11.黒き花嫁
城の外から激しい剣戟の音が聞こえて来る。
それに伴い響く、怒号、そして断末魔の叫び。
でもそんなことよりも、私はこの胸の中に抱きしめる小さな存在のことで頭がいっぱいだった。
「……お願い、死なないで!!」
どれだけ呼びかけただろうか…… クラルラナはさっきから体中の力が抜けたかのようにぐったりとしたまま、私の呼びかけにも応えてはくれないかった。それでも、まだ、お願い、お願いだから……
「アカネ女王陛下、宮廷医師を連れてまいりました!」
そこへメアリーに手を引かれながら、長い白髪の老人が駆け寄ってきた。
「早くこの子の手当てを! 早く! 早く診て!! お願い!!!」
宮廷医師はどれ程急かされたのか、靴が片方脱げていて走り難そうだった。でもその一時が今はもどかしくて、クラルラナを抱きしめたまま私の方から駆け寄る。
「ふう、ふう、ふう…… まったくメアリーは年寄りを労わるということを知らんのじゃから…… っと、女王陛下、そんなに怖い顔でにらまないでくだされ。診察するにも少し呼吸を整えんことには…… ふう…… よし、その子を見せてくだされ」
私はギュッと抱きしめていたクラルラナの体を静かに床に寝かせる。
宮廷医師は荒い呼吸を何とか落ち着かせ、微かに震える手でクラルラナの脈をとり、瞳を覗き込む。それを二回繰り返し、さらにもう一度繰り返すと、重い息を吐き出した。
「……女王陛下、この子はもう手遅れじゃ」
「そ、そんな! だってあなたは治癒の魔法が使えるじゃない!! この国一番の医師じゃない!!」
「すみませんのう…… 治癒の魔法は傷ついた者を癒すものじゃ。この子はすでに息絶えております」
(えっ…… うそっ? なに? いま何て言ったの……?!)
だめっ、頭がうまく働かない…… 体中の血液が逆流しているみたいにグルグルする…… 気持ち悪い
ガタン!!
不意に城の入り口を閉ざしていた扉が激しく打ち付けられる音がした!
ガタンガタン、ガタガタガタ……
続けざまに二度、三度、そしてひときわ激しい音が鳴り響いた時、分厚く硬い門を突き破って、ドスグロイ塊が飛び込んできた。そのまま数回地面をバウンドし、私の直ぐ目の前で止まる。
「う、うぅ、女王陛下…… 申し訳ございません…… はや、く、お逃げ……」
「ま、マクトウェイカモン?! うそ? なんで?! いやぁ!!!!」
グシャァッ!!
という音と共に、門を守っていたはずの扉がハリボテのように音を立てて倒れる。
もうもうと立ち込める砂煙の中、2メートルを超えるであろう巨大な人間の影が現れる。そして後ろに続く、何十もの魔物の群れ……
「これはこれはアカネ女王陛下であられますか? お初にお目にかかります。我は深紫の国の王、ビスマルクス。失礼ながらアカネ女王を娶るべく、この国を侵略させて頂きました」
「め、娶る? って、あなた、いったい何を言ってるの?!」
「ふむ、私の妻となれ! この方が分かりやすいかな?」
「な、なんであなたの妻になんて!」
喚くように叫び返す私を、ビスマルクスは真っ赤に光る瞳でニヤリと笑った。
「別に構わないがね。そもそもあなたの意思など関係無いのでな。拒否するならそれだけこの国が滅びるのが早くなるだけだ」
その時、部屋全体を目がくらむ程の明かりが照らす。
それは紅蓮に渦巻く炎。ビスマルクスを中心に魔物の群れを飲み込む、その余波が、離れた私の頬まで熱風を感じさせる。
「やった?!」
「いいえダメです! 女王陛下、今のうちにお逃げください!」
思わず歓声を上げた私の声をヘクトサインズが遮る。
炎の勢いが次第に落ちて行く中、私は知った。ビスマルクスを守るように魔物達が周りを取り囲み、命の盾となって完全に炎を遮断している!
