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Act.5_Chapter.1:元勇者の焦燥、そして夢

 追いすがるオルカの声を無視して、宿屋で身体を休める。


 何もかもが疎ましく見えるのは今に始まった話ではない。が、それでも何故か今はとても顕著に、すべてが疎ましく見えていた。


 それはきっと、今まで――形はどうあれど―――平和に暮らしていた人しか見てこなかったのが理由だろう。こんな、泥と血と涙に溢れて生き続ける人を、俺は勇者を辞めてから見たことがなかった。


 ……端的にいえば、慣れていたと思っていた人の悪意は、俺のとってこうも心身を疲弊させる毒であった。ただそれだけの話だ。


 ああ、こんな場所に寄るんじゃなかった。


 子供のような後悔を抱えながら、俺はゆっくりと意識を暗闇に落としていった。





 夢を見ていた。


 はっきりとわかるのは、きっとこれが過去の物語であると、俺が頭のどこかで理解しているからだろう。


 だけど、不思議なことに、これが俺の記憶だとはわかるけれども、いつの記憶で、どんなことが起こっていたかなどは覚えていないのだ。


 ただ、俺の胸には漠然とした不安というか、焦燥感が蔓延っていた。それらを誤魔化すように、手をぎゅっと握る。


 やがて、大きな城が見える街の門前へとやってきた。俺はここを知っている。


 魔城市街デモニア。魔王のお膝元であり、奴隷が主産業である、退廃的で刹那的な危うさを有する市街だ。


 門番の誰何を掻い潜り、市街へ潜入を果たした俺は、驚くべき光景を目にした。



「今日ご紹介しますのは、世にも珍しき人間族の姫! 我らが魔王様によって洛陽を迎えた王家の正当な末裔! 勿論ですが未使用、未開通、未調教! さぁ、食肉にするか、それともペットにするかは落札された方の自由です! 初期価格一千万ゴルドからーーはじめ!」



 声高に、檻に入れた人間の女を紹介する男。それを嬉々として受け入れ、挙句の果てには凄まじいまでの値段を重ねる魔族たち。あちらこちらから、バラ売りはしていないのか、と言った声。


 ……吐き気がするほどのどす黒さ。光なんて指すのかどうかもわからないほどの、心の闇が辺り一帯に充満しているような錯覚を覚える。


ーー気づけば、こみ上げる吐き気と怒りに任せて、壇上の男を切り飛ばしていた。


 それがあまりにも無意味なことであるとわかってはいたが、若さゆえの過ち。俺の思考に損益など介在していなかったのだ。



「……おい。他の奴隷はどこにいる」

「え? は?」

「答えろ。さもなくば置いていく」



 そう言って背を向ける俺に、女は慌てて引き止める声を上げた。



「ここから先、大広場があります! そこに奴隷商館があります。……これでいいでしょう? ここから解放してください」

「ああ、ありがとう。……で、どうする、着いてくるか?」

「……はい」



 気丈な瞳と、やつれてもかつての美貌を感じさせる四肢。見目の麗しさで有名な姫君だったのかもしれない。……そんな存在がここにいる理由も、意味も、俺は理解していた。


 魔王の存在がある以上、このような存在はもっと増えるだろう。ーー心のうちにそんな思いを抱きながら、目的地へと歩みを進める。


 その先には、絶望しか存在しえないことを、理解しながら。

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