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目と声と

【第138回フリーワンライ】本日のお題

チェックメイトは貴方の愛で

涙と笑顔、かわりばんこに。

そのいつかはいつなんだ

きみが白でぼくが黒

負けず嫌い

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負


使用お題:チェックメイトは貴方の愛で

     涙と笑顔、かわりばんこに。

     負けず嫌い

「私長く生きた方だと思わない?」

 カトン、と彼女はチェスボードの上の駒を一つ動かす。デタラメな配置。ルールなんてあってないようなものだった。

「余命一年とか言われてさ。でも記録更新だよ。もうすぐ一年半。すごいよね」

 俺が一つ駒を動かすと、彼女はふふっと微笑んでみせた。


 ――残念ですが、あと一年ももたないかもしれません。


 そう医者から告げられたのは一年半前。花が咲き広がる春の頃だった。俺も、彼女の家族も、みんな驚いて何も言えなくて。病室に戻った時、明るく笑う彼女の表情すら見るのが苦しかった。

 おそらく彼女は知っていたのだろう。自らの残りわずかな命がどのくらいのものなのか。説明されなくとも、解っていたのだろう。だからこそこんな言葉を俺に言ってきたんだ。


「もう長くはもたないんでしょう、私。だからお互い遠慮なしでいこうね」


 ニコリと笑う彼女の顔がいつまでも目に焼き付いて離れなかった。必死に、頷くことしかできなかった。


 記録更新、と君は言うけど。

 実際のところ、ここ一年半で何度も生と死を行ったり来たりしていたじゃないか。持ちこたえる度に俺も君の家族も安堵の涙を流して喜んで、それを見て彼女も困りながらも笑顔を浮かべてさ。 

「……でもね、もう無理かもしれないなぁ」

 彼女の指先が触れたチェスの駒が倒れる。軽いプラスチックとプラスチックがぶつかる音が部屋に響く。

 俺と彼女以外誰もいないこの部屋で、他に鳴るのは無機質な医療機械音だけ。


「視えないんだもの。君のことも、他の物も」


 弱々しく笑う彼女の目は、どこにも焦点があっていない。


「でも、分かってるよ。君はそこに居てくれてるって。視えなくても感じてるよ」

 震える手先が何かを求めてるような気がした。俺は必死にその手を取る。

 握り返してくるその力も入院する前に比べたらいくぶん弱くなってしまったと思う。 

「あぁ。私の目がちゃんと視えてれば、君ともっとお話できたんだけどなぁ」

 どこか寂しげに聞こえる声だった。

 悔しくて、悲しかった。今のこの気持ちをどう伝えればいいか分からない。ただただその手を握ることしかできなかった。

「うーん。もっていかれるなら、別の五感が良かったな。視覚はいろいろとキッツい」

 今みたいにまともにチェスもできないじゃない? と彼女は肩を竦める。

「君、チェス強かったから。いつも私負けっぱなしなのが嫌だったんだ。一度くらい勝ちたかったんだけど、この状態じゃあね」

 口を開く。言葉を伝えようと、俺の喉は動く。――言葉は、音は、出てこなかった。

 空いている手で自らの喉を押さえて俺は俯いた。あぁくそ何で。神様、一度くらい奇跡をくれたっていいじゃないか。声をかけることすら無理なのか。好きだって、大好きだって、言うことすらもう駄目なのか。

「あれ言ってみたい。いい? チェックメイトー、って。君の代わりには言ったことあるけど、自分から追い詰めて言ったことなかったから」

 良いよ。もちろん。

 握っている手を一度離し、二本指でトントンと彼女の手に触れる。彼女が目が視えている時にも使っていた「肯定」の意味の仕草だった。

「ふふ、ありがとう」

 チェス盤に彼女は手を伸ばし、適当に駒を一つ手に取った。俺はその手を軽く掴んで誘導して、一つの駒の前に置かせる。

 彼女がおかしそうに少し笑う。何だか言うの恥ずかしくなってきちゃった、なんて言って。声なんて出てこないのは分かってるのに、俺も一緒に口を開いていた。


「――チェックメイト」

 

 一瞬、時間が止まったかと思うくらいの空白の沈黙が生まれた。冷たい機械音だけが耳に入る。その時間が正確にどれくらいかは分からない。本当に一瞬だったかもしれないし、もしかしたら何分か経っていたかもしれない。

 俺も何も言えなくて、ただ彼女を凝視してしまった。


「……やっぱり言わせてくれないんだ? いつもいつもそうやって、私より先に言っちゃうんだから」


 ぽた、と彼女の目から涙が落ちる。それは頬を伝って流れていった。悔しいなあと彼女は泣きながら笑う。


「でもこれで私に思い残すことはなくなった。本当の『チェックメイト』だね。……ありがとう。最後に君の声、聞けて良かった」


 そんな、こと。

 今まで見たことないような弱々しい表情を見て――気づいたら体が動いていた。儚げに言う彼女を抱きしめずにはいられなかった。やせ細ったその体をひしと抱きしめて、俺は一年半ぶりに再びしっかり言葉を吐きだす。


「ゲームの終わりみたいに言うなよ。やめろよ」

「君の声だけが気がかりだったんだもの。ちゃんと喋れるようになって私嬉しい」


 俺の背に彼女の手が回ってきた。こっちまで涙が止まらない。

 ――奇跡ってのは、随分と残酷なもんだな。神様の馬鹿野郎。


「俺の声が思い残すことなら、それでお前をここに引きとめられるなら」


 愛してる、と言えないのは苦しいけど、それでも。彼女が居なくなることに比べたら。


「この声なんて要らなかったよ」



「目が見えなくなった」彼女と「声を失っていた」彼のとお話でした。


追記:時系列的に齟齬が生まれていたのでその点のみ修正させていただきました。1年半前と書いているのに同じ季節はおかしいと思い、その点をズラさせて頂きました。

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