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13.始まりの詩

 世界が暗い

 ここはどこ?

 体が重い

 頭が痛い

 寒いよぉ

 だれか、た、す、け、て……


「おや? お目覚めですか?」

 気が付いた時、目の前にいたのは一人の男性だった。

 30歳前後くらい?

 白衣を着ている。

「気分はどうですか?」

 優しげな口調。眼鏡越しに覗き込む視線が、ふと、私の記憶の中の何かに引っかかる。

(あれ? この人、だれだっけ……?)

 なんだろう? どこかで見覚えがある気がするんだけど、思い出せない……

「ふむ、記憶の錯乱が見られるか。どれ、この指が何本なのか分かるかい?」

「……3本、です。あの、あなたは誰ですか? ここはいったい?」

「ここは病院の特別集中理療室。私は医師をしている式倉氷雨しきくらひさめ。一応茜さんの主治医ということになっています」

「あ、あの…… 病院って、私、どうしたんですか?」

「そうだね、説明してあげるが、少し長くなる。まずは服を着てからにしようか」

「へ? ふく……って!! きゃーー!」

 やだ、私何も着てない!!!

 一糸まとわぬ裸の体に、たくさんのコードが付いていた!

 私は必死になって薄いシーツで前を隠す。

「私は医者だ。治療の為に必要だったから脱がせただけのことで、恥ずかしがる必要は無いんだよ」

「そ、それはそっちの理屈です! これでもまだ誰にも見られたことなかったのに!!」

「死ぬか生きるかの状態で、服など気にすることかい? ああ、確か君のお母さんが持って来た服があったはずだ」

「お母さんが来てるんですか? だったら合わせて下さい!」

 バタバタと慌てふためく私を楽しそうに見ていた医師の目が曇る。

「君のお母さんは病院に来ている。ただ合わせることは難しい。いや、顔を合わせるだけなら難しくはないんだが……」

「えっ? どういう事ですか?」

「ふむ、まあ説明するより、実際に自分の目で見た方が早いだろう。どれ、立てるかい?」

 私はシーツを体にくるむと、ゆっくりと床に足を下ろしてみる。少しふらついたけど、これくらいなら問題なさそうだった。

「こっちだよ」

 よたよたする足で頑張って式倉先生について行く。式倉先生は隣の部屋のドアを、カードキーと暗証番号を使って開け、私の方を振り返った。

「これが今のお母さんの状態だ」

 思わず息を飲む。簡素な診察ベッドの上で、何かの大きな機械にたくさんのケーブルに繋がれたお母さんが横になっていた!

「お母さん! お母さん!! どうしたの? 大丈夫? いったい何があったの?!」

 駆け寄り、握りしめたお母さんの手は、いつものようにカサカサで、でも確かに生きている温もりが感じられた。

「……一言で説明すれば、君のお母さんは君を助けようとして『こう』なったんだよ」

 いつの間にかすぐ後ろに来ていた式倉先生が、私の肩に手を置いて、沈痛そうな声で話だす。

「助ける? 私を?」

 そういえば私、今まで何をしていた、の……?

 不意に頭の中に膨大な記憶がよみがえる。

 フラッシュバックのように、様々な記憶が洪水のように記憶の底から溢れ返ってきた。

「えっ? えぇっ!? ……わたし?」

「……そういうことだよ、『女王さま』。君は交通事故に逢い、その後長い間目を覚まさなかった。そう、いわば長い長い夢を見ていた。見続けていた。言い換えるなら、仮想現実ゲームの中で主人公を演じていたと言ってもいい。そんな君を目覚めさせるため、お母さんは君の精神に直接呼びかけようと、意識を君の中にリンクさせたんだ……」

「で、でも、こうして私は目覚めてます! なんでお母さん寝たままなんですか?!」

「……さあ、分からない。何しろこの分野の研究はまだまだ発展途上中なんでね。ただ言えるのは、もぐりこんだ君の精神の中で、復帰不可能なほどの大きな衝撃を受けた可能性がある」

「う、うそ…… まさか、ううん、でも、ひょっとして?」

「何か君のいた『ゲーム』の中で、理不尽なくらいの急激な変化はなかったかい? あるいは強引に君を連れ出そうとした出来事とか?」

 私は顔が真っ青になっていたのに違いない。

 思い当たるのはただひとつ。

 私が真っ二つに切り裂いた、魔物の王。

 ブルブルと震えだした私を、式倉先生が優しく抱きしめる。

「……そうか、やはり心当たりがあるんだね」

「わたし、わたし、とんでもないことしちゃったのかも……」

 いやだ!

