第35話:投げやりな人
「それでさ、その夢が面白くてな」
黒田さんが続けた。
「どんな夢だったんですか?」
中村Mark II、略して中村さんが身を乗り出す。
「陸上競技場にいたんだ。そして俺が槍投げをしていた」
「槍投げ?」
「ああ。世界選手権で6位入賞してた」
私と中村さんは顔を見合わせた。
「なんか妙にリアルですね。金メダルとかじゃなくて、入賞っていうのが」
「そうなんだ。俺もそう思った」
「まあ、それでも凄いんでしょうけど」
「凄いんだよ、実際」
黒田さんが少し真剣な顔になった。
「それで、目が覚めてから思ったんだが」
「はい」
「俺、今度から槍で戦おうかと思ってる。いざとなったら槍を投げる!」
しばらく静寂があった。
「言葉だけ聞くとシュールですね。俺、槍投げます、って」
中村さんが真顔で言った。
「だよなあ」
黒田さんが苦笑いをする。
「それにしても黒田さん、競技で槍投げしてたんですか? 陸上競技の夢を見るくらいですし」
「いや、これが全くないんだ。経験ゼロ」
「じゃあなんで槍投げの夢を見たんですかね」
「これはまさに天啓かなと。それと、整体師をやってた頃に、槍投げをやってた学生が来てさ。もしかしたらそれも頭の片隅にあったかもしれん。あと、俺、野球はやってたことがあるんだよ。この強肩を活かせないかなと」
(なんだそりゃ)
思わず内心で突っ込む。
「それと、実は槍投げの歴史が気になって、昔調べたことがあるんだ」
「へえー」
「槍投げの歴史は古くてな。人類が狩猟をしていた時代から、獲物を仕留めるために槍を投げていた。それが競技になったのは古代ギリシャのオリンピックで、紀元前700年代には既に五種競技の一つとして――」
ずいぶんと詳しいんだなあ、と思いながら聞く。
「古代ローマでも戦闘用の投げ槍、『ピルム』と呼ばれる武器があってな。敵の盾に刺さると曲がって使えなくなるように設計されていた。金属部分があえて柔らかく作られていて、刺さった衝撃でグニャリと曲がるようになってる。そうすると敵は引き抜けなくて、重くなった盾を捨てざるを得なくなる。しかも曲がってるから、拾って投げ返してくることも防げるんだ」
「な、なるほど⋯⋯」
(やばい⋯⋯)
「近代になって陸上競技として復活したのは20世紀に入ってからなんだ。1908年のオリンピックで正式種目に――」
(槍投げの話、全く興味ないかも! そして全然頭に入ってこない!)
私はふと、何かを思い出した。
これ、どこかで経験した感覚だ。
あれは――
たしか脱毛クリニックで働いていた頃。
通勤用のカバンに、ぷよまるくんのキーホルダーをつけていた。それを見て「可愛いですね」と言ってくれた同僚に、ここぞとばかりに熱く語ってしまったのだ。
このぷよまるくんキーホルダーが、いかに入手困難か。
そして、飼い主が交通事故に遭って、しばらく餌をもらえない時期があって大変だったエピソードが発表されたときに、どれだけ多くのぷよまるくんファンたち、通称「ぷよらー」の心を揺さぶったか。
そのエピソードを知ってから、ぷよまるくんの表情が、以前とは全然違って見えるようになったか。
ぷよまるくんのぬいぐるみも、一つ一つ個体差があるのだと分かるようになったかも。
あのとき、同僚は「へえー、そうなんですね」と素っ気ない返事をしていた気がする。
(あああ⋯⋯これ、私があのとき同僚にやってたやつだ⋯⋯うわあああああ)
改めて、共感性羞恥で死にそうになる。
「そういえば、昔のゲームで槍投げる主人公のゲームありましたよねー。やったことないけど」
中村さんが、明らかに適当な相槌を打った。
「よく知ってるな、中村! そうなんだよ! まさに戦闘向きだと思うんだよ!」
黒田さんが力強く同意する。
(あのー、中村さん? 火にガソリン注いでません?)
「というわけで、街で槍を探そうと思うんだけど、どうかな?」
(投げる槍って、この世界で売ってるのかな。しかも、黒田さんのスキル「パーフェクト・アライメント」で強化された体で投げる槍って、どれくらいの威力になるんだろう)
頭の中でイメージしてみる。
鳥みたいな敵を前にする。
黒田さんが槍を構えている。
そして、助走。
『うおおおおおおお!』
力いっぱい投げる。当たる。
『やったぞ!』
イメージできる。なんか、普通に強そうだ。
想像の中の黒田さんが、槍を投げた後に岩みたいな顔で腕を組んでいる。
(⋯⋯うん、ありかもしれない)
「うん、いいんじゃないかな、はは⋯⋯」
笑いながら答えた。
「あ、でも」
ふと気になって聞く。
「槍投げたら、武器なくなっちゃうんじゃないですか? あと、狙いを外すこともありそうですけど」
黒田さんの顔が、待ってましたと言わんばかりのドヤ顔になった。
「それはだな!」
「はい」
固唾を飲んで見守る。
「数をたくさん用意するんだ」
「え?」
「投げる用に槍を沢山買っておいて、空間魔法で取り出す。外したらまた投げる。空間魔法で取り出す。投げる。これを相手を倒すまで繰り返す」
(うわぁ、まさかの脳筋、パワープレイ!)
予想外の返答に、思わず口が悪くなってしまう。
(い、いけない。脳筋だなんて、はしたないわ、真理亜)
「な、なるほどー」
「実は古代でも似たような発想があってな。ローマ兵は複数のピルムを携帯していたんだ。一本目で相手の盾を使えなくして、二本目で仕留める。数で補うのは理にかなった戦術だ」
「へえー」
(やば! また槍の話が始まった!)
「しかも空間魔法で収納すれば重さの問題もない。実質無限に投げられる」
「ああ⋯⋯たしかに」
言われてみると、たしかに理にかなってる。
最初は脳筋って思ってたけど、なんか普通に強そうなのが悔しい。
まあ、チームのために考えてくれたんだよね。
「ありがとう、河瀬さん。君ならそういう突っ込みを入れてくれると思ってたよ」
「そうだったんですか」
「ああ、河瀬さんとの約束だからな。素手での格闘は禁止」
黒田さんが嬉しそうな顔をした。
(意外とこういう一面あったんだね、黒田さん)
中村さんも満面の笑みで頷いている。茶髪のミディアムヘアが揺れた。
私は二人を交互に見た。
そこそこな魔法使いと、槍を投げようとしている男。
新生ダリオスの翼が、ここからまた始まろうとしていた。




