Act.4:気乗りしない勇者、真摯なるまなざし
オルカの言葉のあと、返答をせずに一度村を見回ることにした。
村に幾条か存在する水路には、確かに水が流れておらず、飲み水は雨水に頼りきりと言ったような状況だ。
間違っても健全に生活を送れているとは言い難い。
なるほど。これは確かに村人たちも意気消沈するはずだ。確かに、オルカの言葉通り”救い甲斐”があるのかもしれない。
……まぁ、この村に立ち寄った理由――水と食料の供給もこのままではままならないことがわかったし、俺のためにも解決する必要があるだろう。
「オルカ、川の上流に行くぞ」
「お、早速ですか! わかりました、行きましょう!」
妙に張り切っているオルカに引っ張られるようにして、俺は村から出た。
村から出ると一面の草原が広がっており、点々と素朴な花が咲いていた。
きっと、川が流れているのなら、この景色に見とれていたところにふと、川のせせらぎが聞こえる――と言った風情ある光景を体験することが出来るのだろう。
さて、そんな草原だったが、一つおかしな点――と言うよりも、あからさまに異常な点があった。
それは今、俺たちの足元にも存在する、巨大なくぼみ――もとい、生物の足跡だった。
足跡から見ると、四足歩行の水棲生物であることは間違いなかった。大きく開いた指と指の間に、僅かではあるが何かが擦れた跡がある。きっと水かきだろう。
もしかすると、この足跡こそが今村に深刻な水不足を発生させている原因なのではないだろうか。
オルカも同じように考えたようで、その瞳を強く、上流の方向へと向ける。――臨戦態勢だ。
ただ、今この場でそれはあまり好ましい行動とは言えない。
俺は、オルカの頭に手を置いてゆっくりと撫でた。
するとオルカは、一瞬びくりと体を跳ねさせた後、俺のほうへと顔を向けてきた。
「……撫でてくれるのは嬉しいんですけど、今そんな場合ですか?」
「そんな場合じゃないのはまさにオルカの言葉の通りなんだが、お前はあんまりにも敵意をむき出しにしすぎだ」
「でも、水不足を解決するには、この足跡の主を倒さなければいけないかもしれないんですよね?」
「そうと決めつけるにはまだ情報が足りない。もしかすると、村人たちが悪だっていう可能性すら、今の時点ではあり得る話だからな」
そう言うと、オルカはむっとした表情を浮かべて、俺の行先をふさいだ。
表情は不機嫌そう――いや、これはどちらかと言うと悲しそう、と言うべきか……?
そんな不思議な表情を浮かべていたオルカは、その瞳を目いっぱいに開く。
「すぐに人を疑うの、アベルさんの悪い癖だと思います!」
「……いや、これは人を疑うというか、可能性の話をしてるんだが……」
「そんなに村の人たちが信じられませんか?」
そう言われると、言葉に詰まってしまう。
正直なところ、信じられないか信じられるかで言うと、天秤は信じられる、の方に傾いている。
そもそも川をせき止めたところで村人に発生するメリットが少ないからだ。
パンは作れない。小麦も出来なければ飲み水もないし、畜産もままならない。容易に村が滅びへと向かっていくことを想像できるだろう。
しかし、何故だろうか。俺はこれが人為的なものであるように感じた。
理由はわからない。オルカに説明すれば、きっと訝し気な表情を返されるだけだろう。
故に、俺の返答としては、こうだ。
「村人”は”信じられるかもしれない。――まぁそれでも疑ってはいるんだが」
「……”は”? えっと、それは……」
「たぶんわかってるとは思うけど、第三者がこの状況を生み出している可能性がある。理由はわからないが――俺は何となくそう思う」
「……へぇ、ふぅん。なるほど」
オルカは小さく呟いたかと思うと、視線を山の方へと向ける。
一瞬、俺はその瞳を覗き込んだ。
その瞳に広がっていたのは、どんな感情だっただろうか。
少なくとも、前向きな感情ではないだろう。
何となく――これは、俺の予測ではあるが。
その瞳は、彼女の「敵」だったなにかを映し出しているような気がした。