第8話:物売る男と、考える女
「あの、すみません。私、加減がよく分かってなくて。……あの、壁の弁償は……」
私が、恐る恐る切り出すと、魔導師は深い溜息をついた。
「弁償はいい……。それよりも、私はお前の力が恐ろしい」
「今の、この前のものよりも強いレーザーでしたね」
中村さんも、感心したように言う。
「……ああ、鋭い一撃だった。石の壁を貫くなんて」
黒田さんの言葉通り、穴からは日が沈みかけた空が覗いていた。屋敷の頑丈な壁が、まるでお菓子の家のように呆気なく撃ち抜かれている。
「本当に、すみません」
「……いい。大した影響はない」
魔導師が手をかざすと、崩れたはずの石壁が生き物のように蠢き、あっという間に元通りになった。
「おお……!」
私たちは思わず感嘆の声を上げる。
やっぱりこの人、凄い人なんだ。
「今日はもう遅い。また明日ここに来い、続きを説明する。……それと、金貨は使い勝手が悪い。ギルドで、その金貨を銀貨や銅貨に両替でもしてもらえ。特にこの町だとなおさらな。あいにく私は手持ちがないんだ」
今日の出来事に対して、妙な違和感が私には残った。
あの青年は一体何者で、なぜこの魔導師を動かせるのか。違和感の正体が掴めないまま、私たちは一旦出直すことになった。
「今日は本当にありがとうございました! ダリオスさん!」
中村さんが明るく無邪気に挨拶する。
「ダリオス? 誰と勘違いしている?」
「え?」
「私の名前は、ヴェリウスだ」
「名前違うじゃん!!」「名前違うだろ!」
黒田さんと私のツッコミがシンクロした。
◆◇◆
結局その日は、町のギルドの登録所で、受け取った金貨の一部を銀貨に替えて、いつもの宿に泊まった。
レーザー用に使った杖はそのままやるとヴェリウスさんから言われたので、ありがたく使わせてもらうことにした。
ベッドの上で、今日の出来事を考える。
あの魔導師が、結局いい人なのか悪い人なのか、よく分からなくなってきた。
あの謎の青年が来てから、間違いなく何かが起きた。
人身売買の元締めでなければだが、彼はヴェリウスさんに何かを言った。それが『取引』。……もしかして、ヴェリウスさんは彼に弱みでも握られているんだろうか?
この世界に初めて来た日、僅かな銅貨しか渡さなかった人間が、価値の高い金貨を私たちに投じた。銀貨をすっ飛ばしてだ。それに金貨30枚の価値なら数十年は生活が安泰だなんて。
使い勝手の悪い金貨。両替の推奨。
「……まあいいや。考えても分からないし。明日また考えよう」
そう思い寝ることにした。
翌朝。
私たちは再び、ヴェリウスさんの屋敷に向かった。
「待っていたぞ」
ヴェリウスさんは昨日と同じ場所で、私たちを迎えた。金貨を両替して宿に泊まったことを伝えると、彼は私たちの全身をジロリと眺めた。
「そうか。それにしても、お前たちは装備もさることながら、服装もボロボロだな。一度、その金で必要なものを整えた方がいい。まずは町の中心にある市場へ行け」
言われるがまま、私たちは市場へと繰り出した。
中村さんは「役作りには衣装が不可欠です」と言って、騎士や魔法使い風の格好など、コロコロと服を着替えては試着を楽しんでいる。
黒田さんは「俺はサポートに徹する」と言って、施術がしやすそうなグローブや軽装を選んでいた。
私も動きやすい格好でいいやと思って、サイズに合う服をいくつか見てみる。
そして、「これだ」というものを見つける。
プルオーバーのトップスに、紐で結ぶタイプのストレートなパンツ。装飾を削ぎ落としたそれは、どこからどう見ても、私が看護師として長年愛用してきた作業着そのものだった。色は、汚れが目立たない紺色を選んだ。
やっぱり、これが私には馴染む。似たような服がこの世界にもあって良かった。
値段はどれも銅貨1、2枚程度で収まった。昨日までそんな余裕もなかったんだと改めて気付かされる。
そして、私たちはヴェリウスさんに教わった裏通りにある骨董品屋を訪ねた。どうやら旅に必要なものが揃っているとのことだった。
店に入ると、丸顔で小太りの中年男性が現れた。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなものをお探しで?」
