Act.5_Chapter.4:疾走する勇者、いつか見たあの影
風を、音を置き去りにして疾走する。
俺に纏わりつく嫌な予感は消えることなく、まるで波のように俺の心の焦燥を掻き立てる。
石畳を足で叩き、滑るように移動する。早く、どこまでも早く。一刻でも早く、誰かを救うために――。
かくして、奥まった路地に奴隷数人と敵の守衛の影を発見する。鞘から剣を滑らせて、雷のような一閃。
驚きに目を見開く守衛の残数は三。
重心を後ろに置いて速度を殺し、剣を携えながら魔法を打ち込む。――残り二。
奴隷たちは目を見開いて俺を見ている。彼ら彼女らからしたら、俺は悪鬼羅刹に映っているんだろう――そんなことを思いながら、剣を切り上げて敵の首を落とす。――残り一。
ここにきてようやく、最後の一人は迎撃態勢を取れたようである。
サーベルをこちらへ向けながら、焦りが滲んだ声で俺へと言葉を浴びせてくる。
「お前は誰だ?!」
「通りすがりの勇者だ。奴隷を救うために来た」
「ゆ、勇者――? なぜこんなところに……」
「五月蠅い。――罷り通る」
石畳を踏み割り、一気に加速する。
いくら身体能力に勝る魔族といえども、この急加速にはついてこれまい。
俺の剣が魔族の正中を切り裂き、魔族の亡骸は真っ二つに分断される。
まき散らされる臓物と血。それらに俺は何の感傷も抱かなかったが、どうやら奴隷たちは違うようで。
「い――いやああああああああああ!」
「殺される! 助けて、誰か助けて!」
……いつもは王女が説得してくれているため、あまりこういう反応はみかけなかった。
ここに来て初めて、彼女が俺と奴隷たちの緩衝材になってくれていたことを理解する。
奴隷たちは泣き叫び、もはや俺の手ではどうにもできなさそうだ。
――そんな中、俺は一人だけ、涙も、目の前で人が殺されたことに対する恐怖も抱いていない奴隷がいるのを見つけた。
銀の髪に、銀の耳、そして尻尾。彼女はひどくやつれていて、それでも目には何か爛々としたものが宿っている。
その少女は、俺がそちらを見ていることを理解したのか、俺のほうへ手を差し伸べてきた。
腕は細く、指はかさかさ。きっと、奴隷になる前は白魚のような腕だったのだろう。
まるで完成された料理をぐちゃぐちゃにまき散らしたような違和感が、そこにはあった。
「――お前は」
その少女に、なんだか面影を見たような気がして――。
俺の夢は、不意に覚めた。