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第33話:2番目の彼女

 翌朝。


 診療所の外に出ると、空気がどこか軽く感じられた。昨日のレベル上げの達成感が、私の中にまだ少しだけ残っていたのかもしれない。足取りも心なしか軽い。


「少し、歩きませんか?」


 ナギちゃんがそう言った。銀髪が朝の光を受けて静かに揺れている。


「うん、いいね」


 黒田さんの容体も安定している。医師からも「無理をしなければ問題ない」と言われたばかりだ。

 黒田さんも「俺のことは大丈夫だから」と言って診療所に残った。私とナギちゃんの二人で、軽く街を見て回ることにした。


◆◇◆


 フィリアの中心街は、思っていたより広かった。

 通りには立派な面構えの店だけでなく、露店も並んでいて、人の往来も多い。


 ふと、店の中に並んでいる商品が目に入る。値札を見ると、金貨一枚、二枚。中には十枚以上のものすらある。


「……高くない?」


 思わず声に出た。


「やっぱりそう思います?」


 ナギちゃんも同じことを感じたらしい。


「ここ、高級なエリアなんですかね」

「かもねえ……」


 それとも、これが普通なんだろうか。

 未だに、この世界の金銭感覚が掴めていない。


 そのとき、ふと最初の町でのことを思い出した。

 あれは、骨董品屋の店内。


『……これ、いくらですか?』

『そうですね、あまり人気がないので、銀貨15枚でどうです? いや、わざわざこの石をお買い求めていただいていることですし、銀貨10枚でどうでしょう?』

『買います!』


 色の変わる宝石。あのときは迷わなかった。


(それにしてもあの店、値札とかもなかったし、気持ち良く買っちゃった。あの商人さん、商売上手なのかも⋯⋯。正直、いくらが適正な価格なのか分からないな⋯⋯)


「姐さん?」


 ナギちゃんの声で、意識を戻す。


「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」


 私はそう言って、再び店先に並ぶ商品へと視線を向けた。

 そこには、いくつもの杖が陳列されていた。装飾の少ないもの。複雑な模様が施されたもの。頑丈そうなもの。


 ナギちゃんが足を止めた。

 なにやら店先に並ぶ杖をじっと見ている。高価なものから安価なものまで、価格も様々。


 そういえば、あの時の彼も――


『買います!』

『おお、そうですか!』


 商人さんに、宝石を買うことを告げた後のことだ。


『あの、すみません。やっぱり装備、少しこだわってもいいですか?』

『ああ、俺は大丈夫だが』

『私もいいよ』


 彼は、一度は商人さんから安い品物が並べられている場所に案内されたものの、再び高級品が並べられているエリアに足を踏み入れ、立派な杖と双剣を取ってきた。


『これでお願いします』

『あの、冒険者様、非常に申し上げにくいのですが……そちらは高級品となっていまして。金貨1枚ずつ、計2枚頂戴することになるのですが……』

『あ、大丈夫です!』

『ええっ……!?』


 驚いた商人の顔が印象に残っている。そして、すぐさま笑みがこぼれていたことも。


(あの頃から、役のこと考えていたのかもね⋯⋯)


 ナギちゃんがしばらく色んな杖を見つめていた。その目が、わずかに変わった気がした。


「どうしたの?」

「いえ……なんでもないです」


(何か気になる杖でもあったのかな?)


 私はそれ以上聞かなかった。

 しばらく歩いていると、広場のそばで男たちが立ち話をしているのが聞こえてきた。


「聞いたか? 死神(タナトス)の話」

「なにそれ?」

「この間、騎士団に連行されてきた盗賊団の話だよ。なんか意味不明なことを言ってたらしいぜ。光の女が死神となって現れた、とか」

「なんだそりゃ。この世の終わりみたいな話か?」


 私は足を止めた。


(もしや、以前出くわしたあの盗賊団……?)


 ナギちゃんがそっと耳打ちしてくる。


「きっとあいつらですかね。ちゃんと捕まって良かったですね」

「ほんとにね」


 ほんの少し前のはずなのに、遠い昔のことみたいだ。


「それにしても死神って」

「はは」


 苦笑いが漏れた。


(あいつら⋯⋯今度会ったら許さんからな)


◆◇◆


 それからも二人でしばらく散策を続けた。


「姐さん、ありがとうございました」


 ナギちゃんが唐突に言った。


「え、何が?」

「僕たちの件です。その、色々としてくださったみたいで」

「ああ、全然大丈夫。リーダーの務めってやつかな!」


 ナギちゃんは少し真剣な顔をしていた。


「無理させてたこと、気づかなくてごめんね」

「いやー、黒田さんと違って、僕自身も分かってなかったのでお気になさらないでください。むしろ違う世界が見られて良かったです」

「その⋯⋯ありがとね」

「こちらこそです」


 しばらく二人で黙って歩いた。


「まあ、魔力をセーブする件だけどさ、何か案がなければ、そんときは私が守るよ」

「え?」

「あ⋯⋯。ああ、リーダーとして、レーザー使ってみんなを守るからさ」


(やべー、何言ってんだ私。つい変なこと言ってしまった。推しとの適切な距離⋯⋯!)


「僕も考えてみます」


 ナギちゃんが微笑んだ。


「この格好で、杖とか、魔法以外で似合う武器とかありますかね?」

「うーん」


 頭の中で、剣や弓を握らせたナギちゃんを思い浮かべた。銀髪ロングに大剣。弓。


(……なんか、ピンとこないな)


「まあ、ゆっくり考えていこうよ」

「そうですね」


 それにしても――

 以前に比べて、自然に話せるようになったなと自分でも思う。ボクっ娘にも慣れてきたし。


「あの、姐さん。先に診療所戻っててもらっていいですか?ちょっと確かめたいことがあって」

「うん、分かった。またあとでね」


(何を確かめるんだろう。やっぱりさっきの杖が気になってたのかな)


 一人で歩き出した。

 今の杖でいいな、私は。

 気に入ってるしね。


 軽く握り直す。手に馴染む感覚。

 ヴェリウスさんがくれた杖。


 実はめっちゃ良い杖だったりして⋯⋯。

 いや、そんなことないか。

 二人のことも、金貨30枚積んだらあっさり引き受けてくれたし。適正な取引とかって言ってお金にすごくうるさそう。

 きっと余ってた安い杖くれたんだ、うん。


 そんなことを思いながら、診療所へと足を進めた。


◆◇◆


 診療所に戻ると、静けさが広がっていた。


 部屋の扉を開ける。黒田さんは、ベッドの上で眠っていた。穏やかな寝息。手にはまだ包帯が巻かれている。


 私は、ベッドのそばの椅子に腰掛けた。


 せっかく、黒田さんが戦闘で役に立とうとしてくれたのに、私が素手での戦闘禁止にしちゃったから何だか申し訳ないな。


 視線を落とす。


 でも、怪我されたら黒田さんに良くないし。これは苦渋の決断なんだ。うぅ、許して⋯⋯。


「あの……」


 突然、声をかけられた。

 顔を上げる。


 部屋の入り口に、一人の少女が立っていた。茶色の髪が肩にかかるくらいの長さ。華奢な体つき。少し垂れた目。どこにでもいそうな、けれど妙に印象に残る顔立ち。


 少しだけ不安そうにこちらを見ている。


「はい、なんでしょうか?」

「あの、その、私……」


 言葉を探すように、彼女は口を開いた。


(……あなたは、誰?)


 何かが、始まりそうな予感がした。


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