 だめ、頭が真っ白になる。

 なにも かんがえ られない……

「実はお母さんを目覚めさせる方法が無いわけじゃない」

 その時、真っ白になった私の心に、式倉先生の優しい声が響く。

「本当ですか! なんですか?! やります! なんだってやります!」

「簡単だよ。ようは君のお母さんがやったことと同じことをすればいい。つまり、今度はお母さんの精神の中に、君が入って連れ戻してくるんだ」

 まるで乾いた砂漠の砂に吸い込むオアシスの水のように、式倉先生の言葉が、ジワァッと私の心に滲みこみわたる……

「やります!」

「言っておくけど、簡単なことじゃない。君のお母さんの状態を見ても分かる通り、君の精神が無事でいられる保証はないんだよ。それでもやるかい?」

「やります! やらなくちゃいけないんです!」

 お母さんに対して思うことはいっぱいある。正直ウザかったり、面倒臭かったりという気持ちも。

 でも、それでも、世界でたった一人の、私のお母さんだから。

「分かった、じゃあさっきの部屋に戻ろう。茜さんとしては逆戻りになってしまうが、仕方がない。怖くはないかね?」

「……はい」


 私たちはさっきの部屋に戻り、そこで式倉先生から説明を受けた。

「やり方は基本的にさっきまでと一緒…… と言っても茜さんは病人として記憶の無い状態で強制的に始めたので、あまり認識はないかもしれないけど。今回は明示的にこの機械を使うから、最初はずっと分かりやすくなっている」

「最初…… ですか?」

「そう、精神的にはいきなり異世界に飛び込むようなものだからね。その為の精神的緩衝として、ゲームのような導入部分を取り入れている」

「ゲーム?」

「君もやったことはあるだろ? ロールプレイングとかでよくある、お城で王様から『勇者よ、よく来た!』とかだよ。まあ言葉でいうより実際にやってみた方が早いだろう。ああ、あとこれを……」

 式倉先生はポケットからピンク色のタブレットを無造作に取り出した。

「睡眠導入剤だよ。あと、この機械を使いやすくなるように、精神的な障壁、まあ心のバリアだね、それを緩くさせる効果がある。これを事前に服用して欲しい」

「はい」

 式倉先生の手の平にのった6粒のタブレットを私は掴もうとして、その時、先生の手が痙攣したように震え、床にボタボタとタブレットが転がり落ちる。

「えっ?」

 式倉先生は、真っ青な顔で、びっくりしたような顔をしている。

 結局先生の手の上に残ったのは、1粒だけ。それを見て、式倉先生は大きくため息を付いた。

「すまない、もともとこれは1粒だけ飲めば良かったものだから」

「でも先生、大丈夫ですか? 顔が真っ青だし、変な汗も出ているし……」

 そう、荒い息を吐く先生の顔には、球のような汗がびっしり浮かんでいた。

「ああ、大丈夫だ。それよりさあ、始めよう」


 式倉先生の言葉に、私は診察台の上に横たわると、手にしたタブレットを飲み込む。

 急激に意識が遠のいて行くのを感じながら、記憶が途絶える直前、微かに呻く声が聞こえた。

「……そうか ……君は邪魔をするのか……」

 その意味を考える余裕も無く、私の記憶は真っ黒になった。


「ここは?」

 再び意識を取り戻した時、真っ暗な世界の中に私はいた。

 ううん、ただ一点、直ぐ目の前に、真っ白な文字が浮かんでいる。


 >>『名前』を入力してください。


 きっとこれが、式倉先生が言っていた『ゲームのような』ものなのだろう。

 そう思った私は素直に浮かんだ文字をタッチする。


 『アカネ』

 カタカナにしたのは、何となく気分の問題だ。


 >>『職業』を入力してください。


 ズラッと並ぶ、たくさんの選択肢。

 勇者、兵士、農民、魔法使い…… でもやっぱり、そうだな


 『王様』

 これでしょ。職業なのか? ていうのはあるけど。


 >>『ニックネーム』を入力してください。


 へ? ニックネーム? ニックネームかぁ……

 しかも何故か入力式じゃなくて、選択式になってる。なんでニックネームが強制選択なのよぉ……

 何画面もスクロールさせ、その多さとヘンテコさにうんざりしながら、私の目は最後の行で止まった。

 うん、やっぱりこれかな。

 そして私は『OK』を押した。


 『黒き花嫁<<ブラックブライド>>』と。



これで序章は完了です。

ありがとうございました!


夏星はる

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