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カフェ・ツインナナ  作者: Naoko
4/4

4話 傷ついた心

 カフェ・ツインナナに、ビリー・ホリディの曲が流れていた。

このけだるく、そして情感豊かな歌い方は、人を魅了する。

彼女の不幸は、幼い頃から始まり、心を壊し、彼女の歌に染み込む。

そうして、不世出のジャズシンガーと言われた歌手、ビリー・ホリディ。

彼女の歌声は、傷ついた人の心を、甘く優しく包み込む。



 メイがカフェへやって来ると、奈々は憔悴した様子でメイを見る。

「どうしたの?」

メイが言うと、奈々は深くため息を付いて、それに答えた。


 「さっきまで、アレックス、ラリー、デュランの3人がここにいたの」

メイは驚くが、ありえないことではなかった。

むしろ今まで、それがなかったのが不思議なくらいだ。


 「で、どうしたの?」

「一応、お客様として接して、無事に終わったわ」

「これからも、そんなことがあるんじゃないかしら」

「そうね、どうしようもないけれど」


 この奈々の「どうしようもない」と言うのは当たっている。

もちろんカフェの客だということもあるけれど、彼らの、奈々に執着する気持ちはどうしようもないのだ。

それは、奈々の結婚と離婚がそうだった。



 奈々の結婚は、初めから間違っていた。

その時、奈々はまだ大学生で、騙されたと言った方がよかったのかもしれない。

相手は、背が高くて、明るい髪の色をした人で、奈々の親と同じぐらい年上だった。


 メイは、この男性のことを奈々に警告していたのだけれど、彼の奈々に対する執着心は予想を超えていた。

彼は、付き合うことすら反対されるのは分かっていたから、先に、奈々と結婚しようと画策する。

そうしてメイが気が付いた時、この二人はすでに結婚していた。

メイは、仕方がないので、彼らを祝福することにし、その結婚が幸せなものであるようにと願う。


 ところが彼は、奈々が逃げるのを恐れ、すべてを管理し、自分と一緒でなければ奈々を外にも出さない。

それは病的だとしか言いようがなかった。

奈々は、あまり自分のことを言わないところがある。

それでメイは変だなと思いつつも、いつも一緒にいるこの二人は、仲がいいのかもしれないと思っていた。


 彼はコンピューターに精通していて、奈々にコンピューターの使い方を教える。

彼が働いている昼間、奈々は家で一人、コンピューターを相手に生活する日々を送った。

アンティーックのインターネット売買を始めたのもその時だ。


 とは言え、奈々は拘束されていても、心は自由だった。

彼は、奈々の心も縛りたかったけれど、それが出来ない。

そして、ついに言った。


 「一緒に死のう」

奈々は答える。

「死ぬなら一人で死んで」


 奈々は、自分は殺されるかもしれないと思った。

そしてメイも、何となくそれを感じていた。

とは言え、奈々が黙っている以上、何も出来ない。

まさか「殺されそうなの?」なんて聞けないし、考え過ぎかもしれないと思ったりする。


 とにかくメイは、気付いていない振りをした。

奈々を遠くへ連れ去られては困るのだ。


 二人は離婚の前に、すでに家庭内別居をしていて寝室も別だった。

そしてある夜、奈々が寝ていると、彼が寝室へ入ってくる。

奈々は目が覚めていたけれど、寝ている振りをした。

彼は、ブランケットをめくり、奈々の背中を撫でる。

そして泣きながら繰り返す。

"I'm sorry. I'm sorry…"


