私とわたし
「理佳何時だと思ってるの? 早く寝なさいよ、全く……」
母親に急かされて床につく。寝られないと分かっていても、目を閉じる。ああ、早く夢の世界に逃避しなきゃ。
私はいつも、両親に……そして友達にも、迷惑をかけてばかりだ。
何をしても鈍臭くて、皆の足を引っ張って……勉強も出来ないから、家族の期待に応えることも絶対に無理で。
どうして、私は聡美お姉ちゃんみたいに産まれなかったんだろう……。
同じ容姿なのに、どうしてこんなに違うんだろう……。
◇
また妹の理佳が落ち込んでいる。あの子は、何をやっても駄目なのだ。
わたしはあの子と違って、運動も勉強も出来る完璧な人間になれたのに。聞こえないように小さく溜息をついてから、暗闇の中で体育座りする妹に、わたしは静かに近寄った。
隣に腰掛けると、理佳は縋るような目でわたしを見つめてくる。この目を、わたしも、そして妹も嫌っている。この目は、無能の象徴だから。
「ねえ聡美お姉ちゃん、私は、どうしてこんなに駄目なの?」
「あなたは努力が足りないのよ」
「……今日は励ましてくれないんだね」
慰めるつもりだったが、口をついて出たのは辛辣な言葉だった。わたしの声でより一層落ち込んだ妹を見て、ふいにある考えが浮かぶ。恐ろしいことかもしれない。けれど、他人に迷惑ばかりかけている彼女と、完璧なわたし、いったいどちらが社会にとって役に立つ存在だと言えるだろうか?
――そんなの、考えるまでもなく決まりきっていることじゃない。
妹の沈んだ心に畳み掛けるように、わたしは囁いた。
「ねえ、わたしたち、見た目は全く一緒なのにね」
「だってそれは、聡美お姉ちゃんは私の――」
「黙って。ねえ、いい加減、夢の世界に逃避するのにも限界がきてるんじゃなくて?」
わたしの言葉に、理佳は顔を強張らせる。歪みきった表情で、妹は小さく呟いた。
「うん。……まだ足りないのかな」
「いいえ、寧ろ、余ってるのよ」
そうだ。何もわたしは、こんなところに留まっている必要なんて初めからなかったんじゃない。
わたしは立ち上がって妹を見下ろすと、蔑んだ口調で言い放った。
「見た目が同じなら、二人もいらないでしょう?」
◇
『あんたは本当に、どうしようもないわねぇ』
『運動はもう諦めた。だが勉強はもっと努力しろ、情けない!』
『理佳ちゃん、これ分かんないのはさすがに引くよ』
『魚井さん、次のテスト出来ないとちょっと不味いかな』
◇
ニヤリと笑う。理佳の方へ手を伸ばす。理佳もつられて立ち上がったが、戸惑ったように呆然と立ち尽くしているだけだ。こういう鈍い反応が癪に障る。だが、理佳がいなければわたしは存在することなどできなかったのだから。その点では感謝をしなくてはならない。
ずっと真っ暗だった大地に一筋の光が射して、水を纏った蔓が生えてきて空に向かって伸びていく。命を育み、ものを浄化させ、そして何かを消滅させる力を持つ、神秘の液体。それに包まれた植物は、生き生きと伸びていく。
蔓は育ち実を結び、やがて水の果実は熟れて、それで――一気に弾けた。
◇
『勉強が出来たら、運動が出来たら、私は愛されるの?』
『何も出来ない駄目人間でごめんなさい』
『でも、私だって一生懸命やってるの……』
『こんな駄目な私は、わたしじゃない……!』
◇
セットされていた携帯のアラームが鳴った。わたしは敷いていた布団を手早く片付けて、カーテンを開き朝日を浴びる。知らなかったよ、太陽がこんなに暖かいなんて。
汚い部屋から私の制服を見つけ出し、着替える。昨日まではハイソックスを愛用していたが、今日からは念願の、わたし好みのタイツ生活だ。それに学校から帰ったら、部屋を綺麗に掃除しなくてはならない。よくこんな汚い場所で生活をしてきたもんだ。
寝癖をピンでとめて、顔を洗う。水の冷たさはもう知っている。あれは、命の象徴だからだ。
「おはよー」
わたしが母親に挨拶すると、驚いた表情で固まられた。そういえば、私は、朝ろくに挨拶などしていなかったっけ。つくづく親不孝な娘だ。
だけれど、そんな不幸も昨日でおさらばだ。今日からは、勉強も運動もできて常識も兼ね備えた最高の娘がいるから。
「おはよう理佳……」
目を見開きながらもなんとか返答した母親に、苦笑しながら問いかける。
「どうしたのよ。わたし、何か変?」