第4話:レーザーの女
――死なせたくない。
その一心だった。
私の頭から「これは夢だ」なんていう甘えは、完全に消え去っていた。
目の前で、飛びかかる狼の牙が、黒田さんの身体に触れようとした瞬間、私は、無意識に右手を突き出す。
(お願い……!彼を助けて……!)
願いと同時に、視界が真っ白に染まった。
私の指先から、鋭い光の線が放たれたのだ。
ワイルド・ウルフの叫び声。
その脇腹を、その光が正確に撃ち抜く。黒い毛並みに強く反応したのか、凄まじい熱量に焼かれた狼は、短く悲鳴を上げて跳ね飛ばされた。
レーザーの直撃を受けた箇所からは焦げた臭いが漂い、狼は命の危険を感じたのだろう。私たちを一瞥し、尻尾を巻いて森の奥へと逃げ去っていった。
突如、静寂が訪れる。
突き出した私の右手からは、かすかに熱を感じる。
「黒田さん……っ!」
「ああ、河瀬さん、助かった。本当にありがとう。やられるところだった。その、今のは、君のスキルか……?」
黒田さんは、安堵の表情を浮かべて起き上がった。
「本当に、本当によかったです……。でも、もう二度と自分だけ犠牲になるようなこと、言わないでください。私たちは仲間なんですから。これからはみんなでなんとかしていきましょう、約束してください」
「……そうだな。悪かった、約束しよう。しかし、あれは……凄まじい威力だったな」
「そうですよ姐さん! 凄かったじゃないですか! あれがレーザーですか! もっと早く出してくださいよー、人が悪いなあ」
いつの間にか、中村さんが興奮した様子で割って入った。私のこと、姐さんって呼んでたっけ?
「私も無我夢中で、どうやって出したのかよく分かってないんだよ。本当に、たまたまだから」
私は熱をもった右手を、反対の手で押さえた。今の感覚を再現しようとしても、どうにも指先が冷たく感じる。
「まぁ、苦難を乗り越えて、僕たち、本当の仲間って感じがしてきましたね!」
「お前は何もやってないけどな」
黒田さんが呆れたように言い、私たちは思わず顔を見合わせて笑った。
◆◇◆
しかし――現実は、そう甘くはなかった。
その後の私たちは、「ジリ貧」という言葉がお似合いだった。
唯一の武器であった剣は折れてしまい、私のレーザーの発動の仕方も分からない。こんな状況では、自分たちの実力以上の討伐ミッションを続けるのは、あまりに危険だと判断せざるを得なかった。
装備を立て直すにも、お金は僅かな銅貨。
私たちの異世界での冒険は、開始早々に、自転車操業が破綻する寸前だった。
中村さんは明るく提案する。
「とりあえず、町のギルド登録所に戻って、簡単な採集のクエストでも確認してみましょうよ」
彼のムードメーカーとしての明るさは、私たちの救いでもあった。
これまで来た道を引き返し、ギルド登録所に戻り、再びクエストが記載された掲示板の前に立っていた。
「採集クエスト……『薬草の採集』か。少し行った山岳地帯の麓の方みたいだな」
「これ自体は楽そうですけど、またモンスターが襲ってこないかな……」
私がポツリと不安を漏らすと、黒田さんも顔をしかめた。
「確かにな。他は……森での貴重な昆虫採集。コレクター向けの昆虫か? しかし、森も、何が出てくるか分からないな」
「そうすると、全部危険ってことになってしまうので、ここはなんとか頑張るしかないですよ。このままだとお金なくなりますし!」
中村さんの言葉に、私と黒田さんは重い腰を上げた。
結局、薬草の採集を選択することにした。難易度自体は低そうだが、今の私たちにとっては、どの道も覚悟して臨まないといけないことに変わりはない。
「とりあえず、今日は宿に泊まりませんか? 今から行くと、野宿確定ですし」
「うーん、今の俺たちじゃ、夜のモンスターを凌げるかも怪しいところではあるが……。河瀬さんは、その、相部屋でも大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます」
黒田さんは、私を気遣いながらも、最終的に今日は宿屋に泊まることにした。そして、これが最後の銅貨だった。もちろん、別々の部屋を取る余裕もなく、相部屋以外の選択肢はなかった。
「おい、河瀬さんに変なことするなよ」
「しませんよ!」
しかし、簡素なベッドで、私はなかなか眠れずにいた。
この世界でやっていけるのかという不安。それが暗闇の中で膨らんでいく。そんな時、ふと『ぷよまるくん』の、とあるエピソードを思い出した。
それは、ぷよまるくんの飼い主が突然の事故で入院してしまい、一週間近くも放置されてしまった時の話。ケージには水しかなく、ぷよまるくんは絶体絶命のピンチに陥る。けれど、彼は諦めなかった。
彼はパンパンに膨らませた自慢の頬袋と、寝床の奥深くにコツコツと隠し持っていた「予備のひまわりの種」だけで、一週間弱を奇跡的に乗り切ったのだ。たぶん、本当のハムスターなら死んでしまうかも。
(……ぷよまるくんも、あの時、すごく心細かったはず。でも、隠し持っていた種で生き延びたんだ。私も頑張るぞ!)
