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10.女王として

「じょおうさまぁ~! 今日はどちらにおいでですか?」

 遠くから幼い少女の弾んだ叫び声が聞こえる。良く知った声だ。遠くから私の姿を見つけたのか、とてとてっという感じで走り寄ってくる。

「あら、クラルラナ。こんにちは。今日は北の森に行こうかと思っているのよ」

「えぇ! きたの森はきけんだからいっちゃいけないって、とってもえらい人がいってたんだよー」

 彼女の名はクラルラナ。

 弾んだ息を落ち着けることもしないで私の言葉を聞くと、口をとがらせてやけに大人びた口調で私を叱りつけてくる。そのあまりの可愛らしさに、いけないとは思いながらも私は吹き出してしまった。

「ふふっ、そうね。でもその『えらい人』って、きっとこの国の王様である私のことなの。だから私は行ってもいいのよ」

「えぇー!! ずるいずるい! なんでじょおうさまは行ってもいいのー?! わたしも行きたい行きたい行きたい!!」

 駄々っ子のように騒いでいるけど、実は本気で騒いでいないのは良く知っている。これは私たちのいつもの儀式。実際チラチラと横目で私の顔色を窺っている様子は、イタズラ子猫のように憎たらしくも可愛らしい。

「あれぇ? 『連れて行かない』なんて誰も言っていないんだけどなぁ。でもこんなに騒ぐ子は連れていけないなぁ」

「あぁぁ! うそ、うそです! じょおうさま! いいこにしているからつれてって!」

「うん、一緒にいこっか。でも今日行く場所は本当に面白くないと思うけど、それでもいいの?」

「うん! それでいい! じょおうさまだーいすき!!」

 私の腕を体ごと掴むように抱きしめてくる姿は、まるでコアラのようだ。でもその溢れる程の笑顔を見ているとこっちまで嬉しくなる。楽しくなる。

「女王陛下、失礼ながらこれから行く場所はクラルラナのような幼い子には楽しめないかと思います。連れて行かない方が良いのでは」

「えぇぇ?! ヘクトサインズさまのいじわる! でももうじょおうさまの『きょか』をもらっちゃったもんね! ね、いってもいいんだよね!」

「ごめんね、ヘクトサインズ。そういうことだから今日は許してちょうだい。私が責任をもって面倒を見るから」

「まったく、仕方がありませんね。しかし王としての言葉の重さはお忘れずに」

「ありがとう。ほらクラルラナ、お許しが出たわ、一緒に行きましょ」

「わーい! ありがとう! ヘクトサインズもじょおうさまもだーいすき!」

 私の手をしかっりと握りしめてピョンピョン飛び跳ねる姿を、ヘクトサインズが苦笑しながらも穏やかな瞳で見つめてくれている。私は目だけで感謝の気持を伝えるとクラルラナと一緒に先頭で歩き出した。

 各方面への視察は私の日課だった。王になるのを決めてから毎日、まあちょっとサボる日もあるけど、ほぼ毎日行なっている。いつもは少人数でお散歩みたいな感じなんだけど、今日は最近不穏な噂があるという北の森の視察ということもあって、多くの兵士も一緒に連れ立っていた。

