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2-1.花嫁は眠らない

「おはようございます、アカネ様」


 薄暗いまぶた越しに耳の奥を鈴の音のような声が聞こえる。

 目を開けるのがもったいない、そんないつまでも聞いていたくなるようなきれいな声。

「メアリー、アカネ様はそんな起こし方では目覚めないのではないのか?」

「いいえ、このまま15分も続けていれば、アカネ様は御目覚めされます。問題ありません」

「ふむ、なんとも気の長い話だ。どれ、私にまかせくれないか……」

 うん? なんか不穏な会話が聞こえた様な……

 って、何、い、息が……

 く、くる、し、い……

「ぷ、ぷふぁぁーー!! なに、なんなのよ!!」

「ほら、こうして口と鼻をつまめば、大抵の者はすぐに目覚める……」

「……はあ、そのまま永遠に目覚めない方がよくいらっしゃりませんでしたね、ヘクトサインズ様…… あ、お目覚めで御座いますね。おはようございます、アカネ様」

 涙目になりながらも飛び込んできた見慣れた顔に、私は思わず声を荒げてしまう。

「はぁ、はぁ、はぁ、もう、ちょっとヘクトサインズ! 何のつもり?! 私を殺したいの!!」

「めっそうもございません。このヘクトサインズ、アカネ様の事なら海よりも深く理解しているつもりです。ほら、現にこうして誰よりもスピーディにアカネ様を起こすことに成功しております」

「もう、いっつもそうなんだから、ヘクトサインズは…… って、あれ? ヘクトサインズ?」

「はい、なんでしょうか?」

 自然と口から出た言葉に、自分のことながらモヤモヤとしたもの感じてしまう。

「……あなた、ヘクトサインズよね? って、あれ? メアリーも? あれ? でも何か違和感が……」

 何だろう? どこからどう見てもメアリーとヘクトサインズなんだけど、そこはかとない変な感じがしてならない……

「どうされたんですか? アカネ様?」

「はっ! それだー!!」

「?? どうされました?」

「はい? どれです?」

「それよそれ、メアリーもヘクトサインズも、何で私のことを『アカネ様』って呼ぶの?」

 興奮する私と対照的に、キョトンとした表情の二人。

「?? あの、アカネ様はアカネ様としかお呼びようが無いのですが?」

「いや、あなた達、いつもは『女王陛下』って呼んでいたじゃない!」

「『じょおうへいか』? ですか? だれが?」

「私が」

「…………はい?」

「…………」

「…………」


 な、なに?! この痛い程の沈黙は!!

「バカ、メアリー、これはアカネ様の高度なボケというものだ。お察ししろ! はっはっはっ、さすがはアカネ様、面白いなぁ!!」

「……ヘクトサインズ、あなた絶対私のことバカにしてるでしょ?!」

「おぉ! バカになどとんでもない! このヘクトサインズ、いつだってアカネ様の事しか考えておりません」

 恐ろしいことに表情一つ変えずに言い放ったよ、コイツは!

 もう! 本気なの? 天然なの? 何なのよ、こいつは?! ……いや、待って、確かにこいつはこんなヤツだった気がしないでもないような……


 バタン!!


「ただいまー!! あっ?! アカネさま、目がさめたんだ!!」

 その時、勢いよく開かれたドアの音と一緒に、背を向けていた私の後ろから、春風のような明るい声が部屋の中に満ち溢れる。

 えっ?

 うそっ?!

 私の頭がしびれたように考えることを停止する。ぶわっと、瞳の奥から暑いものがこみ上げてくる。

 ずっと聞きたかった、でももう二度と聞くことは出来ないと諦めていた、懐かしい声。

 それでも……


「クラルラナァァツ!!」


 振り向いた私の瞳に、記憶の中にある大切な少女と寸分違わない姿で、野に咲くたんぽぽのような少女が立っていた。

「どうしたの? アカネさま……?? って、うわぁ、くすぐったいよぉ」

 色んな感情が爆発して、いっきにクラルラナの前まで駆け寄った私は、胸の中に愛しい少女をギュッと抱きしめる。抱きしめる。

 首筋に掛かる吐息が、小さな胸の中ではっきりと刻み続ける鼓動が、そのぬくもりが…… 私の瞳から涙を止めさせてくれなかった。

「もう、アカネさまったら、わたしがいなくてそんなにさびしかったの? ほんと、まだこどもなんだから」

「……うん、うん、そうだね。そうだよね。私、まだ子供なの。だから、うん、ごめんね。クラルラナ……」

 私の口から零れ落ちたのは謝罪。

 目の前で守れなかった小さな命を、両腕の中で冷たくなっていくのを見守ることしか出来なかった無力な自分を、それら全部ひっくるめた感情となって言葉にならない言葉が溢れだして行く。

