甘党の彼女
【第132回フリーワンライ】本日のお題
表情の崩れた君が好き
もっと、もっと、金平糖
同じ場に生きているのだから
眠り姫の夢
主君へ謙譲、この心
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
使用お題:もっと、もっと、金平糖
童話に出てくるお菓子の家や、ちょっとファンタジーな世界にある、お菓子だけでできた遊園地や街なんてものがあったら、なんて時々思ってしまうことがあった。
きっと甘くて甘くて虫歯になっちゃうかもしれないけど、それはそれで幸せなんだろうとも。美味しいものを食べて、遊んで暮らせる。なんて幻想郷!! とっても素敵。
――だから、私は。
サイダーの海にとぷんと沈んだ。心地よい海水と一体化したように感じる。ゆらゆらとそのまま揺れること数秒間。気が付けば海ではなく、ビスケットでできた地面の上に私は立っていた。
目の前にはウエハースやマシュマロ、板チョコでできた小さな小屋がいくつも立っていて、綺麗にポップコーンを敷き詰められて舗装された小道の先にあるのは、キャンディスティックでできた大きな木。そのすぐ側を流れる川にかかる橋はストーンチョコレートできていて、青く晴れた空に浮かぶ雲はきっとわたあめだ。
他には誰ひとりとして人が見えない。きっとここにいるのは私一人。
でもなんだか全然怖くなかった。むしろ、ワクワクが止まらない。こんな世界本当にあるなんて思わなかった。目の前にあるのだから楽しまなくちゃ損!!
小道のポップコーンを摘んだり、小屋の屋根を少し折って食べてみたりして、大きな木の幹を舐めてみたりして。川を流れる水は飲む度に味がコロコロ変わる。不思議だったけど疑うことはなかった。
流石に空には手が届かなかったけど、大きな木の上に登って見下ろす世界は、小さくとも十分すぎる私の「理想の世界」。
ああ、なんて、なんて素敵なんだろう。
私ずっとここにいたい。ずっとここで暮らしていたい。お菓子を齧るたびに幸せが身体中を満たすような感覚がとても好き。ここのお菓子はどこも美味しい。……なのに。
――どうして、もう空の色は真っ黒になってしまってるんだろう。
キラキラと輝く何かが降り始めた。
小さなそれは、ポツポツと地面に落ちていく。木から降りた私はそれを拾い上げた。いつの間にか昇っていた、黄色いお月様にかざして見る。それは金平糖だった。
色とりどりの金平糖が空を横切って落ちてきてるんだ。
ただただそれを見上げる。不意に視界が滲んだ。涙が溢れて止まらなくなる。真っ暗な世界に走る光だけを見つめても、湧いてくる気持ちは抑えられない。
そうだ。私、今ここに一人しか居ないんだ。
それが何だか無性に悲しく思えてきた。泣く必要なんてないのに。ここは素敵なところなのに。もっと流れて、金平糖。どうか私のこの気持ちを掻き消して。
「甘い物が食べたくなるのは愛情不足だからなんだって」
思い出した一つの言葉。誰かの――キミの、何気ない一言。
……悲しい、じゃない。きっとこの気持ちは寂しい、だ。
甘い物をいくら食べても治まらない。だって隣にキミがいない。不安なこの気持ちを共有してくれるキミがいない。いつも繋がってる手は空っぽで、何かを掴むことはなかった。
ここにいる限りキミの手は握れない。
ここは「理想の世界」。私の理想に、キミはいない。だってキミは、キミの愛はお菓子の塊じゃないもの。時々苦くて、辛くて、切なくて。思い通りの味が食べれるなんて限らない。
――でもそれが、そういうキミの愛が、
「私は大好き」
目が覚めると、頬に涙が流れていた。
寝る前喧嘩したばかりのキミは私の隣で、戸惑った顔をしてそれを指ですくってくれる。
「結局一緒に居てくれたんだ」
「泣いてたから」
嫌味にも聞こえてしまうだろう私の言葉に、一言たったそうキミは言うだけ。不器用なそれは、食べたって全然甘くない。
窓の外はまだ暗かった。真夜中の暗さに目を凝らしていると、何かが流れたような気がした。
「……あの。さっきは、」
何かを言いかけたキミの顔を見る。じっと見る私にキミは不思議そうに目を瞬かせた。
「どうかした?」
「甘い物が欲しい」
キミの頬に触れた。体温が伝わる。キミは驚いた顔をして、おかしそうに笑ってひとつ頷いた。
「喜んで」
――キスってこんなに甘かったっけ。
ああでも、金平糖には負けるかな。
虫歯に注意な彼女の話でした。