 大人数でズラズラと並んで歩く姿は、なんだかとても恥ずかしい。しかもみんな剣とか杖で武装しているのに、私だけが白のドレス姿というアンバランスさ。

 本当は私は嫌だったんだけど、ヘクトサインズに言い負かされちゃったんだよね。女王なら女王らしい尊厳を常に意識すべきだって。

 でもこんなに物々しかったら、街の子供達も近づいてこないじゃない。せっかく遊べると思ったのに……

 北の森へと向かう街道は緑に溢れていた。木々には若葉が芽吹き、穏やかな太陽の光が優しい暖かさで包み込む。

「女王陛下、こんにちは」

「女王陛下、ご機嫌良さそうで何よりです」

 すれ違う人々が足を止めて私に挨拶をしてくれる。その誰からも感じられる満面の好意に、私は嬉しさと同時に誇らしくなる。


 私が王になって一年が経とうとしていた。

 四面楚歌。

 受験勉強で覚えた四字熟語そのまんまの状況が有るという現実に、私はあの時初めて思い知らされた。

 王になってすぐの頃、皆んな確かに表面上は私の意見を聞いてくれる。うなずいてもくれる。でも心からじゃない。そんなの私でも分かる。

 冷めきった目。

 うわべだけの返事。

 そんな中でもくじけなかったのは、二つの暖かい眼差しのおかげだと思う。

「ん? 女王陛下、私のことをじっと見つめてどうかされましたか?」

「う、うん? 何でもないのよ、ヘクトサインズ」

 その一つの眼差しを私は知らない内にじっと見つめていたみたいだった。

 今でも覚えている。戴冠の儀で多くの視線にすくみ、何も言えなくなった時の事だ。


「女王陛下、やはり無茶です」

「無茶? どうして」

「まず第一に予算が足りません。第二に人が足りません。第三に国民の理解が得られません」

「ちょっと待ってよ! この前『やる』って言ったじゃない!」

 戴冠の儀を終え、初めて街に出た時の衝撃は忘れない。遠目には綺麗に見えたのに、ちょっと裏路地に入り込めばそこは汚物まみれだった。悪臭が路地を覆い、ネズミのような小動物がその中を走り回る。不衛生なんてもんじゃない、こんなのは豚小屋以下だ!

「確かに『やる』とは言いましたが、『出来る』とは申しておりません。改めて勅命を吟味、精査をし、最高国家議会で話し合いましたが、実現は不可能との結論に達しました」

「でも、だって、悪魔の病を治せるのよ。こんな当たり前のことを何で分からないの? ねえ、毎日たくさんの人が死んでいるんでしょ? ねえ、何で? なんで……」

「はっきり申し上げます。女王陛下はまだお若い。しかも王位につかれたばかりです。女王陛下は『当たり前』と申されますが、まずは世の中の常識というものをご理解いただく方が先かと具申いたします」

「そんな……」

 私は立ち上がったまま、体から力が抜けていくのを感じた。思わず跪いてしまう。

 玉座の間には、大勢の人間がいる。その誰もが私に冷めた視線を向けていた。バカにしているような、愚か者を見るかのような…… そりゃあ、確かに私はまだ子供だけど、でも、でも……

「はっはっはっ……」

 その時入口付近から大きな笑い声が聞こえた。

 笑い声だけど、高らかで、曇りが無く、まるで部屋中の重い空気を吹き飛ばすかのような豪快な響き……

「外から聞かせてもらいましたが、これは痛快です! 何も知らない人間が随分と偉そうな事を言うものですね。女王陛下は『やる』とおっしゃった。『出来る』ともおっしゃられた。やりもせずに批判するのは、自分の能力の無さをさらけ出しているの同じですよ」

「なっ、ヘクトサインズ殿、言葉が過ぎますぞ!」

「どちらがですか! 我ら皆女王陛下の臣下ではないですか。予算が無ければ捻出すれば良い。人が足りなければ工面すれば良い。国民の理解が得られないのなら、まずは率先して我らこそが理解すべきなのではないですか。さぁ……」

 ヘクトサインズさんは膝をついてしまった私に向けて手を差し出す。

「女王陛下、御立ちください。我らが陛下の手となり、足となり、剣となります。陛下はただ、命じて下さればよいのです」

 その時差し出された手の温もりを、柔らかくも毅然とした笑顔を、私は決して忘れないだろう。


 私がまず行ったのは、各通り沿いに対しての公衆トイレの設置。そして徹底した街の清掃だ。

 足りないお金はお城の装飾品を売った。というか売りまくった。議会の皆が引きまくっていたけど、そんなの関係無い。だってお城の装飾品がすっごくいっぱいあって、「これって誰の?」って聞いたら「女王陛下の物です」って言うんだもの。だったら有効活用しないともったいないじゃない!

