Act.3:孤独の勇者、平和の定義
城壁都市。魔物の進行をせき止めるための要衝だ。
勇者だった時には、よくここに寄りながら物資の調達をしたものだ。
ある意味馴染みが深い街ではあるが、今の城壁都市は全くと言っていいほど、俺の認知の外にあった。
門を抜けると、そこには盛況の大市場が広がっていた。
祭りか何かなのだろうか、と門番に聞いてみるが、これが普通であるらしい。
以前訪れた時の、退廃的な雰囲気を持つ街の影はそこになかった。
「……で、オルカはどこあたりに住んでるんだ」
「え、どこにでも? と言いますか、定住していないと言いますか」
「……。まさかとは思うが、路上で生活してんのか……」
「ええ、そうですよ」
そう言いながら、オルカは細い路地を指さす。
そちらを見ると、道端に何人かの子供が座り込んでいた。
「この街じゃ、珍しくないんです。家を持たず、ただ一日をギリギリの状況で生きることが出来る程度のお金しか持たない子供って」
「……孤児院なんかはないのか」
「あるにはあります。でも、ああいう場所って、それなりに裕福な子供しか入れないんですよね。どうも預ける時に多額のお金が必要みたいです」
なんとも言い難い状況だ。いや、生きているだけマシなのだろうか。
むかしは、路地で生活するということは即ち死、とまで言われるほどに治安が悪かった。
それを救ってあげたい、昔の俺ならば、そう答えただろう。
しかし、今の俺には彼女らの生活を救う手段がない。
手段が無い以上、安易に手を差し伸べること……いや、考えを抱くこと自体恐ろしい。
哀れんで施すのは簡単だが、継続的な生活を保証できなければ、それは相手を殺すことと同義だ。
できれば人は殺したくない。殺してしまった罪悪に潰れてしまいそうだから。
「勇者様?」
「あ、ああ。なんでもない。……ところで、どうやって食い扶持を稼いでるんだ?」
「…………。食い扶持、ですか」
途端にくらい表情を顔に宿すオルカ。
惚けていた気まずさを紛らわすための質問だったが、どうやら後ろめたいところを踏み抜いてしまったようである。
もういい、と声をかけようとした次の瞬間、通りから騒ぎが巻き起こった。
「泥棒よー! 捕まえてー!」
風を切り裂くように、店から子供が飛び出す。手にはパンが一斤握られていた。
オルカは、そんな子供を少しだけ寂しそうな目で見ていた。
その表情を見て、はたと気づく。
「……もしかして」
「お察しの通り、盗みで食い扶持を稼いでいます。そうでもしなければ、彼らは今日を生きることすらできません」
「……しかし、それは盗まれた店主も一緒じゃないのか。商品をむざむざ盗まれたままじゃ、赤字が積み重なって、いずれ生きていけなくなる」
「ええ、そうです。……ほら、だからああなると」
オルカの目が、不意に細められる。
先程まで聞こえていた怒号は無くなっており、代わりに聞こえるのは打撃音。
そちらを見ると、パン屋の主人が先程の孤児に馬乗りになって何度も何度も執拗に殴りかかっていた。
……見ていると胸糞が悪くなる。平和とは一体なんだったのか。
それに、何だかあの光景は、昔の俺を思い出させて――。
「こうなります――って、勇者様?」
「……離れておけ」
「えっ、ちょっ。なんで――!」
慌てふためくオルカを傍目に、俺は騒動の渦中へと歩いていく。
暗澹とした気持ちを抱えながら。