第9話:得体の知れない奴ら
ヴェリウスさんの屋敷に戻った私たち。
「買い物は済んだようだな、それでは行くぞ」
そう言うと、彼の案内で、町の外れにある開けた平原へとやってきた。
私たちは、いよいよこの世界の「魔法」のイロハを教わることになった。
「まずは魔力の実践練習だ。道具なしでやってみろ。道具がないと何もできんようでは困るからな」
私は昨日もらった杖を、ヴェリウスさんに手渡した。そして彼は、指先に小さな炎を灯し、それを弾丸のように放って見せた。
「お前たちもやってみろ」
まずは火、水、そして風。
私たちは目の前の男の指示に従い、基礎的な魔法を試していく。頭の中でイメージして、それを具現化する。
中村さんは器用にすべての属性の魔法をこなし、私は平均的といった感じ。一方、黒田さんは苦戦しながらも、なんとか小さな火を灯すのが精一杯といった具合だった。
「ふむ、基礎的なものはこんなものだ。……次はこれだ。よく見ておけ」
ヴェリウスさんが何もない空間に手をかざすと、まるで水面に石を投じたかのように、空気が黒い波紋を描いて歪んだ。彼がその「穴」に無造作に腕を突っ込む。中から使い古された、しかし魔力の重みを感じさせる真っ黒なとんがり帽子を取り出した。
「空間魔法だ。イメージは、こことは違う場所に隔離された場所を想像すること。これを使えば、荷物の運搬など、無益な労力から解放される」
(これなら、持ち運びできるものが増えるし、便利!)
私は空間魔法に感動した。そして、予想に違わず、中村さんはあっさり成功させ、私も少し遅れて自分の「空間」を確保できた。黒田さんは唸りながら挑戦していたが、「俺は中村のやつに入れてもらう」と早々に諦めていた。
「よし、基礎はここまでだ。……さて、次はお前たちの『特殊スキル』の実戦だが」
黒田さんの『パーフェクト・アライメント』と、中村さんの『メソッド・アクト』の演習が続く。
二人のスキルが目に見えて向上していくのを横目で見ながら、私の番が回ってきた。
「……最後はお前だ。あの『レーザー』とやらを、まずは杖なしでやってみろ」
私は目を閉じ、仕事での施術風景を思い浮かべた。
(そして、照射⋯⋯)
指先から鋭い光の線が放たれ、地面を焦がした。だが、ハンドピース代わりの杖がないせいか、力が安定せず、エネルギーが分散している感覚がある。
「出せたようだな」
「……あ、でもやっぱり、杖使わせてもらってもいいですか? ハンドピース……じゃなくて、杖がないと、力が不安定なみたいで」
「仕方ない。ほら、使え」
ヴェリウスさんから杖を放り投げられ、私はそれをしっかりと握りしめる。やっぱりこれだ。
そして、再度照射。
今度は先ほどよりも太く、力強い光の柱が虚空を貫いた。
「やはり恐ろしい威力だ。お前はこの光に、日常的に触れてきたというのか?」
「ええ、まあ⋯⋯」
戸惑いながら、そう返答する。
ヴェリウスさんは、いまだに信じられないといった様子のようだ。
(全身脱毛の施術とかだと、1000ショット以上はするかな?)
そんなことを思っていると、私はあることを思い出す。
そういえば、レーザーの方式は、「熱破壊式」だけじゃない。
私は、レーザーと聞いて、一発ずつショットする熱破壊式のレーザーのことを、ついつい思い浮かべていたが、それだけではないのだ。
「蓄熱式」と呼ばれる、広範囲に滑らせるように照射するタイプがあることをすっかり忘れていた。
熱破壊式は、毛乳頭や毛母細胞といった発毛組織をターゲットにする脱毛方式。
それに対して、蓄熱式は、毛を作る毛乳頭や毛母細胞へ発毛指令を出す「バルジ領域」と呼ばれる組織を破壊することで、毛を成長させないようにすることを狙うものだ。つまり、発毛の司令塔を叩くのだ。
低出力のレーザーを連続照射して脱毛を行うため、一般的に、熱破壊式のものよりも痛みを感じにくいとされている。
この蓄熱式のレーザー方式を、私の力に応用できないだろうか。
早速、私は杖を構え、脱毛用のハンドピースを滑らせるように動かすイメージでレーザーを照射した。
杖の先から、目にも止らぬ速さで細かな光が連射される。一撃で対象を焼き切るのではなく、低出力の熱を高速で重ね、広範囲に前方一帯の温度を急上昇させた。
(思ったとおり!)
