Act.5_Chapter.2:真なる勇者、勇者の証明
光など飲み込んでしまいそうな闇の中、呻き声があたりに響き渡った。
希望などその場所になく、あるとするならば諦念と後悔のみ。悪虐非道の末が、そこに存在していた。
「……よもや奴隷商館の地下にこのような施設があるとは」
地下へと続く螺旋階段を下りながら、なおも響く呻き声の数にうんざりする。
数十……下手すると百を超えるかもしれない呻き声。もし出せないような奴隷も存在するならば、確実に俺一人ではどうにもならない数の奴隷を救うことになるだろう。
これほどの奴隷を違法に勾留していた男の手腕にいっそ拍手すら送りたくなるほどだ。
「……さて、どう救うかね」
「ゆ、勇者様なら、王国からの支援などはついていないのですか……?」
「ついている。……しかし、ここから王国では、片道半月はかかる。故に支援の手は届かないし、期待出来ない」
無論王国公認の勇者であるので、支援はある。しかしそれが敵地にまで適応されるかどうかと言われれば、否。
距離的にも無理だし、第一敵陣に諜報部隊を放り込めるくらいの財力も、今の王国にない。
ついでに言うならば、俺個人が今保有している財力でどうにか出来るのは、だいたい三十人程度。一週間は食わせる設計で、である。
「どうするべきか……うぅむ」
「……勇者様、奴隷の中には経営や領地運営などに長ける者もいます。そちらの方を優先的に救い出し、何かしらを経営させることで資本を増やしましょう。増えた資本で奴隷を雇い、社会復帰させる……というのはいかがでしょうか」
「……はっきり言おう。俺にはそういうのはわからん。だが……方法があるんだな?」
「……はい」
この王女は、さっきであったばかりだ。……でもそこに、熱意の色が見える。こういう人間は信頼に足る人物であると、俺は今までの経験で理解している。
それに、王女が言ったことには矛盾や、疑わしく思わせる箇所はない。強いていえば、経営や運営に長ける奴隷以外は困難な道のりを辿ることだけが、心残りではあった。
「……わかった。お前に、俺の全財産を預けよう。それで、ここに囚われている奴隷を救ってやってくれ。――頼む」
俺がそういうと、王女は驚きに目を見開いた。
「正気ですか? まだ出会って半月も経っていないのですよ?」
「だからなんだ。俺はお前を認めた。奴隷を救うに足ると判断した。……だからそのための手段を用意した。それだけのことだ」
「…………どこの馬の骨とも知れぬ私に?」
「くどい。そうだと言っている。……俺はお前を信じる。だから救ってやってくれ」
豪快なお人だこと、と王女は小さく笑みを漏らした。
短い間だったが、表情をコロコロ帰る王女。だが、笑顔を見たのは初めてだった。
……ああ、そうだ。俺はこんな笑顔を見るために勇者をやっている。
人を信じて、信じて、信じ貫く。その末の笑顔は、きっと世界をも照らすと信じて――。
◇
……結果を言うと、王女の作戦は上手く進んだ。
魔城市街から俺の手引きで抜け出した第一陣は、万事屋を開業し、奴隷を俺が救い出すたびに発展していった。その裏には、王女の類希なる指揮力があったという。
奴隷達に笑顔が増えてきて、俺も一段落……と言った段階になるまで、二週間が経過していた。
そんな俺に、風雲急を知らせる報告がもたらされる事になる。
「勇者様、最終陣の奴隷たちが魔城市街の守衛に補足されたようです」
覚悟はしていた。……そして、準備もできていた。
装備を纏い、魔城市街への転移魔法を使う。瞬時に視界が奴隷商館のそれになり――俺の耳が騒ぎを聞きつける。
なんとなく、それが最後の戦いに違いない――直感めいた確信が、俺の中にはあった。