第32話:黄昏の守護者
フィリアの外れの森を、私は一人で駆けていた。
目的は、レベルアップという名の辻褄合わせだ。
二人にはレベル580と言ってしまった。でも今は463。数字の3と8って似てるし、二人には見間違えてたってことにしよう。530くらいまで戻せば何とか誤魔化せるかな。流石に400台は心配をかける気がする。
それにしても、街道を歩いているうちは、モンスターの気配すらなかった。
でも森に足を踏み入れた瞬間から、狼、猪、熊の見た目をしたモンスターたちが、片っ端から向かってきた。森に深く入るほど、その数が増えていく気がする。
まあ、今日の私にはちょうどいい。
(よし!次!)
杖を構える。レーザーが走る。狼が吹き飛ぶ。
振り返らずに走る。背後から猪が突進してくる気配。タイミングを計って横に跳ぶ。猪が空振りしたところに、一発。
倒したモンスターは、きっとギルドに持っていけばそれなりの報酬になるはずだ。でも今は経験値を稼ぐことを優先している。
倒してきたモンスターたちは回収せずに一切放置。まさに死屍累々。
これ、見つかったら後で怒られるかな。まあ、人々の安全に貢献しているので許してほしいところ。
ステータスを念じて、確認する。
515。あと少しか。
診療所のナギちゃんと黒田さんは置いてきた。医師によると、これまでの不調が嘘のように順調に回復に向かっているそうだ。
でもまだ本調子ではないので、もうしばらく様子見ということになっている。だから今日は一人で森に来ていた。
日が昇ってから森に入った。夢中になって駆け回っているうちに、気づけば空が赤く染まり始めていた。いわゆる「フロー状態」ってやつかもしれない。神経が研ぎ澄まされていた。
そんなときだった。
進んでいた道の先に、三人の女性冒険者がいた。格好から見るに、剣士、魔法使い、弓使い。モンスターの群れに囲まれて、完全にピンチの状況だ。
「なんでワイルド・ウルフがこんなに強いの? おかしくない!?」
「以前と全然違う⋯⋯動きが速すぎる」
「魔力の残りもやばいかも⋯⋯」
その中の一人が、こちらに気づいた。
「あ、あの、そこのお姉さま! 助けてください。私たち、魔力とか、道具とか、もろもろなくなってピンチなんです⋯⋯!」
(お、お姉さま?)
私は一瞬、立ち止まった。
こんな場面に幾度となく遭遇してきたような気もする。
(みんな命知らずなのか⋯⋯? いや、そんなこと自分たちが言えた義理ではないな、あんな竜に捨て身で挑んでたし⋯⋯)
まあ、いいか。道中だし、人助けだし!
私は目の前の状況を整理する。
(左の狼の群れを先に倒す。こいつらは動きがすばしっこい。後のモンスターは後回し)
「そこの剣士、しゃがんで」
「え?」
「今すぐ」
剣士が反射的にしゃがんだ。
――次の瞬間。
私のレーザーが数発、頭上を貫いた。
私は続ける。
「魔法使いはモンスターの前に火炎魔法! 時間稼いで! 木々への引火は避けてね。弓使いは近くの猪から各個撃破! 剣士は、熊への対応! 私のレーザーの後にトドメを」
「は、はい!」
三人が動いた。モンスターの陣形が崩れる。包囲が解ける。その後の動きの連携は見事という他なかった。
「ふぅ⋯⋯」
危機を脱して、静寂が戻った。
三人が荒い息をしていた。
「大丈夫?」
私は近づきながら彼女たちに言った。
魔法使いさんは顔色が悪い。弓使いさんは足をかばっている。剣士さんの顔には汗が浮かんでいた。三人とも明らかに消耗していた。
「魔法使いさん、今日はもう魔力は使えないですよね? 弓使いさん、足怪我しているから回復しますね」
「あ、はい……」
私はそっと手をかざして、回復魔法を施す。
傷口はみるみるうちに閉じて元通りになった。私の回復術は、以前よりも少しだけ上達しているような気もするが、どうなんだろう。
「本当にありがとうございます。助かりました」
剣士が深々と頭を下げた。
「ところで⋯⋯ご存知でしたら伺いたいのですが、この近くに街はありますか?」
「ええ、ありますよ。フィリアという街です。この道を真っ直ぐ行けば着きます。あなた方はどちらから?」
「私たちは別の場所から、そのフィリアという街を目指して来たんです。だけど、道中、モンスターがどんどん強くなって⋯⋯」
「そうか、反対方向から来たんですね」
森の最深部を通ってきたのか。それは疲弊するはずだ。
「それならこの道をまっすぐ進めば大丈夫です。街も近いですよ。あ、モンスターが転がっているかもしれないけど⋯⋯」
「え?」
「なんでもないです。とにかく安全なので!」
「は、はい」
私は立ち上がり、杖を持ち直した。
夕暮れの光が、杖の先端に当たっていた。
青緑色だった石が、ゆっくりと青紫色に変わっていた。
「それじゃ、お互い気をつけましょうね」
踵を返す。
「あ、はい⋯⋯!」
うるうるとした目で三人が頷く様子を見た。
軽く別れの挨拶をすると、私は再び駆け出した。
どこからか、鳥が飛び去った。夕暮れの空へ、静かに羽ばたいていく。
去り際に、声が聞こえた気がした。
「⋯⋯ミネルヴァ様」
(ミネルヴァ様⋯⋯?)
走りながら少し考えた。
(なんだろう、神話の女神とかだっけ。それとも誰かと間違えてる?)
まあいいか。
そんなことより、まずはレベルアップが先だ。
◆◇◆
森を駆け巡り、街に戻ることにした。
ステータスを確認すると、とうとうレベル530になっていたからだ。思わず小さくガッツポーズをした。
森の中を走り回って少し迷いそうになったが、なんとかフィリアへ向かう道を見つけて歩いていた。
すると、遠くにあの三人の姿が見えた。
無事に道を歩いている。よく見ると、横たわるモンスターを空間魔法で回収していた。
(無事で良かった。あと、もろもろの回収させちゃってごめん。いや、ありがとうと言うのが正しいのかな)
フィリアの街の灯りが、夜の中に浮かび始めていた。




