表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

想いをしまう場所

【第139回フリーワンライ】本日のお題

零れる想いを掬い取って

飛び込んでみた先は、

潮騒に搔き消える

真冬の蜃気楼

唇と頬

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


使用お題:零れる想いを掬い取って

     (真冬の蜃気楼)

 ぽつり、ぽつり。

 どこからか雨音が聞こえる。おかしい。確か、今日は晴天だったはずなのに。

「……起きて。ねぇ、起きて」

 肩を揺すられた。ゆっくりと目を覚ますと、目の前に白い服を着た人が立っていた。

 どうやら私はベンチに座っているみたいだった。周りの景色を見る限り、ここは駅のホームだろうか。の割にはずいぶんと簡素で――悪くいえば、寂れているようだった。人は誰もいないし、ホームは一つで線路も一つしか見えない。無人駅というものかもしれない。

「また来たんだね。いらっしゃい」

 目を擦ってその人をよく見ようとする。けど、まるで靄がかかったようにその人の顔がよく見えない。男なのか女なのか、はたまた子供なのか大人なのか。それすらよく判断が付かない。多分だけど私より年は下じゃないと思う。……根拠は特に思い浮かばない。

「あなたは?」

「あぁ、私の名前は――」

 ……? 私は首を傾げる。聞こえない。名前を告げてくれているはずなのに、そこだけノイズがかかったように上手く聞き取れない。

「ごめんなさい、上手く聞こえない」

 するとその人は仕方ないさと肩を竦める。特段悲しそうな様子を見せたわけでも、寂しそうな様子を見せたわけでもなかった。まるで何度もこのやりとりをしているかのような、慣れた返事だった。

「……何だか寒いね」

 呟いて、ようやくそこで吐く息が白いことに気が付いた。両腕を擦っていると白い服の人はそっと上着をかけてくれる。寒さを感じ始めたせいか、すごく不安にも思ってきた。不安というか恐怖というか。何かを手放してしまいそうな、怖さ。

「ここもか。別の場所に移動しよう。大丈夫、すぐに暖かい場所に行けるから」

「それってどこ?」

「内緒」

 手を掴まれて歩きだす。駅を出て、道を真っすぐ進んでいく。途中振り向くと駅周辺には雪が降り積もっていた。さっきまで降っていたのは雨だったんじゃないの?

 複雑な道を進むわけでもなく、簡単な一本道だった。でも周りの景色は様々でめまぐるしく変わっていく。さっきまで商店街を歩いていたかと思えばいつの間にか住宅地に入っていたり、公園の中を突っ切っていたり。

「……あ」

 ふと私は立ち止まった。ずっと前を歩いていた白い服の人も立ち止まってくれる。

 目線の先にあるのは小学校だった。――家から十分もかからないところにある、私が卒業した小学校。

「行ってみる?」

 白い服の人の言葉に頷くと、その人はまた優しく私の手を掴んだまま歩き出す。

 駅に居た時は白かった息も今は見えなくなっていた。寒かったのに今となっては少し暖かいと感じるくらい。さっき言っていたのはこういうことだったのかな。

「わあ、懐かしい」

 学校の中に入ると廊下を進む。一つ一つの教室を覗いていった。

 机もイスも今見ればずいぶん小さい。これに座っていただなんて。でもその時はそれが立派なものに見えたのを覚えている。周りの物も、黒板も、教壇も、後ろにあるランドセルを入れるロッカーも。今よりはるかに大きく見えていたことを。

 見覚えのあるものに囲まれて私はほっと息を吐く。寒さで覚えた不安も恐怖も、どこかに消えたようだった。

「良かった。もう寒くないでしょう。ここなら平気だよ」

 黒板の前に立って眺めていた私は振り返る。白い服の人は机の上に座っていた。

「ねぇ、ここはどういう場所なの。何で私の知ってるものが出てくるの?」

「当然さ。ここは君の深層世界。君の世界なんだから、君が分かるものが出てきて当たり前だよ」

 しんそう、せかい? 聞き慣れない言葉に目を瞬かせた。すると君はおかしそうに笑う。

 私――顔が見えないのに何で笑ってるって分かったんだろう?

「夢みたいなものだと思えばいい。目が覚めたら、全部忘れてしまう夢だと思って。深く考えなくていいんだよ」

 ゆめ、夢。そうか、夢か。私は今寝てるんだ。きっとまどろみの中にいるんだ。だからこの人がどんな人かも分からないんだ。

「不安に思うことはない。例え君が零してしまっても、私が全て掬うよ。人間の脳はそうやってできてるんだ。だから」

 ……だから、何だろう。

 次の言葉を黙って待つ。白い服の人は、一度口を閉じてから、再び開いた。



「だから、そろそろお帰り。君が息をする場所はここじゃないだろう?」



 ――ハッと我に返る。私は駅のホームに立っていた。夕暮れの帰宅ラッシュ時、ホームには私の他にもたくさんの人が電車を待っていた。

 駅の電光掲示板を見て時刻を確認する。ホームに上がってきてから五分も経っていなかった。学校から出て、歩いて、改札を通って……あれ? そこまでは覚えてるのに。この五分間、私、何をしてたんだっけ。

「……こんなに立派な駅じゃなかったな、あそこ」

 不意に私の口から飛び出た言葉。それは誰にも聞かれることなく、電車の到着を知らせる電子音に掻き消された。



この女の子、現時点で高校生か大学生かなって思います。


6/18 誤字を発見したので修正させていただきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