Act.0:伝説の勇者、不穏な足音
中編予定です。エンドまでのプロットは組み終わっているので、おそらく中断などはしません。よろしくお願いします。
「――言いたいことはそれだけか」
剣を油断なく構えながら、前足に体重をかけていく。
自分が討伐される間際だというのに、薄気味悪い笑みを浮かべる魔王は両手を広げる。
まるで誘い込むように。
「ああ。さぁ、我を討つがよい、勇者よ。身に災いの種を孕みなが――」
「――三度繰り返すな、黙れ。そして疾く去ね」
わざわざ相手の口上に乗っかる必要もない。
ただ黙って、殺しておけばよかったのだ。
魔王の口車に乗り、慎重になる必要などなかった。――その不始末が体に残る無数の傷。
痛みを無視して、一歩を踏み出す。
魔王は威容をしぼませながら、なおも骸骨の口でカタカタと笑い続ける。
まるで嘲笑う様に。してやったりと言う様に。
「ふんッ」
――別に俺は、止めの方法になんてこだわっちゃいない。
だから、剣を投げて止めを刺したことに、さしたる感情は抱いていない。
強いて言うならば、そう。
「……あっけないもんだな」
正直に言ってしまえば、あまりに温かった。
もっと、生と死がワルツを踊るような戦いだと覚悟していたのに、蓋を開けてみればそうでもない。
俺はただ、小さな傷と、そこそこの傷を負ったくらいだ。
これくらいの傷ならば、教会に行けばすぐに治癒してもらえる。
そうでなくとも、薬草を塗り込んで寝ていれば、いずれ良くなる程度。
それでも死ぬことはあるが、可能性としては低い。
目を見やれば、すぐそこで魔王が消滅しかけていた。
――故に、だろうか。俺は油断していたんだろう。
実態をともなわない死の足音は、静かに迫る。
それでも、注意しておけば素早く対応ができていたはずなのだ。
後悔が先に立つことはない。過ぎたことを悔やんでも仕方がない。――知っていた、言葉たち。
でも、俺が真の意味で『理解』するためには、いくらかの時間を要する。
……戻ることない、一方通行の砂時計のような、時間を。