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第5話:演じる男

 中村さんの口調から、いつもの軽薄さが消えていた。


 彼は折れて半分ほどの長さになった剣を、器用に、そして力強く握りしめた。その佇まいは、一瞬だけ、どこか遠い異国の剣客のような凄みを感じさせる。


 そんな彼に、ワイルド・ボアが猛然と突っ込んできた。

 衝突までコンマ数秒。まともに食らえば大怪我もあり得る速度だ。


 しかし、中村さんは動じない。


 衝突の直前、彼はダンスのステップを踏むかのような軽やかな身のこなしで横へと跳んだ。猪の巨体が真横を通り過ぎるその瞬間、彼は障害物をかわすような流麗な動きで身体を入れ替え、剣のつかを猪の側面へと叩き込んだ。


 鈍い衝撃音。


 猪は興奮し、怒りに満ちた声を上げてさらに速度を上げる。再び反転して突っ込んでくる猪に対し、中村さんは今度は身体を捻り、空中で斜めに一回転。着地と同時に、今度は猪の脳天へ打撃の一撃を見舞った。


(……すごい。闘牛をいなすマタドールみたい……!)


 高い身体能力と、相手の動作を完璧に予測した無駄のない動き。


 猪が何度突進しようとも、中村さんはその度に華麗な演舞のように攻撃をいなしていく。ダメージが蓄積し、猪の動きが目に見えて鈍っていく一方で、中村さんは息一つ乱さず、その動きはますますキレを増していく。


 その時だった。歌が聞こえた。


「――はげしく、烈しく、己の魂燃やし」


「え?」「歌ってる?」


 私と黒田さんの声が重なった。


「我が身、幕を閉じようとも、この一閃に悔いはない……!」


 なんと中村さんは、朗々(ろうろう)と歌いながら、猪をいなしていたのだ。その姿はまるで、ミュージカルの演者そのもの。心なしか、表情も輝いて見える。

 そして、彼が最後の一節を歌い終える頃には、すっかり戦意を喪失した猪は、命の危険を感じたのか尻尾を巻いて森の奥へと逃げ帰っていった。


「ふぅ……」


 一息つく中村さんに、黒田さんが驚愕の表情で駆け寄る。


「すごいな中村、あんな技があったなんて。助かったよ」

「僕も、ようやくお役に立てて良かったです」

「でも、途中で何か歌ってなかった?」


 私の問いに、中村さんは少し決まり悪そうに頭をかいた。


「ああ、すみません。聞こえてましたか……舞台に立ってる感覚になって、つい見せ場で喉が鳴っちゃうっていうか、『職業病』みたいな感じで」

「職業病……?」


 彼がこれまでどんな舞台に立ってきたのか、そしてなぜあんなに動けるのか。色々と思うところはあったけれど、今は深く聞かないことにした。


◆◇◆


 その後、私たちは本来の目的である、薬草摘みを再開した。


 日が傾きかけた頃、保存食を整えた際に買った安物の袋に薬草を雑に詰め込み、私たちは町へと引き返した。


 ギルドの窓口へ、クエスト達成の報告と共に薬草を差し出す。


「はい、薬草の採集ですね。……銅貨2枚になります」


 受付の女性が事務的に差し出した硬貨を見て、私たちは沈黙した。

 一日がかりで、これだけ。事前の報酬提示どおりとはいえ、現実は厳しい。


「一日使って、これですか。きついなー」

「モンスターへの対応も考えると、割に合わないかも」


 中村さん、黒田さんの言う通りだ。私はため息をついた。


 本当は今日の猪……ワイルド・ボアを倒して肉として売りたかったが、追い払うので精一杯だった。


「……今日も泊まりますか? それとも野宿?」

「宿に行こう。相部屋で申し訳ないが」


◆◇◆


 結局その後も、私たちは僅かな報酬を、宿代と最低限の食費で使い果たす日々を繰り返した。


 手元に蓄えはほとんど残らず、疲労だけが溜まっていく日々。この世界に来てからどれくらいの日々が経っただろうか。


 黒田さんが元整体師としての回復スキルで、私たちの体をケアしてくれたが、それも彼のエネルギーを激しく消費するため、無制限には頼れない。


(このままだと、じり貧だ……)


 そんな時、私はふと、ぷよまるくんのエピソードを思い出した。


 飼い主が冬にヒーターを入れ忘れた時のことだ。寒さに弱いハムスターは、そのままじっとしていれば体温を奪われ、疑似冬眠という仮死状態を迎えてしまう。

 けれど、ぷよまるくんは諦めなかった。彼は回し車を必死に回し続け、自らの体を動かすことで体温を維持し、異変に気づいた飼い主に救われたのだ。


(待ってるだけじゃダメだ。私たちも、何かアクションを起こさないと⋯⋯そうだ!)


 私は、一つの考えを、二人に打ち明けた。


「やってみる価値はありそうですね!」

「うーん……ちょっと気が引けるが……」


 私たちは、ある「作戦」を決行することにした。


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