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第6話:すがりつく奴らと、謎の男

「……要するに、飼い主への救済をお願いする作戦」


 安宿の硬いベッドの上で、私は二人に切り出した。


 窓の外は夕闇が迫り、私たちの所持金は底を突いている。今日得られたのは、雀の涙ほどの銅貨だけ。かろうじて購入した保存食のパンは固く、味も美味しくない。まさに「ジリ貧」を絵に描いたような状況だった。


「お願い?」

「そう。私たちのパーティー名、覚えてる? 『ダリオスの翼』でしょ。その名前の由来のおじさんに、直談判しに行くの。『責任取って私たちにお金恵んでください』って」


 中村さんは「おぉ……」と声を漏らし、黒田さんは眉をひそめた。


「確かに、このままじゃ厳しいですしね。やってみる価値はありそうですね!」

「うーん、正直、俺は気が引けるが……。だが、何もしないよりはましか。今の俺たちに失うものはない」


 よし。やることが決まれば、次は作戦会議だ。


「ところでさ……」


 うっかり地雷を踏みかねないので、まず先に確認しておきたいことを切り出す。


「あの人の名前、結局どっちなの? 中村さん、あなただけが名前を聞いてたんでしょ?」

「えっ、うーん……ダリウスだったような、ダリオスだったような。バリウムだった気も……」

「人間ドックか」


 頼りない記憶に、黒田さんがすかさず口を挟む。そして同時に、中村さんが薄く笑みを浮かべる。

 コイツ、やったな。


「冗談はさておき、お願いをする相手の名前を間違えたら、機嫌を損ねて終わりだ。一か八かの賭けにするには、リスクが高すぎる」


 私たちは顔を見合わせた。


「……あやふやな名前を呼ぶのはやめましょう。変なところで足をすくわれたくないし。『あなた様』とか、『魔導師様』とか、とにかくぼかして呼ぶこと。あと、ここまで来たらプライド捨てて、必死に縋り付く方向でいきましょう。中村さん、演技の部分は頼りにしてるよ!」

「了解です! 役者の底力、見せてやります!」

「まあ、『演技』と言っても、俺たち、本当に切羽詰まってるんだけどな」

「確かに……」


 私たちは苦笑しながら、明日の作戦決行を決意した。


◆ ◇ ◆


 夕暮れ時。私たちはかつて自分たちが放り出された、あの石造りの屋敷の前に立っていた。


 作戦が失敗したときに備えて、日中は採集のクエストをこなしていた。毎日が自転車操業なので、お金に余裕などないのだ。


 改めて自分たちの身なりを見てみると、置かれている現状を物語っている。服はところどころ泥に汚れ、髪はボサボサ。でも、手入れなんてできるわけがない。


 そして、屋敷の門の前で、私たちはあの男に聞こえるように声をかける。


「ごめんください! 以前、あなたに呼ばれてここに来た者です。あなたとお話したいことがあります!」


 しばらくすると、扉が開き、ローブ姿の痩身な男がやってきた。


「何の用だ。ここで話されると人目を引く。中に入れ」


 怪訝な表情を向けられるが、なんとか屋敷のエントランスへと招き入れられた。

 そして、私たちはそこで膝をついた。


 まず、中村さんが深く息を吸い込み、悲劇の主役の顔を作る。


「魔導師様、お願いしたいことがございます。大変失礼なお願いではありますが、お金を追加で頂けないでしょうか?」

「どうしてだ、餞別としていくらかやっただろう」

「その節はありがとうございました。しかし、大変申し訳ありませんが、私たちの力が及ばず使い切ってしまい、生活が立ち行かないのです」

「どうか、私たちにお恵みをお願いします」


 中村さんに続けて、黒田さんと私も、目の前の男に頭を下げてお願いをする。


「すまないが、帰ってくれ」


 即答で拒絶される。どうやら相手にすらしてもらえないようだ。

 そこで、中村さんは、感情を揺さぶる作戦に切り替える。


「お願いだ、おじさん! お金がないんだ、生活がこれっぽっちも上手くいかないんだよ!」


 これに、黒田さん、私も続く。


「どうしたらいいんだよ、あんたが俺たちを呼んだんだろう!? 責任を取ってくれよ!」

「そうよ、せめてもっとお金をちょうだい! あの時もらった銅貨なんかじゃ、宿代と数日分の食事で全て使ってしまったわ!」


 私たちの懇願する声が、エントランスホール中に響き渡った。ちょっと芝居がかかって、声が大きすぎたかもしれない。


 傍からみると、身勝手な主張に聞こえるかもしれない。だけど、見知らぬ土地に呼ばれて、少ないお金で生き延びろって言われたんだ。もう少しお金を分けて欲しいって主張しても、バチは当たらないはず。

 