私たちを様子を見て、若干値踏みされるような視線を感じたが、気にしないことにする。
「冒険用に必要な装備を探してまして⋯⋯」
「そうですか、そうでしたら、こちらのエリアがお求めやすい価格になっていますよ」
たぶん、私たちが初心者冒険者の一団に見えたのだろう。高級そうな武具のエリアとは違うゾーンを案内される。その見立ては実際当たってるのだけれど、少し悔しい。
初心者向けの武器や装備と思われるエリアに案内される。私たちが別の店で買った、なまくらな剣よりは質は良さそう。
商品を眺めながら、3人で会話する。
「どうしますかね、装備」
「中村が使いたい装備があれば、好きなもの選んだら良いんじゃないか。この間の、ワイルド・ウルフとの一戦で思ったが、やっぱり俺は戦闘向きじゃないみたいだ」
「姐さんはどうしますか?」
「とりあえず杖があるから、私は大丈夫かも」
「そうですか、うーん。悩ましいですね」
中村さんは色々見て悩んでいるようだ。
私はといえば、もらった杖でなんとかレーザーを出せるようになったから、一歩前進だ。
そういえば、ヴェリウスさんは、イメージが大事だと言っていたことを思い出す。
イメージか。レーザーのイメージ。
この世界に来る前の、最後のクリニックでの施術。個室の施術室で、脱毛用の機械。
あの日は、アレキサンドライトレーザー。出力を調整して照射。お痛みを確認してという、いつもの流れ。
そこで、一つの考えを思い付く。
そう、『アレキサンドライト』だ。
光を増幅させる「媒質」にその結晶を使うことから、『アレキサンドライトレーザー』と呼ばれる。
現在の脱毛機械で使われている石は人工結晶だけど、理屈は同じだ。その宝石をイメージの核に据えて、光の波長をカチッと整えてあげれば……効率よく、もっと鋭い一撃が撃てるかも。
考えを巡らせていると、「姐さん?」と、再び中村さんから声をかけられる。
「あ、ごめん。考えごとしてた。どうしたの?」
「僕はこの『双剣』を買おうかなと思ってます。それと、『杖』ですね」
「あなたも杖を持つんだね」
「はい、せっかくなので色々な役を試してみようかと思って。さっきあの人に聞いたら、値段もそこまで高くなさそうです」
「なるほどね」
「ところで、姐さんは何も要らないんですか?」
「そうね⋯⋯」
私は、さっき思いついたことを商人に聞いてみる。
「ここは、宝石とかって扱ってますか?」
「ええ、扱っていますが、どのようなものを?」
「例えば、光で色が変わる宝石って、ありますか?」
流石にないか、そう思いつつダメ元で聞いてみる。
「おお、ありますとも!」
そして彼は、店の奥に戻り探しに行ってしまった。
しばらくして彼が戻ってきた。
「これはいかがですかな?」
見せてもらうと、確かにアレキサンドライトの宝石のイメージに近い、気がする。自信はない。そもそもこの世界にあるかも怪しい。
「この石は、太陽の下では緑、火を近くで灯せば赤に化けます。さらに傾けるだけで紫が混じるのです。光の種類や角度によって、一瞬も同じ表情を見せない変わった宝石なのです」
「おお⋯⋯」
「私はこの石に、大変魅力を感じています。ですが⋯⋯」
「ですが⋯⋯?」
商人は、残念そうに告げた。
「どうやら人々は、この色の変化を恐ろしいと言って、思ったような値が市場でついていないのです。私は大変味わい深い石だと思うのですが⋯⋯」
「そうなんですね」
なるほど。この世界の人たちは、この石をあまり評価していない。流行り廃りがあるようだ。
それを聞いて、私は切り出す。
「……これ、いくらですか?」
「そうですね、あまり人気がないので、銀貨15枚でどうです? いや、わざわざこの石をお買い求めていただいていることですし、銀貨10枚でどうでしょう?」
たぶん、悪い提案ではなさそうだ。
2人にも相談してみる。
「ごめん、あの宝石、買ってもいいかな? あ、お洒落とかじゃなくて、レーザーのためなの。直感なんだけど、効果が上がる気がしてて。ダメならまた手放すつもり」
「僕は姐さんを信じますよ!」
「ああ、俺もだ!」
2人に感謝を伝えて、私は商人に告げた。
「買います!」