と思ったのだが……。
ぷよまるくんが最後に寿命で亡くなってしまったことを思い出し、枕を濡らしてしまう。
そうこうしていると、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
◆◇◆
翌朝、私たちは山の麓を目指して出発した。
道中は昨日とは別の街道を進むが、空気は張り詰めている。
「これ、またあの狼と遭遇したら、僕たち完全に詰まないですかね?」と、中村さんが怯えたように言う。
「恐らくそうなってしまうな。警戒して進もう」
私のレーザーは、あれから何度イメージしても一向に出る気配がない。照射のコツが何なのか、全く掴めないままだ。
そして、ようやく山の麓に到着し、私たちは腰を屈めて薬草を探し始めた。
沈黙の中で作業をしていると、中村さんがポツリと呟いた。
「なんか、すみません。僕、皆さんに全く貢献できなくて。昨日も結局、見てるだけでしたし」
いつもの軽口ではなく、どうやら本気で落ち込んでいる様子だった。
「……そんなこと言ったら、私も同じようなものだよ。私も、自分がどうしてあんな力を出せたのか、今も分かってないし」
「俺もだ。俺に、もっとまともな武器があればな。……でも、今はなんとか凌いでいけば、いつか道は開けるさ。考えながらやっていこう。な?」
黒田さんの言葉は、重たい空気をポジティブに跳ね返してくれる。ついつい無力さを嘆いて沈んでしまいそうになるところを、彼はいつも引き止めてくれるのだ。ありがたい、と心から思った。
「お互いできること、少しずつ頑張りましょ。そういえば、中村さん、あなたのスキルって『役になりきる』のよね? それを試してみたら? ちょっと安直だけど」
「やっぱり、それしかないですよね……」
それを聞いていた黒田さんが、折れた剣を中村さんに手渡した。
「例えば、これを持って『剣士』になりきるとか」
「……やってみます」
中村さんは目を閉じ、精神を集中させているようだった。だが、数分経っても、特に光ったり変身したりする様子はない。
「……なんか、特に変わった様子はないね」
「力が強くなっている感覚とかはあるか?」
「うーん……どうでしょう。よく分からないですね」
そんな気の抜けたやり取りをしていた、その時だった。
茂みの奥から、土煙と共に巨体が飛び出してきた。巨大な牙、剛毛。それは紛れもなく野生の猪だった。
「猪だ……!」
私は慌てて、以前教わった頭の中で念じる方法で、相手のステータスを確認する。昨日はそんな余裕もなかったなと、今さらながら反省する。
名前:ワイルド・ボア
レベル:1
(レベル1……! 実力的には同じくらいだろうか……?)
だが、今の私たちの装備は最悪だ。
「どうする、逃げるか!?」
「猪だし、逃げてもすぐに追いつかれるかも……!」
その時。
折れた剣を握りしめた中村さんが、一歩前に出た。
「……僕に、やらせてください……」
彼の目が、先ほどまでとは別人のように据わっていた。
私たちは、目前まで迫った猪と、真っ向から対峙することになった。




