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第7話:成金たちと、恐怖の女

 私たちは今、魔導師の屋敷にいた。

 そして、テーブルの上に鎮座するのは、輝きを放つ30枚の金貨。


「あの、魔導師様。つかぬことをお聞きしますが、金貨1枚って、具体的にどれくらいの価値があるんでしょうか?」


 私が恐る恐る尋ねると、その男は椅子に深く腰掛け、面倒そうに指を立てた。


「この世界の通貨は3種類。『銅貨』『銀貨』『金貨』だ。まず、銅貨100枚で銀貨1枚。そして銀貨100枚で、ようやく金貨1枚だ。当然、金貨となればその価値は跳ね上がる……」


(えーと、100枚で種類が変わるんだよね。そうすると、金貨1枚で、銅貨が1万枚分……!?)


 魔導師は金貨を1枚、指先で弾いた。


「お前らは冒険者だから、例えて言うとするか。鍛冶屋が依頼を受けて作る、特注の上質な剣を思い浮かべろ。それがだいたい、銀貨40枚から50枚程度だ。そして、金貨30枚。そうだな、散財せず倹約に励めば、軽く数十年は安泰に暮らせる規模の資金だ」

「え…………!!」


 数十年、安泰。


 具体的な金額の価値は分からないけど、とてつもない大金だというのは感覚でわかる。


 その瞬間、私の脳裏にある不穏な記憶がフラッシュバックした。


 さっきのあの青年と、魔導師とのやり取りのことだ。確かにこう言っていたのだ。

『お前は私に、あの日と同じ「適正な取引」を求めているわけか』


(『適正な取引』⋯⋯?)


「ねえ、ちょっと2人とも向こうへ」


 私は2人を手招きし、エントランスホールの隅っこで肩を寄せ合い、密談を始めた。


「……ねえ、冷静に考えて。さっきのあの人、『価格』とか『取引』とか言ってたよね? 銅貨数枚を餞別にした私たちに、いきなり金貨30枚……おかしくない? 裏があるよ、絶対」

「そうですね。上質な剣が金貨半分で買える世界なのに、30枚……僕たちの価値、高すぎませんか? ほぼ一文無しの3人組ですし」

「確かに気になるな⋯⋯。最初は銅貨を投げてよこした奴が、今度は金貨を出してくるなんて」

「……あ、分かった。あの男、実は僕たちを非合法な奴隷として売り飛ばすつもりなんですよ! この金貨、僕たちの売買代金なんじゃ⋯⋯」

「奴隷!? もしかして、1人金貨10枚!? まさか、どこか人里離れた鉱山にでも送り込まれて、死ぬまで暗い穴蔵で働かされるとか……」


 背中に嫌な汗が流れる。おそらく何かを働きかけたであろう、あの青年が、今や冷酷なブローカーの元締めに見えてきた。


「『適正な取引』ってそういうことだったんだ……!」

「……おい! 聞こえてるぞ。そこで変な妄想を垂れ流すな」


 魔導師がこちらを冷ややかな目で見つめる。


「安心しろ。あの男も、私も、お前たちをどうにかするつもりなど毛頭ない。この金は、お前らが立て直すための資金と考えろ。返せるときに返せば良い。それに、万が一返せなかったからといって、どこかにお前らを売り飛ばす予定もない。私を信じろ」

「はぁ⋯⋯」


 突然の変わりように、依然として疑問は残るが、とりあえずこの話に乗ってみることにした。


「……ったく、あの男の酔狂に、なぜ私がここまで付き合わねばならんのだ……」


 ポツリと呟く小さな独り言。どうやらあの「謎の青年」、この魔導師さんを相当振り回しているらしい。


「そもそも、3人も揃っていてそのザマとはな。お前たちがこの世界で立ち行かないのは、自分たちに備わったスキルすら使いこなせていないからだ。宝の持ち腐れにも程がある」


 魔導師は呆れ果てたように吐き捨て、空中に光る文字のようなものを浮かび上がらせた。

 どうやら私たちのステータスを読み取っているらしい。


「いいか、スキルとは『魂の写し鏡』だ。お前たちが前世で何を積み上げ、何を願ったか。いわば、それが形を成したものだ。その力を具体化させてみろ。まずはそこの小柄な男。お前のスキル名は、『メソッド・アクト』……真実の演技、とでも呼ぶのがいいか。おそらく、特定の役割や人物を再現することで、その能力を引き出せるはずだ」


 中村さんはその言葉を聞いて、ハッとしたように自分の手を見つめた。


「メソッド・アクト……。確かに、あのワイルド・ボアと戦った時、昔舞台で演じた剣士の役を思い出して、体が勝手に動いたんです。……そうか、これ、僕が昔に習った『メソッド演技法』から来てるのかもしれない」