 そんな私を、まるでおままごとのお母さんのように、クラルラナは私の背に小さな手回すと、ギューって抱きしめてくれる。

 それがどれくらい続いたんだろう? 私の涙が懺悔の慟哭から嬉し涙へと変わった頃、メアリーが声をかけてきた。

「それでアカネ様、いったいどうされたんですか? お悩みがあるのでしたら、どうぞおっしゃってください」

「う、うん。そうだよね……」

ここでようやく私の頭は考える力を取り戻してきた。色々確認しなくちゃいけない事はたくさんあるけど、優先してやらなくちゃいけない事は……

「ねえ、メアリー。私は誰? 今はいつ? ここはどこ?」

「あの…… それも『ボケ』というものの一環なんでしょうか?」

「当然だろ、メアリー…… っと、おっと、失礼致しました。ほら、お答えしろ!」

私がギロッと睨んだら、ヘクトサインズが慌ててうそぶきやがった。まあ、いいんだけね…… はあ。

「お答え致します。今は新王国歴2年。ここは新緑の都市ミナノハラス。あなた様はアカネ様でございます」

「……私がアカネなのはいいわ。それでどうしてあなた達は私を『様』付けで呼ぶの?」

「それは……」

 今までの話から推測すると、私は王ではないはずだ。だとすると、どんな立ち位置なんだろう? そんな素朴な疑問に、メアリーは顔を曇らせ、固まってしまう。

代わりに口を開いたのはヘクトサインズだった。

「アカネ様は正統なるセント・ストロベリシア王家の血を引きし由緒正しきお方。今はまだ在野に埋もれておりますが、捲土重来けんどちょうらいを期するべく、爪を研ぎ、牙を磨き、来るべき『時』に向けて雌伏しふくをしている最中でございます。アカネ様の苛立ちは我ら臣下皆、十分理解しておりますが、いましばらく、その『時』までご自重くださいませ」

「ちょっと待って! ヘクトサインズ、セント・ストロベリシア王国は今どうなっているの?!」

 そう言えばメアリーが今は「新王国歴」と言っていた。それって……

 自然と口をついた私の言葉に、ヘクトサインズの両目からドバッっと涙がこぼれ落ちる!

「申し訳ございません!!!! …………」

 悲痛の叫びをあげながら、床に土下座するヘクトサインズ。慌てて周りを見渡せば、メアリーも口を押えて、必死になって何かを堪えていた…… なに?! 私また何か地雷を踏んじゃった?!

「……すべては私どもの不甲斐なさが招いたことでございます……」

 そして訥々(とつとつ)と絞り出すような声で語り出した内容を聞き、私はようやく状況を理解出来た。


 セント・ストロベリシア王国はすでに滅びていた。

 考えてみれば、この前の夢の中で、私は「結婚する」という未来を破り捨ててしまった。

 それが良いとか悪いとか関係なく、きっとそれに付随してあった、あのページの出来事も全て「無かった」ことになってしまったに違いない。

 だからきっと、こうしてクラルラナも生きている。

 でもその代わり、私が結婚して続いたはずの王国の未来も無くなってしまったんだ。


 今の私の立場は、亡国のお姫様。

 ううん、既に国が無いのだから「お姫様」なんて言葉は痛々しいよね。

 まさしく、「王家の血を引いていた者」という表現が正しいんだと思う。

 メアリーとヘクトサインズは、先代の王がいた時代から王家に仕えていた「設定」らしい。

 王国が滅びる時、幼い私と、一緒に遊んでいたクラルラナを連れて何とか逃げ出し、隣の国であるマロンアモーナ公国にある辺境の都市ミナノハラスに潜伏している状況らしい。


 さて、情況は一応理解出来た。出来たけど、さて、どうしよう?

 最終的な目的はお母さんをこの世界から救い出すことなんだけど、そもそもどこにいるんだろうか?

 以前の夢の中で、私はお母さんと深いつながりがあると思われる深紫の国の王ビスマルクスを切ってしまっている。

 当然だけど歴史は繋がっている。

 アニメやゲームでは定番の、タイムトラベルとかである、歴史修正もの。

 それとも歴史改ざんになるのかな?

 そんなタイムパラドックスを考えるまでも無く、連続した歴史の流れを不連続にさせた場合の影響なんて、10代半ばの女の子の思考を超えている。

 不連続、不連続……

 だめだぁ、ちょっと前に塾で出てきたモホロビチッチの不連続面しか頭に出てこない……

 なんてダメな受験生脳なんだぁ……

 もはやモロビチッチが手を繋いで頭の中でマイムマイムを踊りまくっている……

 あれって確か地震のP波とS波の…… ってちがう!!

 いま重要なのはモホロビチッチでもモンチッチでもなくて……

 そういえば小っちゃい時に買ってもらったモンチッチのぬいぐるみってどこにいったんだろ? とっても大事にしてたのになぁ…… って、これもちがう!!!!

 だめだ、脳みそが勝手に現実逃避しようとしている!

