夕暮れ時のティータイム
【第129回フリーワンライ】本日のお題
触れた甘さに酔いしれる
キスして、溢れた、涙と想い
フレーバーティーの香りで酔わせて
死と苦しみが渦巻く地
とある男女の邂逅
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
使用お題:フレーバーティーの香りで酔わせて
お茶にしましょう、という提案を受けて、ユアンは一人で厨房にいた。とはいってもせいぜい言われた言葉の通り紅茶を淹れる程度のことしかできない彼は、しゃれた菓子の一つでも作れたら良かっただろうかと手を動かしながら思う。この際、誰かに教わるというのも一つの手だろう。甘いものは嫌いではないしいい機会かもしれない、とぼんやり考えてしまったくらいだ。
準備が済むと一通りの物をワゴンに乗せてユアンは厨房を出る。廊下を進み部屋の前で立ち止まると、そのドアを3回ノックした。
「姫様、お茶の用意ができましたよ」
ユアンの言葉が終わるとすぐにドアは部屋の内側から開かれる。年相応の笑顔を浮かべた姫がそこに立っていた。
「待ってた。さ、始めましょ?」
夕暮れ時の優しい太陽の光が、大きな窓から部屋に差し込んでいた。オレンジ色のそれはティーカップを一段と輝かせている。柔らかく甘い香りは部屋を満たし、まるで別の場所のような錯覚にも陥らせていた。
「……この紅茶、初めて飲むかも」
丸いテーブルを挟み、ユアンの向かいの席に座っているフランは、紅茶を一口二口飲んでから独り言のように呟た。
「気付かれましたか。私も初めて見たものだったので淹れてみたのですが、お味はどうですか?」
普段ユアンもあまり厨房には入らない。いつも使っている紅茶がある場所に、初めて見る銘柄があったために今回はそれを使うことにしたのだった。
「うん。香りも素敵ね。味も好き。なんだかお花畑にいるみたい」
フランは何度か頷きながらそう答える。そうしてから、カップをソーサーに置いて頬を緩ませた。
「それは良かったです。姫様の言う通り、この紅茶はフレーバーティーといって、お花をブレンドしたものらしいですよ」
「お花を? へぇ……。たまにはこっちもいいかもね。普段はストレートでしか飲まないもの」
花、と聞いて嬉しそうに彼女はティーカップを見た。その様子をユアンも微笑んで眺めていると、不意に前を向いたフランと視線が合う。
一瞬のことで心臓がはねたユアンのことなど知らずに、彼女は今度は窓の方を向いた。
「私夕暮れのこの時間が一番好きなの」
部屋の時計の秒針が進む音だけが二人の間に流れる。その沈黙すらも、ユアンにはどこか心地よかった。
「太陽の光が一番気持ちいいから。朝の日差しはちょっと眩しいし、かといって夜の月明かりは頼りない。でも夕方のこの光は、全部を包んでくれるようで暖かい。だから私、この時間が一番好き」
フランはユアンの方に向き直ると、カップを手に取った。
「ユアンは一日のどの時間が好き?」
特に深い意味はないのだと分かっていながらも、ユアンはその答えにつっかえてしまった。しばらく考えてから、ポツリ、と返事を口にする。
「……夜明け、ですかね」
「どうして?」
前を向けば、柔らかい笑みでユアンを見るフランがいた。好奇心に満ちた目は幼げを残している。ユアンはそれを見てから少し笑った。
「暗い空が段々と明るくなっていく様子が好きなんです。朝になれば、いろんなものが動き出して、音を作って流れを作る。太陽の光が闇さえも掻き消してくれるみたいな感じがして」
「ふむふむ」
こくこくと頷くフランに、ユアンは窓の方を見た。
「小さい頃から夜が苦手で、それがずっと残ってって感じですかね……」
「なんか意外。全然平気なのかと思ってた」
「もっと言うとゴーストとかいう類も苦手でした。ああ、今はさすがに平気ですよ」
冗談を交えて彼は言う。それにフランもくすくすと笑った。
「ちょっと似てるね。夜明けと夕暮れ、くっきりとした時間帯の合間っていうか」
「そうですね。でも姫様の言うことも分かりますよ。夕暮れ時の日差しは暖かいですから」
「でしょう」
フランはカップを両手で持って口に運ぶ。
日差しはユアンが部屋に入った時より更に深くなっていた。ぼんやりとそれを見ながら、時が流れるのは早いとユアンは思う。
夜明けも夕暮れも、狭間という意味では同じかもしれない。それでも向かう場所は全く違う。道の先にあるのは光か、闇か。
まるで自分たちのようだ。そう思っては、ユアンは心の中で自らのことを笑った。そうして、例え闇が先にあろうと、彼女を護るのは自分の役目だとも。
視線を戻した先にある彼女の姿を見て強く思った。
「ユアン、おかわりもらえる?」
「ええ、もちろんです」
彼女の声で現実に引き戻されては、それを悟られないようにと彼は立ち上がった。
とある召使と姫様のお話でした。
使用世界観:The world Revolution (http://seesaawiki.jp/twr/)