「それは?」


 私が尋ねると、中村さんは少しだけ役者らしい鋭い目つきになって答えた。


「役を内面から作り上げる演技理論です。単に振る舞いを真似るんじゃなく、その役の人物が普段から何を考え、どう生きてきたかを自分の中に構築する。役作りのために、その役と同じ生活を普段から意識したりもするんですよ」


 中村さんは少し反省するように肩を落とした。


「……今の僕に足りなかったのはそこだ。この世界に来てから、どこか表面的なお芝居に留まっていた。もっと深く役そのものに『没入(イマージョン)』できれば、本当の能力を引き出せる……。魔導師さん、ありがとうございます。僕、なんとなく掴めそうです」


 魔導師はフンと鼻を鳴らし、次に黒田さんを見た。


「次はお前だ。スキル名は『パーフェクト・アライメント』。完全な配置整列、といったところか。お前は相手の身体を整えることで、あらゆる不調を回復させる能力のようだな」

「パーフェクト・アライメント……」


 黒田さんは、自分の大きな手を握ったり開いたりした。


「身体における『アライメント』とは、姿勢が適切に保たれ、骨、筋肉、関節の配置が正しい状態にあることだ。俺は、整体の仕事でも、お客さん一人一人の特性や身体構造を踏まえて施術してきた。ただ、ここに来てからは、ただ魔法のような力に心を奪われ、身体に触れるだけで、その本質を忘れていた。相手の構造を理解して正しい配置へ導く。それを実践できれば⋯⋯」


 黒田さんの目に、小さな光が宿ったのを感じた。


「……ふむ、少しは理解が早いようだな。そして、最後はお前だ」


 魔導師の視線が私に突き刺さる。


「お前は『レーザー』。何かを発する力のようだが……私にはよく分からん言葉だ。お前はこの『レーザー』というものを扱っていたのか?」

「ええ、まあ……。その、仕事で」

「そうか。では、それを再現できるようにお前の意識を整理するんだな。そのレーザーとやらを扱っていた環境のイメージも重要だ」


 私は腕を組んで考え込んだ。


 そうか、今までレーザーが出なかったり、不安定だったりしたのは、イメージが足りなかったからだ。


 黒田さんがワイルド・ウルフに襲われたときは必死だったから「出てくれ」と強く願って、奇跡的にレーザーが出た。今思うと、ワイルド・ウルフの体毛が、毛の色と同じ黒色だったことも幸いしたかもしれない。

 しかし、本来の私はもっと精密な道具としてこれを扱っていた。


(素手でレーザーを出すのはイメージとかけ離れすぎている。どうしても、手に握る部分……『ハンドピース』が不可欠なんだよね⋯⋯)


 脱毛の施術中、私は常に重みのあるハンドピースを握っていて照射していた。あの感覚が欲しいところだが⋯⋯。そうだ。


「何か、魔法を出すときに握る『杖』のようなものって、ありますか?」

「……杖か。いくつか古いものなら持っている。お前にやろう。これでイメージを補完してみろ」


 魔導師が奥の棚から持ってきたのは、黒い木肌のシンプルな杖だった。

 受け取ってみると、程よい重さがある。これを私の頭の中で、脱毛器のハンドピースに見立てる。


(……よし。施術のときのイメージ。出力設定。照射ターゲットは、あの壁の黒いシミ)


 私は杖を構え、かつて何万回と繰り返したルーチンを脳内で再現した。


 その瞬間。

 ――パシッ!!


 空気が焦げるような音と共に、杖の先端から強烈な青白い光線が一直線に放たれた。


 それは魔導師の屋敷の頑丈そうな石壁を、紙のように易々と貫通し、向こう側の景色が見えるほどの風穴を開けてしまった。


「あっ……!? やば! すみません、つい出てしまって……!」


 私は慌ててイメージを遮断した。


(やばい⋯⋯。やってしまった⋯⋯。流石に弁償だよね⋯⋯。いくらだろう⋯⋯)


 背後では、黒田さんと中村さんが口をあんぐりと開けて固まっている。


 そして何より、魔導師の顔から余裕が消えていた。


「おい……お前……。今のは、何だ」

「あ、あの、ええと……すみません。慣れてなくて。弁償……ですよね?」


 私は冷や汗が止まらなかった。お金を出してくれた人の屋敷を破壊するなんて。これじゃあ、投資どころか、即座に没収されても文句は言えないよ。


 しかし、魔導師は壁に開いた穴と、私の持っている杖を交互に見て、震える声で呟いた。


「詠唱もなく、魔力の溜めすら感じさせない。恐ろしい破壊の光の柱……。お前は、いったい⋯⋯?」


 恐怖に怯えた目で、男は私を見つめていた。


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