 事前に私たちは、まず銅貨数枚のリクエストで様子を見るということを、昨日の作戦会議で確認していた。本当はもっと欲しいところだが。

 しかし、あの冷淡な魔導師が、依然として態度を変えず、私たちを見下しながら告げる。


「……残念ながら、私に融通できる手持ちはない。それに、知恵を絞り工夫をすれば、やっていけるはずだ」


(これでも厳しいか……。でも、ここで諦めるわけにはいかない)


 私は、ぷよまるくんの精神を思い出す。

 回し車を、動かし続けるんだ。


 その後もなんとか、黒田さん、中村さんが必死で言葉を続ける。

 私たちが、如何に慣れない土地で苦しんでいるかを、彼らが力説してくれた。若干誇張しているところもあるが、基本的に嘘はなかった。


 しかし、いくら語りかけても、ローブの男は少しも折れてくれない。

 どれくらい時間が経っただろうか。私たちの気持ちも、折れそうになっていた。


「お願いです、魔導師様……せめて、せめて銅貨数枚でもいいんです。宿代さえあれば、明日からまた生活できますから……!」


 これが最後と思い、私も精一杯の気持ちをぶつけた。しかし、結果は無情だった。


「しつこい。一度与えた金さえ守れぬ者に、これ以上の施しは無意味だ」


 突き放すような冷たい言葉。

 私は、彼に拾わされたあの忌々しい銅貨のことを思い出しながら、必死に彼を睨みつけた。


(やっぱりダメ……。明日からも厳しい生活か⋯⋯)


 私たちが這いつくばって懇願し、絶望が最高潮に達した、その時だった。


 背後の重厚なドアが開き、涼やかな風と共に声が響く。


「――……は、……どころじゃない……魔導師さん」


 落ち着いた声に、私たちは振り返った。


 そこに立っていたのは、大きなリュックを背負った、見知らぬ青年だった。その目はただひたすら真っ直ぐに、魔導師を捉えているように見えた。


 懇願することに必死だったせいか、彼の言葉は断片的にしか聞こえなかった。

 けれど、その響きには、あの冷酷な魔導師を立ち止まらせるような、不思議な説得力があった。


(……誰? この人。この男に、そんな口の利き方して、大丈夫なの……?)


 だが、私たちの予想に反し、魔導師は不機嫌そうに鼻を鳴らしただけだった。


「お前か。何の用だ。見ての通り、私は今忙しいんだ」

「とぼけるなよ。あんたの『人を見る目』は、もっと鋭いと思っていたんだがな」


 意味有りげな会話だが、さっぱり分からない。少しの間があり、ローブの男がゆっくり告げた。


「……なるほど。お前は私に、あの日と同じ『適正な取引』を求めているわけか」


 そして、青年が魔導師に歩み寄り、何か言葉を交わすと、彼は私たちには見えない廊下の影へと、魔導師を促した。


 数分後。

 戻ってきた魔導師の表情は、先ほどまでの冷徹なものとは一変していた。まるで熱を帯びたように、私たちに向かって言い放つ。


「……お前たち。先ほどの言葉は撤回しよう。やはり、ここで見捨てるのは私のプライドが許さん」


 ジャラリ、とホールの隅にあるテーブルの上に置かれたのは一つの革袋。中からこぼれ落ちたのは⋯⋯。


 夕闇の中でも眩いばかりの光を放つ『金貨の山』。


 それも、1枚や2枚ではない。

 ざっと見積もっても、数十枚はあるだろうか。


 私たちがあれほど這いつくばって求めた「銅貨」の価値を遥かに凌駕する、見たこともないほどの大金。


「これは施しではない。『投資』だ。この金で装備を整え、相応の結果を見せろ。然るべきタイミングで、きっちり返済してもらうぞ」


「き、金貨……!?」

「そんな……どうして……っ」

「……ありがとうございます……っ、本当に、ありがとうございます……!」


 私たちは、やはり切羽詰まっていたのだろう。輝きを放つ金貨を前にして、思わず驚きと感謝の声が出る。

 安堵したせいか、私も少し涙が出てきた。


(……でも、どうして。一体、何が起きたの……?)


 混乱する私たちの横を、先ほどの青年が涼しい顔で通り抜けていくのが見えた。

 彼は一度もこちらを振り返らず、当然のように出口へと向かう。

 まるで、自分とは1ミリも関係のないことだと言わんばかりの、そんな背中。


 そして、私は遠ざかる青年の背中を見つめていた。


(……あの人は一体何者なの? 何をしたの……?)


 これまでを振り返ると、不意に襲ってくるモンスターに怯えながら、必死で薬草を摘む泥臭い日々。そんな私たちに訪れた、思いがけない幸運。

 手の中にある金貨の重みは、確かに現実だった。


「これからお前たちに、この世界で生き抜く知恵を授ける。しっかり聞け」


 魔導師は私たちに告げた。


 そして、突如現れて、どこか飄々とした空気を纏った「謎の男」は去っていった。


 ぷよまるくん……。

 よく分からないけど、私たち、ようやくこの世界で「一歩」を踏み出せそうだよ。


 私は夕陽の中、突如訪れた幸運に感謝した。


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