2 ブルータス
Σ
「よう、何やってんだ、ラキラキ」
また声がして、手を止める。
今日はよく声をかけられる。
目をやると、大型のモンスターが立っていた。
丸太のように太い腕。
異様に発達し、せり出した胸筋。
それよりさらに突き出たでかっ腹。
胸と腕は毛で覆われ、反対に猪のような面相には一切毛が無い。
天井に頭が付きそうなほどでかい。
手には先端が棘のついた球体の巨大なこん棒を持っていた。
コイツは――オーク族だ。
「何もやってないわよ。ブルータス」
ラキラキはそっけない、いかにも冷たい態度で応じた。
「そんなわけねーだろ。こんな嫌われ者の肩に乗りやがって」
オーク族の男――ブルータスは不機嫌そうに言った。
「あら。ルルブロはあんたほど嫌われてないわよ」
「なんだと?」
「それに、この丸い肩は意外と座り心地がいいわ」
「お前、この男に惚れているのか」
「は? ばっかじゃない」
ラキラキは肩を竦め、やれやれという風に首を振った。
「まったく、モテない男はこれだから嫌よね。女が男と仲良くしてたら、それだけで嫉妬するんだから」
「テメー。もう一回、言ってみろ」
ブルータスは分かりやすかった。
みるみる、顔が赤くなる。
「やい、ルルブロ。テメーは、ラキラキのことをどう思ってやがるんだ」
俺の方に矛先がやってくる。
俺ははあと息を吐いた。
これだから誰かと関わるのは嫌なんだ。
「別に。どうも思ってない」
と、俺は言った。
「嘘つけ。鼻の下を伸ばしやがって」
ブルータスはこん棒を振りかぶった。
それを、俺の目の前にズガン、と振り下ろす。
キャッ、とラキラキが小さく悲鳴をあげた。
……やれやれ。
「勝負しろ、ルルブロ」
ブルータスはいきり立った。
「勝負?」
「そうだ。どちらがラキラキにふさわしいか。男と男の勝負だ」
「なら勝負するまでもない。俺なんて、誰にもふさわしいもんじゃない」
「そんなことないよ」
ラキラキが口を挟んだ。
「私、ずっとルルブロを探してたんだから。あなたのことが――好きなんだから」
そう言って、よよよ、と俺の首筋にしだれかかる。
「ラ、ラキラキ、お前――」
ブルータスはいよいよ顔を赤くし、プルプルと小刻みに震え始めた。
「ルルブロ! テメー、殺してやる!」
どうしてそうなる。
俺が何をした。
そんな正論、コイツらには通用しない。
しょうがねえな。
やるしか――ない。
俺は自分の腹にある“袋”に手を突っ込んだ。
その中から、金縁の眼鏡を取り出す。
俺の顔にはハマらないから、レンズだけを通してブルータスを見た。
Lv.13
HP 307
MP 11
AP 135
DP 5
SP 0
無属性。
火と氷に弱い。
ガラスにそのような表示が浮かび上がる。
典型的な脳筋タイプ。
体力はまあまああるほうか。
俺は再び袋に手を突っ込んで眼鏡を戻し、代わりに、今度は槌の部分が透明のハンマーを取り出した。
クリスタル・ストーン・ハンマー。
この武器は軽くて扱いやすいが、攻撃力かなり強力。
非力な俺でも装備できる上に、どんな硬い相手にも通じる便利な武器だ。
レア度で言うなら、B+ってところか。
「なんだ、その武器は。てめえ、やっぱり闘るきじゃねえか! 上等だ、叩き潰してやる!」
ブルータスは天井を抉りながらこん棒を振り上げ、俺めがけてそれを振り下ろした。
俺はあえて避けなかった。
避けるまでも――ない。
バゴォ、という破裂音がして、こん棒は俺の脳天に直撃した。
そして、そのまま砕け散った。
「な――なんだと」
驚愕し、ブルータスが目を見開く。
「オーク。お前、俺を嫌っている割に、俺のことをあまり知らないんだな」
今度は俺はハンマーを構えた。
「俺は掘削獣、ルルブロ。防御力は誰にも負けない」
そう言いながら、ハンマーでブルータスの横腹を思い切り殴りつけた。
ドゴッ、という鈍い音がして、それはブルータスの体にめり込んだ。
奴はグォ、とうめき声をあげて、その場に崩れ落ちた。