狙いは俺だったのか。それじゃあどうやら俺も――」
闘うしかなさそうだな。
俺は自らも剣を出し、ジャンを挟んでセシリアと線対称の位置に移動した。
Σ
「人間と闘うのは久しぶりだ」
そういうと、ジャンは手のひらを上に向けた。
するとそこに、金色の竪琴が顕現した。
「楽器――?」
セシリアは眉根を寄せた。
「私は戯曲家なものでな。こいつが武器だ」
ジャンはそれを肩に担ぐようにして構えた。
ポロロン、とつま弾く。
すると、彼の周りに長細い緑色の物質が顕現した。
それはぶわりと一気に増殖し、ジャンを外敵から守るように彼自身を取り囲んだ。
一本一本が太く、棘があり、タコの足のようにうねうねと蠢いている。
幹の部分には無数の襞があり、そこから紫色の気体を一定の間隔で吐き出していた。
あれは――植物か?
いや。
あんな不気味な植物なんて、ダンジョンの中でも見たことがない。
「さあ、かかって来い。サービスだ。先手は取らせてやるぞ」
ジャンは歪な植物の真ん中で、竪琴で曲を奏で始めた。
どうやら、あの音色でそれを操っているようだ。
「……セシリア、行きます」
まずはセシリアが飛び出した。
弾丸のような凄まじい速さで、地煙をあげてジャンへと突進する。
「せぁぁああ!」
セシリアは裂帛の気迫で斬りかかった。
彼女は植物をもろともなぎ倒す勢いだった。
だがその斬撃はジャンはおろか、植物の茎の部分で留まった。
「な――」
刹那、セシリアは驚きの表情を浮かべた。
次の瞬間、横から2本の蔦が伸びてきて、セシリアの首に巻き付いた。
「なかなかのスピードだ」
ジャンは不敵に笑った。
「だがまだ甘い」
ジャンはうねるつたに腰掛けながら、ボロロン、と竪琴で低い音を奏でた。
すると、さらに3本の触手がセシリアに絡みつき、その身体を拘束した。
「ぐ……ぐぐ……」
セシリアは苦しそうな喘ぎ声をあげた。
ギリギリのところで蔦と首の間に剣の柄を挟み込んでいる。
あれのおかげで、どうにか圧迫を逃れている。
まずい。
そう思うが早いか、俺も飛び出した。
まずはセシリアを縛り付けている蔓を断ち切らなければ――そう思い、彼女の方へと跳んだ。
「くくく。無駄だ。お前たちの物理攻撃力ではこの“植物”たちは斬れん」
ジャンはせせら笑った。
「余裕かましやがって」
俺はチッと舌打ちをして、飛びながら“袋”に手を突っ込んだ。
そして持っていた剣を捨て、中から、また別の“剣”を取り出した。
黄土色の刀身に、細かなギザギザの刃が剥き出しになっている。
俺は回転するようにそれを振るい、バシュッ、とセシリアを捕えていた蔓を切り捨てた。
セシリアはその場に四つん這いになり、ゲホゲホと咳き込んだ。
大丈夫か、と問うと、「大丈夫です」と涙目で笑った。
「あ、ありがとうございました。すいません。いつも助けてもらって」
「礼を言ってる場合じゃない。この男、かなりヤベーぞ」
俺が言うと、セシリアは立ち上がりながら「はい」と頷いた。
「な――なんと」
ジャンは驚愕の表情を浮かべ、俺を見た。
「信じられん。私の愛する子供たちがこうも簡単に斬られるなどと」
俺は顎を上げ、目を細めた。
「こいつは“浸植ソード”と言ってな。特殊能力が付与されていて、植物系モンスターにはよく効くんだ」
「……カ、カカカカカ。こいつは面白い。お前は、道具を使うモンスターなのか」
「そうだ。俺は――」
アイテムマスターのルルブロだ。
俺はそういうと、再び剣を構えた。
「欲しい……欲しいね……」
ジャンは口元をだらしなく開けて、皺だらけの瞼を見開き、いかにも偏執的な、恍惚の表情を浮かべた。




