第43話:フェア・レディ
ヴェリウスさんのもとへ戻る。
その決断の翌日、私たちはこの街を旅立つことにした。
私にとっては、二度目の旅立ち。
でも、三人で向かうなら、それはもう別の旅だ。
準備といっても、今さら真新しいことはない。
空間魔法で必要なものを詰め込むだけ。
これまでも、そうしてきた。
目的地までの距離や、道中の様子も把握している。
みんなの心の中はわからない。
それでも、私たちが向かうべき場所だけは、はっきりしていた。
「……行くか」
黒田さんが静かに言う。
「そうですね」
私は頷いた。
「だけど、歩きかあ……」
中村さんは軽く肩をすくめる。
二人には、以前の一人旅のときに話してある。
『乗馬能力は、初期能力ではありません!』
私は馬には乗れなかったのだ。
「中村さん、言ってませんでした? 馬に乗れない方に賭けるとか」
「たしかに言ったような⋯⋯」
「黒田さんも、乗れないって言ってましたよ?」
「うーん……でも一応、試してみないか?」
いざ歩きとなったら、その道のりは大変だなと思ったらしい。
しかし――結果は、見えていた。
黒田さんは馬にまたがろうとして、数秒でバランスを崩した。
何も言わずに降りる。直後にため息。
「中村さんは?」
「……やってみます」
中村さんは慎重に足をかけ、じわじわと体を持ち上げる。
黒田さんよりは粘った。
馬の背に乗り、数秒耐えた。
しかし、直後ずるりと滑り落ちた。
「……惜しかったですね」
「惜しくても、乗れてないから意味ないですねー」
そう言って、中村さんは苦笑いする。
ただ、少し練習すれば上手く乗れそうな感じはあった。
やはり、センスのある人だなと思った。
「姐さんは、もう一度試してみないんですか?」
「あー、大丈夫。乗馬は甘くないから」
「やっぱり歩きかあ……」
「でも、それも案外、悪くないさ」
黒田さんが言った。
(そうだ。三人なら、きっと⋯⋯)
そんな思いを胸に、私は二人と街の門へ向かった。
人の流れに紛れながら、歩みを進める。
門に近づいた、そのときだった。
「――あのっ!」
背後から、声。
迷いのない、強い声だった。
振り返る。
人混みをかき分けて、こちらへ駆けてくる姿。
「ノエル……?」
少し息を乱しながら、それでもまっすぐこちらを見る。
可憐な少女に似つかわしくない、全力疾走。
でも、本人はまったく気にしていないようだった。
「はぁ……よかった……間に合って……」
小さく息を整え、顔を上げる。
その目は、以前とは違っていた。
「……少し、お時間いいですか?」
「うん」
頷くと、ノエルは一歩近づく。
「……あの、みなさんと一緒に、旅をさせてください」
静かな声。でも、一つも揺るぎはなかった。
突然の話で、私は言葉が出なかった。
ノエルは続ける。
「これまで、私は……決められた場所で、決められた役割をこなしてきました」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「みんなに期待されて、それに応えることだけを……ずっと、正しいと思っていました。でも、あの日、暗闇の中でマリア様の光を見たとき。もう、演じるのはやめようって思ったんです。そして――」
正面を見据える。
「この世界のことを、自分の目で」
その目に光が宿る。
「あなたたちと一緒に、見たいと思ったんです」
静かに、言い切った。
その言葉と同時に、周囲がざわついた気がした。
私は、ゆっくり息を吐いた。
「ノエル」
名前を呼ぶ。
「私たちの旅は、きっと安全な旅じゃないよ」
「はい」
即答だった。
「……ずっとそばにいられる保証もないし」
言葉を選びながら続ける。
「守りきれるとも限らない」
脳裏をよぎる。黒い竜のこと。
あの圧倒的な力。大地が揺れ、咆哮ひとつで空気が震えた。
あのとき、私たちを満たしていたのは、純粋な恐怖だった。
無事に生き延びられたのは、奇跡としか言いようがない。
今度また同じようなものと出会ったとき、同じように帰ってこられる保証は、どこにもない。
「……あの時みたいに、余裕があるとは限らない」
小さく付け加える。
黒田さんも中村さんも、黙って聞いている。
「それでもついてくる?」
問いかける。
「はい」
迷いはなかった。
そして――
「もし、認めてもらえないなら」
一瞬の間。
「……勝手についていきます」
その言葉が、静かに空気を変えた気がした。
でも、ノエルは気にしない。
「一人でも、外に出るつもりです」
静かに続ける。
「だから……それが、みなさんと一緒になるかどうか。それだけの違いです」
言葉を失う。
(だけど、やっぱり……)
そう思ったときだった。
近くで立ち話をしていた、男たちの声が聞こえてきた。
「捕まってた盗賊団、この間の叙任式のときに脱獄したってよ」
「は? マジかよ⋯⋯」
「外から手引きがあったらしい」
(盗賊団が脱獄……? アイツら……)
外の脅威は、モンスターだけじゃなかった。
過去に、冒険者から金品を巻き上げようとしていた連中だ。
ノエル一人なら、真っ先に狙われるだろう。
「……ノエル。私たちは、あなたを保護するつもりはないよ」
「はい」
即答。
「覚悟なら、できています」
その目は揺れない。
「……そっか」
小さく息を吐く。
ここで止めても、きっと一人で行くのだろう。
「……わかった」
私は言った。
「あなたの好きにしていいよ」
「はい!」
ノエルの顔に、初めて笑みが浮かぶ。
まっすぐな笑顔だった。
「ありがとうございます、マリア様!」
黒田さんが短く息を吐く。
中村さんは肩をすくめながら小さく言う。
「素直じゃないなあー」
その口元は、わずかに笑っていた。
私たちは歩き出す。
その後ろで、まだざわめきが続いているようだった。
ノエルが隣に並んだ。
「あの、先に言っておきますが……私は、自分の身を守れますよ?」
少し間を置いて、胸に手を当てる。
「この能力で」
そう言うと、ノエルは前を向いた。
その言葉の続きを、考えられずにはいられなかった。




