「妖精も虫の一種だよ、君!」
私には、幼少のころから付き合いのある友人がいる。
姓を南方、名は晃。けれど友だち連中はみな「しゃっちょこ君」「しゃっちょこ君」と呼んでいた。その男は何につけても理屈っぽく、しゃっちょこばった物言いばかりするからだ。
だが、しゃっちょこ君は口に似合わず、びっくりするほど気は優しい。そのうえ『自分に人気があって常にまわりに人が寄る』のを、本気で不思議がるようなひどく純粋な人柄だった。
ただしゃっちょこ君と私にはただ一点、『話の合わない』ところがあった。私は大の虫好きだが、しゃっちょこ君はまるきり反対なのである。
「虫ぃ? 僕は虫は大嫌いだよ。ただ虫、と書くより三つ重ねて『蟲』と書く方がしっくりくるね。第一君、頭をふりふり畑のキャベツに食いついているところなんか、何を考えているのか知れやしない!」
虫の話になると毎回こう来る。成人する時分には私もようやく悟って、話題にしないようにした。
ところで現在より二年ほど前、彼と私が道ばたを歩いている時に、『怪我をした妖精』に出くわした。
「やあ、犬にでも襲われたのか。足から血が出ている、可哀想に」
「ふん」
しゃっちょこ君はいかにも気に食わぬそぶりで、藍のハンカチを取り出した。
「おや、そのハンカチをどうするんだい?」
「僕は虫嫌いなんだ、こんなのが直に触れるかい!」
言いながらもしゃっちょこ君、手つきは優しく妖精の少女をすくい上げる。
――そうなのだ。しゃっちょこ君は虫嫌いでも、わざと虫を潰したことなど一度もない。実に嫌そうな顔をしながら、そのたびハンカチを犠牲にして部屋に迷った虫を逃がすさまを、私は何度も目にしている。
私はちゃんと分かっていながら、まぜっかえしに訊いたのである。
「しかし君、妖精も虫なのかい? 分類上はそうなってるが、姿はまるきり人間だがね」
「君も分からんやつだなあ。姿がそうなら中身も人間とは限らんぜ。見たまえよ、この木の実のような魔帯びの瞳。何を考えてるのか分かりゃあしない!」
私は含み笑いつつ、この心優しき友人が妖精を自宅へ連れ帰るのを見届けた。
「良いか、怪我が治るまでだからな。治ったらただちに家から出て行けよ」
きょとんとする妖精と、しかつめらしく説教をするしゃっちょこ君に、私は微笑ってさよならした。
そうして、その半月後。しばらくぶりに訪ねた私を、しゃっちょこ君は気後れしたように出迎えた。
「やあ、しゃっちょこ君。例の妖精はどうしたんだい? もう怪我が治ってお帰りか?」
「う……」
言いよどむしゃっちょこ君の背後から、話題の主がひらひら身軽く飛んできた。長い黒髪をたなびかし、黒すぐりのような瞳にしゃっちょこ君を映し、実に嬉しげにじゃれついた。
思った通りの展開に、私はくすくす微笑いつつ、しゃっちょこ君に絡んでみる。
「おやおや、怪我は治ったみたいなのに! いったい全体これはどうしたことなんだい?」
「……しょうがないだろう? こいつ放してやろうとしても、僕にすがってどうしても野っぱらに帰ろうとしないんだ。こうなったらもう、めんどうを見るしかないだろう……!」
気まずそうに答える友人が可愛くて、私はついついからかいの言葉を重ねてしまう。ああ、我ながら人が悪い!
「しかし君、虫は嫌いじゃなかったのかい?」
ぐっと言葉に詰まったしゃっちょこ君の、言い訳のセリフといったらなかった。
「……何、虫だって人間と同様生き物さ」
私は思わず吹き出して、優しい友をほめ称える。
「ははは! しゃっちょこ君、君は本当に良いひとだなあ!」
本心からそういう私に、しゃっちょこ君はほめ殺しかと言わんばかりに、けげんな顔をして見せた。その周りを少女の妖精は楽しげにくるくると飛んでいた。
その後、その妖精が縁になり、しゃっちょこ君はうさぎみたいに可愛い女と結ばれた。
そう、その女性は『妖精を助けた心優しい青年』に、芯から惚れ込んでしまったのだ。
めでたし、めでたし!
思うに、この縁はしゃっちょこ君への妖精の恩返しであろう。
――だとすれば、この私の前にも怪我をした妖精が現れてくれないものか。
何を隠そう、『人の良いしゃっちょこ君』はこの春、赤ちゃんに恵まれて……人の悪い私は、いまだに独り身なのである!
(了)