「早く逃げろ!!」
「こちらです!!」
再び立ち上がった閃光と共に聞こえたのはヘクトサインズの絶叫。その直ぐ後にメアリーが私の手をとり、一目散に奥の部屋へと駆け出している。
「ま、待って!! クラルラナが!!!」
私の必死の訴えを無視し、メアリーは駆ける、駆ける。
そのまま私の部屋の扉を開け、突き飛ばすように中に私を押し込むと、バタンと扉を閉める。
「メアリー! ちょっと、何なの! 開けて、お願い!!」
「アカネ女王、お願いです! その窓から外へお逃げください! アカネ女王さえ生きていれば、この国は滅びません。私がここで死守致しますから、どうか、どうか、一刻も早くお逃げください!!」
メアリーの声は、聞いたことが無い程強いものだった。
含まれていたのは、必死の決意。
その怖いほどの声音に、私は扉を叩き続けることが出来なくなり、フラフラと後ずさりしてしまう。
「……そんな、わたし一人逃げるなんて……」
いや、そもそも逃げることなんて出来るのだろうか? 何の力も持たない私が。大勢の大切な人の命を置き去りにして…… そんなの出来るわけないじゃない!!
不意に何かに呼ばれたような気がした。
どこ?
この部屋には誰もいないはず。それなのに確かに何かの気配を感じる。
ハッとして部屋を見回すと、本棚の中、一冊の本がうっすらと光り輝いていた。
その光に吸い込まれるように、私はヨロヨロと本棚に近づき、そのどこか懐かしさを覚える本を手に取る。
「……王国年代記」
それは遥か昔の記憶。以前開いたことがある、あの本だった。私は無意識の内にページを手繰り続ける。
第16代ストロベリシア王 アカネ女王
……
……
純白のウェディングドレスをまとい、深紫の王と結婚。
白雪花嫁と呼ばれ、末永く幸せに暮らした……
そこで記述は途絶えていた。
「なに? これ……」
その時大きな音を立て、部屋の扉が開かれた。ううん、開いたじゃなくて、蝶番ごとドアが吹き飛ばされた。
「やれやれ、鬼ごっこがお好きな女王だ。もう満足かね」
現れたのは深紫の王。
傲岸に言い放たれた声と一緒に、手にしていた白い布を私めがけて投げる。白い布はヒラヒラと舞い、私の手の中にすっぽりと納まった。
それは新雪のように純白なウェディングドレスだった。
「そのドレスを着て、我が妻となれ! そうすればこれ以上この国をいたぶるのを止めると約束してやろう」
どこまでも尊大に語り続けるその言葉を、私はほとんど聞いていなかった。私の意識は、視線はただ一箇所、純白のウェディングドレスに染みのように付けられた真っ赤な血痕を捕らえ続けていた。
「……この部屋の前にいた女性はどうしたの?」
「女性? 知らんな。邪魔なものがあった気もするが、払い除けただけだ」
(……はらいのけた?! ですって!!)
その瞬間、私の頭の中で何かが音を立てて弾けた!
ビリリィィ!!
音を立てて、純白のドレスを引きちぎる。
「……だれが、だれがあなたなんかの花嫁になるものですか!」
ウェディングドレスがなぜ純白なのか、私は聞いたことがある。それは「あなた色に染まる」ため。でも誰があんたなんかの色に染まってやるものか!!
「見て、この私の着ているドレスを……」
ずっと抱きしめ続けてきたクライラナの血が、時間が経ち、もはや赤色ではなく暗い褐色へと変わっていた。それだけじゃない、駆け抜けてきた土の跡が、煙に巻かれた煤が、私のドレスを漆黒に染め上げている。この色の重みだけ、私はこの国を、国民の命を背負っているんだ!
「私は私。純白の花嫁になんかならない! 私は黒き花嫁、誰の色にも染まらない!!」
高らかに宣言すると、手にしていた年代記の最後のページを破き捨てる。
現れたのは真っ白なページ。
「未来は、私が作り上げる!!!」
その時、引き裂いたページが光り輝き、姿を変え、一本の剣へと形を変える。
その刀身は月の光のように冷たく、清らかで、太陽のような熱を持っていた。
剣はまるで「そうあるのが当然だった」かのように、私の手の中に納まる。
「滅びなさい! ここはあなたのような存在がいるべき場所じゃない!!」
裂帛の気合いと共に振り下ろした刀身は、少しの手応えも感じさせず、紙のようにビスマルクスを切り裂いた。
「なぜ、なぜ分からぬ! この俺と結婚することこそが、お前の幸せだということを……」
断末魔の叫びをあげながら、ビスマルクスの引き裂かれた体から、溢れるほどの光がほとばしった。
光の洪水。白の奔流。
まばゆく輝く光の束は、そのまま部屋一面を、城全体を、この世界全てを光で埋め尽くしていく……
もう、あと数話、連続投稿します




