第34話:男を寝取ってきそうな女
「あの、その、私⋯⋯ずっとマリア様にお会いしたくて」
「え?」
彼女はそう言うと、また一歩こちらに近付いてきた。
もしかして、あのときのシスター?
いや、こんな顔だっけ。服装が違うから分からない。
茶髪のミディアムヘア。可愛い感じの服装。上目遣いな視線。甘ったるい声。距離感がやけに近い。
いかにも男ウケしそうな印象だ。
こういうタイプの女、Webの広告マンガで見たことある。会社の後輩社員で、付き合ってる男を寝取っていく感じのやつだ。あざと可愛い系。
会社員したことないけど、オフィスの恋愛事情って怖いんだなと思った。
「あの、どこかでお会いしましたっけ?」
もしかして、森で出会った女性の冒険者の一人?うーん、正直、顔覚えてないなあ。
「はい、私はあなたのことを存じ上げています」
(ええ、やばい、思い出せない。マリア様呼び。私の下の名前を知っている人、あのシスター以外にいる?ステータスは名字のカワセしか表示されないのに)
「ごめんなさい、あなたのことが思い出せなくて」
「フフ」
そう言って、近づいてきた。
そばまで来た。距離が近い。
私は何もできず立ちすくむ。
そして、口元に邪悪な笑みが浮かんだ。
もしや、コイツは。
「ははは」
高笑い。
「その正体は――!」
わざと間を取って、言い放つ。
「ナギちゃんMark IIでした!」
Mark IIに合わせて、右手でピース。
「はあ?」
「えーと、ですね、ダウングレードしました!」
「ちゃんと説明して」
今度は、右手をほっぺに添えてハートマークを作っている。
こいつ⋯⋯!
彼、いや彼女は説明してくれた。
杖が並んでいるのを見て、気がついた。自分の考える、最強の魔法使いを演じていたのだと。でも魔力が身の丈に合わない力を伴ってしまった。
そこで、実力に見合ったそこそこな魔法使いを目指したら、こんな姿になった。
さっき眺めていた安い杖を購入して、服も用意したものだ、と。
「いや、まず元の姿に戻れよ!」
「辛辣! いや、試したんですよ、元の姿も。でも、やっぱり駄目だったので、今の魔法使いに落ち着きました」
「なんだかよく分からないスキルだなあ」
これで2人目の魔法使いか。
この子も可愛いんだけど、私には刺さらない。むしろ、他人の男を寝取っていきそうな怖さがある。あざと可愛い系の女。こいつはそのタイプだ。
(ああ⋯⋯ナギちゃんが良かったなあ⋯⋯!)
でも言えない。言えるわけがない。
「あれ、そういえば前の姿は?」
「ああ、姐さんが魔力セーブしろって言ったので、封印しようかと。戻ろうと思えば多分戻れますけど、また力出しすぎちゃうので」
「ああ!」
思わず頭を抱えた。
なんということだ。推しを守るための提案が、推しを消してしまうことになってしまったのか。
戻れって言う? 何のために? 推しを眺めていたいからです。無理無理!意味不明すぎる。私が魔力セーブしろって言ったんだよ?
(あああああああああ!!)
自らの手で、推しを消してしまった。
推しロス。
その犯人は――私。
(うあああああ⋯⋯なんでだあああああ)
「どうしたんですか? 姐さん?」
「推しロス⋯⋯」
「オシロス? ああ、ダリオス的なやつですか? 姐さんも、とうとうこっちの世界に来てくれたんですね!」
(うう、ウザい⋯⋯。これはもう、女の中村⋯⋯中村Mark II)
「はぁー」
大きくため息。
うつむいて、押し寄せる哀しみをこらえた。
あれ?
ふと思う。
「今の姿は分かったよ。でもさあ、さっきのマリア様とかってのは、なに?」
「あ、え、ああ、あれはその、サプラーイズ、的な?」
「中村!」
「え、姐さん、ナギちゃん呼びは⋯⋯」
「純情な乙女の気持ちをもてあそんだ罪は、重いぞ⋯⋯」
「え、あのー、すみません、つい出来心で⋯」
「ああ、そうだ! 中村さん、レーザー脱毛とかやったことある?」
「いや、ないですけどぉ」
「そうかー、それじゃあ君が、この異世界初の、レーザー脱毛を体験する人になるんだねー!」
「まさか⋯⋯」
「ねえ知ってる? 鼻の下は『人中』って言うんだ。この部分はねえ、ヒゲ脱毛するときに当てるんだけど、男の人でも痛み感じやすいんだ。だからー、クリニックに来る患者さんもねえ、麻酔クリームとかを希望する人もいるんだよー。初めての人にはさ、出力調整したり、様子を見ながらやってるんだよねー」
「それは大変勉強になりますが、今、関係ありますか⋯⋯?」
「覚悟はいいな? 中村ァァ!!!!!」
「ひぃ! レーザーの死神!!!! うわああああああ!!!!」
◆◇◆
数分後、そこにはぐったりと床に横たわる女の姿があった。
(寝取られた仇、私が取りましたよ、青山さん⋯⋯)
Webの広告マンガの主人公。
たしかそんな名前だった気がするので、心の中で報告しておいた。
「思ったより痛み、なんとか耐えられました⋯⋯」
鼻の下をさすりながら言う。
「そりゃそうでしょ。脱毛やってる人なんて、いくらでもいるんだし」
「いや、姐さんが殺人鬼みたいな目してたので⋯⋯」
「ん?」
「いえ、なんでもありません。まるで輪ゴムをパチンと強めにされた感覚でした」
「私の技術の高さもあるよねー」
「てか、指からレーザー出すって、絵面怖すぎですって」
「ああ、杖だと中村さんが死んじゃうかもしれないし、流石にねえ⋯⋯」
「はい。マリア様の慈悲に、心から感謝いたします」
そのとき、ベッドの方で寝息が変わった。
黒田さんが目を開けた。
「⋯⋯ん、河瀬さん。誰だその女性は?」
中村Mark IIが満面の笑みで振り返る。
「黒田さん。私、ずっとあなたのことを――」
「中村さん、次は頭にレーザーやってみる?」
「頭皮の永久脱毛!」
黒田さんが呆然と二人を見ている。
「説明してくれるか、河瀬さん」
「ざっくり言うと、中村が別の魔法使いに変身したんですよ」
「⋯⋯なるほど。女中村だな」
「説明雑! いや、女中村って! 女性の中村さんは世の中には普通に沢山いますよ! まあ、この世界に、中村は僕しかいないと思いますけど!」
「もう固有名詞だからなー、中村は」
「姿は女性だけど⋯⋯もう中村にしか見えんな」
「完全に同意です」
「あの、本当に、すみませんでした⋯⋯」
ナギちゃんが床に正座している。なぜか正座。
黒田さんと私は顔を見合わせて笑った。
なんだか、賑やかな一日だ。
「ところでさ、俺、さっき夢を見てたんだ」
「夢?」
「ああ、もしかしたら役立つかもしれない夢でさ」
珍しく、黒田さんが何かを語ろうとしていた。