 作業要員については王国騎士団を筆頭に行わせ、国民にも王の勅命として清掃を厳守させた。もちろん違反した人も多数いたんだけど、その人たちは全員捕まえて、罰として1週間奴隷のように掃除をさせた。まあこれは学校でも掃除をさぼった人にやらせていた感覚と変わらない。

 ただ学校のとは違っているのは、それを国のトップである王国騎士団の元、完全に秩序だたせたことだ。

 街はみるみると美しさを取り戻して行き、それに伴いネズミや害虫も姿を消して行く。

 その効果が見え始めたのは初めて三か月くらいたってからだった。

 少しずつ、それでも確実に、不治の病と恐れられた悪魔の病にかかる人の数が減っていった。

 それに伴って、私を不審者のように冷めた視線を向けていた人達の態度も変わっていったんだけど……

 それはそれで新たな頭痛の種の始まりになるなんて、その時は思いもしなかったんだよね……


 いつの間にか私が悪魔の病を取り払った聖人として崇拝され始めたのだった!

 良いことじゃないかって?

 そんなわけないじゃない!

 よく考えてみて欲しい。皆が私の言葉をそのまま従おうとする。それも盲目的に。

 正しいとか、間違っているとか関係ない。私は聖人で、神の生まれ変わりで、この国の救世主なんだって! どうしてそうなったの?!

 私の言葉は絶対。誰も反対もしなければ、疑問にさえ思わない。

 それは周りの全てが『敵』というのと大差ない。

 想像してみて!

 何万という人間が十代半ばの女の子の言葉に従うんだよ! 

 それでも自分が選択を間違えれば多くの国民が死んでいく。

 ううん、間違えなくたって、何もしなくても死んでいく。悪魔の病はまだ完全に無くなったわけじゃない。たくさんの国民が、毎日毎日……

 だったら、何かしないわけにはいかないじゃない。その想いだけで今までやってきた……


「じょおうさまぁ~! ぼーっとして、どうしたの?」

 はっとして声のした方向を向くと、私の手を握りながら不思議そうな顔で私を見つめている可愛い少女がいた。その心配で潤んでいる瞳に、私の心はキューっとなる。

「ごめんなさい、クラルラナ。ちょっと考え事しちゃってたみたい」

「じょおうさまは、はたらきすぎなんだよ! わたしがてつだってあげるから、たまにはやすまないと、しんじゃうよ!」

「ふふ、そうね。ありがとう」

 そう、だって私は王なのだから。

 こんな瞳を、笑顔を守る為にいるのだから。


 森への道は適度になだらかで、暖かな陽気と相まって、まるでピクニックのようだった。

 最初は警戒していた私も、あまりの穏やかさに、途中から完全にレクリェーション気分になっていた。

 クラルラナは私の手を握りしめてブンブン振り回しながら、楽しそうに歌を歌っている。

 やがてまばらだった木が増え出し、空気が森独特の湿った重いものへと変わるった時、ヘクトサインズが私の肩を掴んだ。

「女王陛下はこちらでお待ちを。不穏な気配を感じます」

 あまりに真剣な声音に、クラルラナがビクっと体を震わせる。

「何? なんなの?!」

 気が付けば、あれほど聞こえていた鳥のさえずりが消えていた。

 代わりに妙に生温かい風が頬を撫でて行く。

 ヘクトサインズだけじゃない、お供に付いてきた10名の兵士全員が、腰の剣に手を伸ばし辺りをうかがっている……

「女王様、避けて!!」

 ヘクトサインズの悲鳴のような叫びと共に、私の体が激しく突き飛ばされた。あまりの衝撃に繋いでいたクラルラナの手がほどける。

「キャー! な、なにが…… ひぃ!!」

 それは真っ黒な獣だった。

 ううん、これは獣なの?

 体中を真っ黒な毛で覆われ、顔は潰れた豚のようであり、なにより「二本足で立って」いた。

 その毛むくじゃらな手には、真っ赤に濡れたこん棒のようなものを握りしめている。

 ……真っ赤?!

