Act.4:元勇者の心、貧しき者
「おい」
麻袋をくるくると回しながら、俺は騒動の渦中へと入り込んでいく。
唖然とした表情でこちらを見る、オルカとその他大勢の聴衆。
……正直にいえば、このような視線は慣れていた。勇者時代は、よくこんな視線に晒されていたからだ。
だからといって何になる、というわけでもない。――だが、他人を助ける壁は少ないに越したことがない、ということだ。
俺が声をかけてもなおも殴打をやめない店主。素早く魔法を編んで、それを放つ。
「拘束」
「なっ、手が……。誰!?」
「……害する意図はない。とりあえず俺の話を聞いてもらうために拘束した」
「は……?」
店主がほうける。瞳から、暴力を振るおうとする意志が萎えたのを見た俺は魔法を解除した。
何か奇異なものを見るような目が周囲から突き刺さる。
「……暴力を振るうのをやめろ。金なら払う」
「…………。金を払ってくれるなら何も言うことは無いよ」
そう言いながら立ち上がる店主の手に、俺は代金を乗せてやる。
代金自体は、パンに値札がついていたのですぐにわかった。
受け取った店主は、どこか腑に落ちないような顔をしながら店へと引き返す。
その後ろ姿を見送りながら、俺は孤児の方を見る。
ボロ布当然の貫頭衣をまとっただけの、見るからに痩せこけている女の子だった。
泥のような匂い、随分前に負ったと思われる裂傷、そしてひどく見窄らしい瞳。誰もが彼女を、孤児だと断じるに易い。
「立てるか」
「……」
首をふるふると振る。どうも立てないようだ。
見れば、足があかあかと腫れ上がっていた。先程店主に押し倒された時にくじいたようだ。
「健常」
「……っ! ま、ほう……!」
軽い異常を元に戻す魔法を使った俺を見て、少女は敵意をむき出しにする。
……いや、俺じゃなく、魔法そのものを敵視しているようにも見える。
「許さない……! 魔法なんかなかったら、お父さんもお母さんも……!」
「……どう思おうとお前の勝手だ。あとは自分の手で生きろ」
「言われ……なくても……! 死ね! お前なんか死んでしまえ……! 魔法を使うヤツなんて全員悪い奴だ!」
パンを持ってそそくさと逃げ去っていく少女。
目の橋に光る端は、あたかも雨の一粒のように誰の心にも触れず、地面に一つのあとを残すのみ。
なぜだかそれが酷く、魔が蔓延る時代よりもこの世界が残酷なのではないかと俺に思わせた。
……酷く疲れた。