 そうして、彼の方がその生活に耐えられなくなり、自分から奈々を離婚した。

驚いたことに、離婚しても、彼は、奈々とメイを騙し続ける事が出来ると思っていたらしい。

そして奈々を、ガールフレンドとしてキープしようとする。


 メイは、はっきりと彼に言った。

「あなたは、私たちとは、もう関係がないのよ」

その時、彼は、自分の方が追い払われたことに気が付いた。

二人の会話を聞いていた奈々は、心の中で拍手したと言う。

奈々にとって、彼は過去の人となった。



 「奈々は、もう結婚しないの?」

メイが聞く。

「今は無理ね。

あの人たちは・・・」

と言って、奈々は、メイの後ろにある窓の外に目をやる。


 「私を愛しているのではなく、私の心の傷に引かれているのよ」

「そうなの?」

「だって、あの人たちにも心の傷があって、それがお互いを求め合っているんですもの。

もしかしたら、私の方が引き寄せているのかもしれないわね。

それなのに、私には、あの人たちの傷を覆えない。

あの人たちも、私を覆えない。

だから死のうとする」


 メイは、ふっと笑うと言った。

「じゃあ、あなたに結婚は無理ね。

だってすべての人は、心に傷を負っているんですもの」


 奈々はメイを見る。

そして笑うと言った。

「そうね」



 「このカフェも閉じなければならないかもしれないわ」

「そう?」


 「変な電話がかかってくるの」

「彼から?」

「おそらく・・・」


 それは、さほど驚くことでもなかった。

奈々は離婚しても、しばらくの間、彼にストーキングされていたからだ。

夜遅く、家の近くで待ち伏せされたり、プレゼントがドアの所に置かれていたりした。


 メイは奈々にそれを日記に書き記し、裁判所へ訴えることを勧めた。

そして彼は、裁判所で裁判官から釘を刺されている。


 奈々は、「なぜ今になって、また電話をかけてくるのだろう」と思う。

何かあるのかもしれない。

その電話は、カフェの電話と携帯電話にかかってきて、奈々が出ると切れる。

電話の主は何も言わない。


 彼は、カフェの近くのアパートに住んでいる女性の電話を使って、奈々に電話をかけているらしかった。

奈々はその女性に電話をかけてみたけれど、知らない人で、彼女も身に覚えがないと言う。

彼女は彼のガールフレンドなのかもしれない。

彼は、女なしでは生きていけない人だった。


 彼の手口はしつこくて巧妙だから、彼がかけているのか、その女性なのかは分からない。

個人の家だったら、彼なのかは駐車した車で確かめられるのだけれど、アパートだと簡単には分からない。

だから彼自身も、まるでマンションのようなアパートに住んでいる。

とにかく、彼はもう裁判所に行く気はないから、その備えはしているはずだ。


 どちらにしても、彼は、奈々に近付こうと思えば、いつでも出来る。

彼にとって、奈々は過去の人ではないのだろう。

執着している心は、その人が望まない限り、他の人には止められない。


 奈々は、彼を恐れていなかった。

自分に出来ることはすべてやったし、後は、正しい判断と、毅然とした態度で対処するだけだ。

それでも殺されるなら、それは仕方がないとも思っている。

結婚したのは自分だから、自分にも責任があるのだ。

そのようにして、これからも生きていかなければならない。


 ただ、カフェの客には迷惑をかけられない。

もちろん、彼が馬鹿なことをするとも思えないけれど、精神が病んでいれば分からない。

殺されるか殺されないかと言う問題になると、アレックスがどう思うかも気になっていた。


 客の一人の男性が言っていたことがある。

彼が、元グリーンベレー、ゲリラ戦のための特殊部隊だった友人の肩を、後ろからポンと叩いた時のことだ。

とっさにその友人は、別人となって振り返る。

そして彼を見て、ため息を付くと、こう言った。


 「二度とそれはしないでくれ、自分は相手を殺すように訓練されている。

一瞬で、君を殺すことも出来るんだ」



 カフェ・ツインナナは、奈々を癒してくれる空間だった。

自分の好きなインテリア、窓からの景色、かえでの並木道、レンガ作りの大学の校舎、

そして、いつも聞いているミュージック。


 ビリー・ホリディの曲、The Very Thought of you が、カフェに流れる。

それは、

あなたを想って何も出来なくて、夢でも見ているよう

あなたのそばに身を寄せるまでの時がゆっくり過ぎて・・・

と歌っている。



 奈々は、カフェを閉じる準備を始めた。

そして次へ進もうと思う。



 かえでの木の葉が落ちてしまった遅い秋、アレックスがいつものようにカフェへやって来た。


 「アレックス、昨日、高速道路であなたのモーターバイクが、警官に止められていたんじゃない?」

奈々が言うと、アレックスは苦笑いする。


 「ああ、友人にバイクを貸したら、スピード違反で捕まったらしいんだ」

「そうだったの、あなたのバイクだとは思ったけれど、乗っていたのはあなたじゃなかったから」


 「俺のバイクを覚えていてくれたんだ」

「あのバイクは、この世でたった一台じゃない」

「そうだね」

とアレックスは言って、カウンターに身を乗り出す。


 「ねえ奈々、君は本当に結婚する気はないの?」

アレックスのコーヒーを準備していた奈々は、振り返るとそれに答える。


 「いつかはするわよ」

「それっていつなの?」

「そうね・・・二、三百年くらい先かしら」

アレックスは笑いながら、ちょっと間をおくと言った。


 「そうだね、それもいいかもしれないね」


 奈々もアレックスに微笑み返す。


 その時も、ビリー・ホリディの曲が流れていた。

そして、カフェ・ツインナナが閉じる日まで、こんな会話が続いていく。



                                           FIN

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