「ク、クラルラナ!!! しっかりして!!!」

 私から5メートルも離れた場所に、クラルラナはいた。口から血を吐きながら、地面に倒れている。

 私は慌てて駆け寄り、クラルラナを抱きしめる。

「うぅ、ケホっ!!」

 体を起こすと、クラルラナは激しくせき込み、血の塊を吐き出した。私の真っ白なドレスがみるみる真っ赤に染まって行く程の大量の吐血だ。

 息は…… まだあるけど、とても弱い!

「女王様、お逃げ下さい!!」

 見れば獣は一匹じゃなかった!

 森の奥から湧き出すかのように、何十、何百と蠢いているのが分かる!! それらが一斉に私へ向けて殺意がこもった視線を向けて襲い掛かってきた!!

「い、いやぁ!!!」

 クラルラナを抱きしめたまま、足がすくんでしまった私の目の前にヘクトサインズが立ちふさがった!

 その額からは真一文字に開かれた傷があり、滴り落ちる地がヘクトサインズの端正な顔を真紅に染め上げていた。

「これでも魔法高等法院長ヘクトサインズ、その力を見くびるな!」

 普段の伊達男が嘘のような大声で叫ぶと、腰から下げていた短いロッドを握りしめ構える。

「……天の理、地の理、人の理、天地あめつちと共にありし命の炎よ、天は地に、地は天に…… その存在を無に帰せ! 『天地還元ヴァル・ラ・クラルト』)

 その瞬間、大気が震えた。ううん、違う、大地が震えている!

(ダウンバースト?)

 それはまるで理科で習ったダウンバーストみたいな、ううん、それよりも何十倍も激しい下降気流だった。

 あまりの激しさに、目の前数百メートルの範囲の木々が全て音を立てて太い幹からめり込んでいる。

 当然そんな中、立っていられる生き物などいるはずもなく……

「う、うそ!?」

 そう、魔法が使われた場所の獣は皆倒れていた。「魔法が使われた場所」は! でも遥か後方の影響が無かった森の奥から、蟻の大群のように湧き出す黒い影がはっきり見える!!

「女王陛下! ひとまずは城へ!! さあ、早く!」

「だめっ! クラルラナは私が運ぶから!!」

 なんで、なんで私はクラルラナの手を離しちゃったんだろう! いまはもう握り返してくれなくなったその掌の温もりが、あまりにも私の心を痛く貫いている……

「……わかりました、我々が補佐します。おい、女王陛下をお守りし、一刻も早く城へと戻るぞ!!」


 何度もつまづきそうになりながら、それでも必死にお城へ向かって駆け続ける。心臓はバクバク大きな鼓動を打ち、いくら酸素があっても足りないくらい。それでもこの手に抱えている存在は重くない。ううん、とっても重い存在だからこそ、重くない!

 ようやくのことで城に続く門を潜り抜けた時、ふと辺り一面が暗くなっていることに気付いた。

 驚いて見上げる。

 空が暗く染まっている……

 ううん、違う、これは煙だ!

 街に火が放たれて、至るところで黒い噴火のような煙が立ち上がっている!!

「女王陛下! ご無事でしたか! ヘクトサインズ殿、これは一体何事だ!」

「おぉ! 王国騎士団長マクトウェイカモン殿!! 魔物だ、魔物が森に出現し、王国へと侵略を企てている! 一刻も早く撃退を頼む!!」

「なんと!! そのような不届きな輩が現れたとは! このような時こそ我ら王国騎士団の出番、お任せあれ!!」

「ごめんなさい、お願いね!!」

 私は一言だけ言い放つと、一目散にお城の中へと向かう。目指すは玉座の間の隣。そこに宮廷医師がいるはず…… と、お城を入ったすぐの場所で、私が女王になって一番よく見慣れた人間に出逢った。

「女王陛下! どうされました!」

「メアリー?! お願い、医師を、宮廷医師を呼んで! この子が、クラルラナが死んじゃう!」

「は、はい、お待ちください! ただちに呼んで参ります!」

 

 お願い、神様! どうかこの子を助けて!!


今日(3/17)中に複数話、一気にUPします。最後の推敲をしながらになるので、1時間ごととかになっちゃうと思いますが、今日で序章が完結する予定です!


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