11 外
Σ
ダンジョンから出た時、俺は思わず、うあ、と呻き声をあげた。
森の葉からこぼれる日差しをもろに浴びたのだ。
俺はよろめき、たまらずその場に膝をついた。
目の前が歪み、地が揺れて、立っていられなくなった。
これは拙い。
どうやらこの俺は日光を浴びるとヤバいタイプのモンスターだったらしい。
転生してから初めて外に出たので知らなかった。
「あっは。なーにやってんの、ルルブロ」
ラキラキがキャハハと笑った。
笑い事じゃねえ。
そう思って顔をあげると、すでに視界は歪んでいなかった。
地面も揺れていない。
「大丈夫か、ルルブロ」
ブルータスが手を差し伸べる。
俺はそれに捕まり、何とか立ち上がった。
「あの……やっぱりご迷惑でしたか」
セシリアが胸の前で手を揉みながら聞いてくる。
俺は「いいや」と首を振った。
「ちょっと目が眩んだだけのようだ。何しろこの身体で初めて浴びる光だ。感覚でも数十年ぶりだ」
「だ、大丈夫ですか」
「ああ。問題ない」
俺は節くれだった昆虫のような手をワキワキとさせた。
「で、これからどうするわけ?」
と、ラキラキが言った。
「セシリアに手を貸すのはいいんだけどさ。私たち、人間の村に寝泊まり出来ないわよ」
「あ、それは大丈夫です。私の家に、納屋がありますので、そこを使ってください」
「納屋ぁ?」
ラキラキは不服そうにほっぺを膨らませて口を尖らせた。
「ちゃんと掃除してるんでしょうね。言っとくけど、あたしはフカフカのベッドじゃないと寝ないわよ。枕もグースの羽毛じゃなきゃね」
「五月蠅い。ダンジョン内じゃ、どうせ雑魚寝だったろ」
俺は口をはさんだ。
「あら。ルルブロと一緒にしないでよ。私はドルル鳥の羽根で巣を作ってたんだから」
「どうでもええじゃろ。さっさと行こう」
ブルータスが呆れたように言った。
それもそうだと思い、俺は頷いた。
視界の端っこでラキラキがべー、と舌を出した。
ほんと、子供みたいなやつだ。
俺は呆れて、大きなため息を吐いた。
Σ
それから。
俺たちは森を抜けて、町へと向かった。
初めて吸う異世界の空気。
土と草の香りが懐かしかった。
緑の大地。
瑞々しい木々のトンネル。
なんだか歩いているだけで心が軽くなるのを感じた。
俺はなぜ、ダンジョンに閉じこもっていたんだろう。
そんな風にさえ感じた。
俺が人間だったら。
世界の美しさに、目から涙が出ていたに違いない。
森を抜けるころには日が暮れかけていた。
セシリアは森の裾野で日が暮れるまでここで待っててくださいと言った。
家に帰ってブランケットを取ってくるので、それを被って移動してくださいと言った。
「そりゃあ無茶じゃろ」
と、ブルータスが言った。
「いくら暗がりでも、ワシらが人間の街を歩いてたら、そりゃあバレるわ。大体、ルルブロはともかくワシを覆うブランケットなんぞありゃせんだろ」
「そ、それもそうですね」
セシリアはうつむいた。
この子。
聡明で強く、凛々しい少女だが……ちょっと――いや、相当抜けているところがある。
「しょうがないの。今日のところは森で野宿するか」
「ちょっと待ってよ。そんなのいやよ、あたし」
「贅沢を言うんじゃないぞ、ラキラキ。ここはワシらの世界じゃないんど」
「関係ないわよ。あたしはベッドで寝たいの。ベッドじゃなきゃ寝れないの」
「お前は小型になって寝ればええじゃろ。簡易のベッドくらい、作ってやる」
「ダメ。ブルータスは不器用そうだもん」
「な、なんじゃ、その言い草は」
ブルータスは不機嫌そうに顔をしかめたが、ラキラキはそれを無視して、ねえ、なんとかなんないの、と俺を見た。
そうだな、と俺は顎に手を当てた。
「寝床はどうでもいいが、街の外にいてはセシリアと連絡を取り合うのが手間だな。出来るなら、セシリアの家で寝起きしたいところだ」
「しかし、そりゃあ無理じゃろ」
「いや」
俺はそういうと、腹についた袋に手を突っ込んだ。
そしてその中から、透明な藺草を編み込んだ巨大傘を取り出した。
「これは透明傘という道具だ。この傘の領域下にある生物は、他の生物から視認されなくなるという効力がある」
「わお。さっすがルルちゃん」
ラキラキがぱちん、と手を叩いた。
「便利だわーほんと。一家に一台、ブロちゃんだよね」
調子のいい奴じゃのう、とブルータスは苦笑した。
ルルちゃんなのかブロちゃんなのか。
その辺はっきりしてほしい、と俺は思った。
「ほら」
と、俺はブルータスを見上げ、彼に傘を手渡した。
「これは高い位置にあればあるほど領域が広がる。だからブルータス、お前が持つんだ」
ブルータスはおう、と言い、それを受け取った。
「それじゃあ、セシリア。案内をしてくれ」
俺が言うと、セシリアははい、と言って頷いた。
「あっとその前に」
俺はラキラキを見た。
「ラキラキ」
「何?」
「この道具は、あくまで姿を消すだけだ」
「さっき聞いたわよ」
「要するに、声はもろに聞こえるってことだ」
「そうなるわね。だからなに」
「だから」
「なによ」
「くれぐれも街に入ったら黙ってろよ」
「なにそれ。それじゃまるで、あたしが黙ってることが出来ないイタイ子みたいじゃない」
「違うのか?」
「違うわよ」
「自覚ないのか」
「あん?」
「今のところ、俺はお前が黙ってるのを見ていないんだが」
「ああん?」
ラキラキは眉を寄せて、ヤンキーのように凄んだ。
ちっこいので全然怖くなくて、むしろ可愛かった。
やりとりを見ていたセシリアがあはは、と笑った。
それから「じゃ、行きましょうか」と言った。
「ああ」と頷いて、みんなでブルータスに寄り添って歩き出した。
ラキラキはぶつぶつ言っていたが、聞こえないふりをした。