私は、自身の閃きが形になったことに、驚きを感じるとともに、喜びを感じていた。
「なっ……何だ今の光は! 一撃の威力は落ちているが、熱が絶え間なく重なっていくだと!」
ヴェリウスさんの顔が引き攣っている。
頭の中のイメージだけで、熱破壊式と蓄熱式のレーザーを切り替えることも容易だった。
ヴェリウスさんは私の様子を黙って見ていたが、しばらくすると、おもむろに、彼は先ほど取り出した帽子を空高く放り投げた。そして、帽子は空中に静止する。魔法の力か。
「お前、その光をこの帽子にぶつけてみろ。お前の力がどれだけのものか、ここで試す。案ずるな、ただの帽子ではない。私の魔力で、装甲の厚い凶暴な魔物と同等の防御結界を張っている。並大抵の攻撃では傷一つ付かん。最大限の力でぶつけてみろ」
突然のテスト。
私のレーザーが、彼の心に火をつけたのかもしれない。せっかくの機会だ。私は受けて立つことにした。
結界を張っているなら、撃つのは当然、熱破壊式の強烈な一撃だ。私はイメージに集中するため、目を閉じ、深呼吸。ターゲットは空中の黒い点。
(行け⋯⋯!)
訪れる静寂。
手にはレーザーを放った後の感覚が残っている。どうなったのだろう。
私が目を開けると、そこには何もなかった。
「……あれ、帽子は? 外しましたか?」
「いや、当たったのだ。私の結界ごと、蒸散させたのだ⋯⋯」
ヴェリウスさんが呆然と宙を見つめている。
「底が知れない力だ⋯⋯」
底知れない力、か。そうだ。力で思い出した。
私は市場で買った「あの宝石」のことを思い出した。さらに、力を引き出せないかと思って試すつもりだったのだ。
だが、その前に、確認したいことがある。
「ヴェリウスさん、この光をもっと強くしたいんです。例えば、杖に取り付けたら効果が上がる石とか、宝石とかって、この世界にありますか?」
「……もっと強くしたいだと? もはやこの力で十分だろう。まあ、お前の質問に答えてやるのなら、『魔石』と呼ばれる希少な石がある。ただし、あれは消耗品だ。お前のあの術に使えば、一発で粉々となる。それは、お前の望むものではないはずだ。ましてや『宝石』なぞ、ただの装飾品に過ぎない。魔力には何の役にも立たんぞ」
「やっぱり、そうですか」
魔石のことは分からなかったが、事前にある程度予想していた回答だった。
そこで、私は町で買ったばかりの宝石を杖の先端に当てて念じ、魔力で固定した。
「何をしている? それは、宝石か?」
「ええ、町の骨董品屋で買いました」
「何を下らんことを⋯⋯」
(イメージが力になるんでしょ? だったら、これならどう?)
私は、天に向かって、杖を掲げる。
そして、レーザーを照射した。
すると、これまでとは比較にならない、極太の光の柱が天を突いた。雲を貫き、どこまでも伸びていく一筋の光。
「……!?」
ヴェリウスさんが言葉を失う。私は宝石の輝きを見て、満足げに頷いた。
「やった! これで、出力が上がりました!」
宝石によって波長が整えられ、出力が増幅された光。
異世界の『アレキサンドライトレーザー』の完成だ。
私の喜びとは裏腹に、ヴェリウスさんの表情はひどく曇っていた。
「……ふう。私は一旦、館に戻る。お前らも無理はするな。……切りの良いところで、引き上げろ⋯⋯」
ヴェリウスさんはどことなく小さくなった背中で、呟くように吐き捨てると、この場から去っていった。
残された私たち。
ただ、私の頭には、やりたいことが浮かんでいた。
「私、今やりたいって思ってることあるんだけど、いいかな?」
「あ、僕もたぶん同じことを考えてます」
「奇遇だな、俺もだ」
「「「ワイルド・ウルフ討伐!」」」
◆◇◆
私たちは意気揚々と、あの街道へ向かった。
しばらく歩いていると、一匹の狼を見つける。狼はいつかと同じように、街道近くを歩いていた。
しかし、前回と違うことがあった。
狼がこちらに気付くやいなや、私たちに対して、牙を剥き出しにして怒りの感情を露わにしていたことだ。なんと偶然にも、あのときの狼だった。胸に傷を負っているのが見える。
すると、狼は遠吠えを上げた。その音に呼応したのか、周囲から次々と黒い影が現れる。その数、軽く見積もって50頭以上。
あっという間に、私たちの周囲を取り囲まれる。
狼の群れに対峙する私たち。
逃げる場所は、残されていなかった。
「黒田さん、今度はみんなでなんとかするしかないですね」
その言葉に、笑みを浮かべる黒田さん。
中村さんが声をかける。
「みんな一緒ですよ!」
「ああ! 全員で生き残るぞ!」
今の私たちに、もはや迷いなど微塵もなかった。




