ぼく
ぼくが想っているきみという存在が、実在しないものだとは感じていた。
実際にきみと交際するようになってから、そのことに気が付いた。
一緒にいて、ぼくが幻想を見ていることにきみも気付いていたのではないかと思う。
それでいてきみはぼくの理想のきみに近付こうと、努力をしてくれていたのではないだろうかと思う。
自惚れでもなくて、買い被りでもなくて、ぼくたちの関係性としてそうあった節があるんだ。
でもだからこそ、どれほどきみが傍にいてくれようとも、ぼくの何かが満たされなかった。
ずっと、ずっとそうだった。
抱き締めた。愛した。それなのに、虚しかった。
不意に正気を取り戻して、問い掛けたくなってしまうのだ。
「きみを抱いたのは、本当にぼくですか?」と。
「ぼくに抱かれたのは、本当にきみですか?」と。
それくらい、夢と現実の境界線はあいまいだった。
火照る体は事実として言葉よりも伝えてくれようとする。
言葉では信じられないであろうことを、伝えてくれようとしている。
それなのにぼくは、信じることができなかった。
きみのことを信じられないわけでは、もちろんない。
ぼくのことを信じられないのかいえば、そういうわけではない。
現実が、事実が、その存在がぼくには信じることができなかったのだ。
ぼくはぼくじゃなくて、きみはきみじゃない。
どこか、そう感じられてならなかった。
ぼくの全く知らないだれかとだれか。
ぼくにとっては関係のない二人が、どこかで体を重ね合って、温まっていた程度としかぼくには思えないのだ。
これがきみを傷付ける認識だったとしても、ぼくがそう思ってしまうこともまた事実だった。
だってきみを疑うことなど、そしてきみが汚されたことを信じることなど、できるはずがないではないか。
それだけきみの浮かべている笑みは清らかだったんだ。