 ……はあ、ちょっとクールダウンさせよう。


「メアリー、おトイレってどこかしら?」

「はい、外を出てすぐの広場の所にございます」

「そう、ありがとう」

 ついて来ようとする皆を静止して、私は外に出ると広場を目指す。人通りは多くないものの、街並みはきれいに整備されていて、心地良さを感じる。目指す場所はすぐに分かった。広場の一角に建てられたそれは、思ったよりもずっと立派だった。確かに簡素で現代日本のトイレと比べるべくもないけれど、例えば、海の家や屋外コンサートの仮設トイレと比べたらよっぽど豪華で清潔感を覚えるものだった。

(誰だか知らないけど、このおトイレを作るように命じた人って、結構すごいよね)

 私自身がおトイレに関しては苦労したので、妙にシンパシーと尊敬を抱いてしまう。本来はオマルのようなものを使って、その中身だけここに捨てることも出来るんだけど、さすがに現代日本人の感覚としては恥ずかしすぎる。

 私はおトイレのドアを閉め、スコートを捲り上げようとして、ふと、何か違和感を感じた。

 何か変なものが服にひっかかる…… って!!!!


「いやぁぁぁ!!!!!」


「どうしました! アカネ様!!

 絶望の悲鳴を上げながら外に飛び出した私を、真っ青になったヘクトサインズとメアリーが駆け寄ってくる。

「…………」

「さあ、アカネ様、どうぞこちらへ」

 ガクガク震える私の肩を抱き、メアリーが家へと先導する。でも、でも……

「アカネ様、いったいどうされたのですか?」

 家に入ると即座に固く鍵をかけたヘクトサインズが私に問いかけてくる。

 でも私はそれどころじゃない。自分で自分の体をギュッと抱きしめながら、ただ震えることしか出来ない……

 なに? ……いったい何が起きたの?!


「ヘクトサインズ様、それにクラルラナも。少しお席を外して頂いてもよろしいですか?」

「しかし、メアリー! アカネ様のご様子を見る限り、深刻なことが起きているに違いない! それなのに……、いや……分かった、お前のその瞳を信じよう。ほら、クラルラナ、ちょっと隣の部屋に行っていよう」

「……うん、メアリー、おねがい、ね」

 バタン、と扉の閉まる音が小さく響く。

「さあ、アカネ様、大丈夫ですよ。私に全てお話しください」

 まるで聖母マリア様のように慈愛に溢れた表情で、メアリーが私に声をかけてくる。

 その陽だまりのような優しさに、恐怖でおののく心の震えがわずかに収まるのを感じる。

「……ね、ねえ、メアリー……、見て」

 私は勇気を出して身に着けている服のボタンに手をかける。

 手が震えて、うまく動かない……

 それでもなんとか着ている服を全て脱いだ時、私にとっては見慣れた、まだ大人の女性というには色々物足りない思春期の女性の体が現れていた。

 ……ただ一か所、股間に見慣れないものが付いていることを除いては。

「メアリー…… わたし、どうしちゃったんだろう?!」

 知らない内に涙が止めどなく溢れて来て、私は思わず顔を両手で覆って床に伏してしまう。


「……何が、でございますか?」


「……はい?」

「あの…… 何かおかしなことでもございますでしょうか?」


 えっ?


「ちょ、ちょっとメアリー、私の体を見て何も感じないの?!」

 私は立ち上がって両腕を広げると、メアリーは恥ずかしがるように目を伏せた。

「いえ、さすがに感じないわけではございません……」

「そ、そうよね! やっぱりそう思うよね!!」

「はい、アカネ様はやっぱりおキレイ過ぎます」

「……はい??」


 ちょっと待て!! そこなのか?! そこなのかい!!!


「ち、が、うでしょ!! ほら、ここ! 私の体にこんなの付いてるだよ! おかしいでしょ!!」

 もう話しているこっちの方がおかしくなりそう。私は太ももの付け根部分に突如として「現れた」、女としては決してあり得ない物体を指さす。


「本当に、アカネ様のモノはご立派ですね」

「ちょっと!! その反応は何!! こんなの付いてたらおかしいでしょうが!!」

「えっ? でもアカネ様は『黒き花嫁(ブラックブライド)』ですから、当然でございますわ」


「……へ??」


「ちょっと待って! その『黒き花嫁(ブラックブライド)』って何?」

「普通の花嫁は男性と結ばれます。しかし選ばれた者のみが許される称号『黒き花嫁(ブラックブライド)』は、男性、女性関係なく結ばれることが許されております」


「……うそ?!」


 ……ごめん、お母さん、ひょっとして、わたし、助けること出来ないかも……

おまたせしました! いよいよ第2部が始まりです! 自分でも辿り着きたい場所はあるんですが、そこまでの道は不透明で、登場人物達に任せようと思っている無責任な作者です(笑

さて、どうなっていくことやら…… よかったら感想を聞かせて頂けたら、励みになります!


夏星はる

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