Act.5_Chapter.3:焦燥の勇者、風雲急と黒幕
魔城市街に入った俺を待ち構えていたのは、奴隷商館を何重にも取り囲む守衛だった。
まずい、いくらなんでも数が多すぎる――。理解すると同時に、俺は駆けていた。
直後、先程まで俺が立っていた場所に魔法が突き刺さる。……氷魔法、しかもかなりの速度と鋭利さを求めて放たれたものだ。
……威嚇なんかじゃない。明確に俺の命を奪うために編まれた魔法だ。それは紛れもなく、俺がこの場に来ることを理解されているということで。
瞬間、俺はこの戦いの最後に、誰が立ち塞がっているかを理解する。
「……魔王、お前は臣民をも犠牲にするつもりか!」
「いたぞ! 勇者だ!」
魔族に見つかり、紫色の魔法陣がそこかしこに現れる。拘束呪文、攻撃呪文、補助呪文――実に多種多様で、それでいて狂いのない連携。久しぶりに背筋に冷や汗が垂れるが――。
俺も下手な修羅場は潜っていない。
「ふッ……!」
腰の件を一つ振る。少し強引な方法だが、形成前の魔方陣は魔力の放散によって潰すことが出来る。
剣気に乗せて放った魔力は、魔法陣のことごとくを乱し、書き換え、潰していく。
「音に聞こえし勇者の力、しかと見極めた。総員、波の陣を――」
「――遅い」
はるか東方に伝わる歩法。縮地と呼ばれるそれで、敵の大将の目の前へと出る。
剣を一閃。閃くは白刃と鮮血。――同時に氷魔法を拡散させると、途端に血の泉が形成された。
返り血で外套と頬とを濡らしながら、奴隷商館へと駆け抜ける。勿論氷魔法を振りまくのを忘れない。
悲鳴を置き去りにして、細い路地をかいくぐる。幸い、何度かの訪問でここあたりの道には精通している。
しかし……
「ッ!!」
前後左右、果ては地面にまで広がる魔法陣。まるで俺がそこに来ることがわかっていたかのような配置だ。
……未来視。魔王の固有能力が頭をよぎる。俺の予感が確信に近づいていく感触を覚えながら、剣を振るう。
魔力の波涛。溶ける魔法陣。そして飛来する短刀。篭手で弾きながらも、そちらへ射程に優れる風魔法を放つ。
「……魔王が裏で手を引いているならば、なるほど道理で。なれば」
奴隷商館が、既に罠で塗れていることは確定だ。
覚悟を決めながら、飛来してくる多種多様な飛び道具を捌いていく。
空には、鈍色の雲が広がっていた。
◇
「――らぁっ!」
幾重にも及ぶ包囲を切り抜けた俺は、奴隷商館の扉を蹴飛ばすようにして中に転がり込む。
傷はなかったが、何百という魔族を相手にした疲労は、凄まじい倦怠感を俺に与えていた。
そんな俺を、部屋の中央にいた兵士の男が睨みつける。その手に掲げる槍を、鋭く突き出し――。
「拘束」
届く前に、俺の拘束魔法と、二重詠唱で紡がれた氷魔法で頭を貫かれる。
ドサリと倒れる男。瞬間、全方位から飛来する矢の雨、魔法の嵐、そして薬。
ここで俺を仕留めるつもりなのだろう。明らかに対応出来ないような包囲攻撃だ。
だが、俺も勇者だ。負けるわけにはいかない。
体を巡る魔力を全開放して、剣に全てを集中させる。魔力で金色に輝く剣を横薙ぎに一閃。
何かが割れるような音を響かせながら、周囲のすべては風の圧で作り上げられた壁に弾き飛ばされる。
「……さて、奴隷は何処だ――」
白む視界で周辺を見渡す俺。そんな俺に、甲高い叫び声が響く。
「――!」
体が、奔った。