第31話:厄介なファン
「えー、黒田さん。今後、素手での格闘は禁止です」
そう告げると、ベッドの横で、黒田さんがぽかんとした顔をする。
「え⋯⋯?」
「あれすっごく痛かったから」
「痛かった⋯⋯?」
「いや、言い間違えました。その、見ていて痛々しいので。それに怪我もして大変だったでしょ?」
「うーん⋯⋯そうか⋯⋯」
黒田さんは困ったように眉を寄せた。その顔が、思ったより元気そうで、少しだけ安心する。
隣のベッドで、ナギちゃんがこちらをじっと見ている。
「ああ、あなたも、魔法禁止ね」
「えっ、なんで僕まで?」
私はヴェリウスさんから聞いた話を、二人にかいつまんで説明した。
ナギちゃんの魔力が枯渇しかけていたこと。黒田さんの身体に負債が蓄積していたこと。それぞれに異なる処置が必要だったこと。
そして、原因は二人のスキルにあったということも。
「……なるほど。そういうことだったのか」
「うーん、僕は魔法が使えないとなると、何もできないですね⋯⋯」
黒田さんとナギちゃんは困った顔をしつつ、私の話に耳を傾ける。
「そこで、二人に提案があります」
私は姿勢を正した。
「ナギちゃん、魔法の出力、セーブして使うことできる?」
「うーん、意識したことないんですが、多分できないかもしれないです」
「え?」
「0か100みたいな感覚なんですよね、この身体だと。加減ができなくて」
「うーん、そうか」
しばらく考えた。
「それじゃ、やっぱり解決策見つかるまで魔法禁止ね」
「えええ」
「ダメだからね」
「はい」
ナギちゃんが渋々頷く。黒田さんがどこか他人事のような顔をしている。
「黒田さんもですよ?」
「分かってる」
「素手の戦闘禁止するので、何か違う手段を考えてください」
「分かった」
「あ、自分の能力以上の力を引き出そうとするのも厳禁ですよ」
「次からはやらない⋯⋯」
黒田さんがため息をついた。
それを見て、ナギちゃんはくすくす笑っている。
二人に説明し終えた後に、ふと、ヴェリウスさんのもとから旅立つ前のことを思い出す。
『ねえ、あなたは、いったい何者なの?』
あの時、私はヴェリウスさんにそう聞いた。
『何者でもない。⋯⋯二人を治せたときに、また来い。そのときに教えてやるさ』
あの人は、いったい何を知っているんだろう。
ただの魔導師じゃない。そんな気が、ずっとしていた。
「ちょっと外、見てくるね」
そう言い残して、診療所を出た。
朝の空気が、肺に染み込んでくる。
しばらくそのまま立っていた。
白いシーツの匂いと独特の空気から解放されて、ようやく自分が外にいることを実感する。
そういえば、私が二人にヴェリウスさんから教わった魔法をかけた後、そのままベッドに倒れ込んでいたらしい。二人に心配をかけてしまったかもしれない。
『代償を伴う』
そんな言葉がよぎった。
思わずステータスを確認する。
【レベル:463】
(あれ、レベルめっちゃ下がってる⋯⋯!)
たしか、レベル580とかだったような。
これがヴェリウスさんの言ってた「代償」ってやつ?
「ふぅ⋯⋯」
一息ついた。
(私、やっと徳を積むことができました。本当にありがとうございました)
ふふ、と思わず笑みがこぼれる。
まあ、これは推しへの課金みたいなもんだ。
何だかちょっとだけ、誇らしかった。
二人に心配をかけるのも嫌だし、一人でこっそりレベル上げに行くかな。
街の様子でも見てみようと、ゆっくり歩いていた。
すると、なにやら騒がしい。
遠くから、馬の蹄の音と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
音のする方へ歩いていくと、騎士たちが馬に乗り、行進していた。
全員が、独特のオーラをまとっていた。鍛え抜かれた者だけが持つ、静かな圧力とでも言うべきものが、集団全体から滲み出ていた。
「何かあったんですか?」
近くにいた男性に聞いてみる。
「ああ、知らないのか。新しい竜が出たらしいぞ」
「竜?」
「『火炎の竜』だってよ。渓谷の向こうの村だそうだ。隣国から騎士団に救援要請が来たらしい。村も燃えているとかって話だ」
(漆黒の竜は私たちが倒した。でも、この世界に竜は一匹だけじゃなかったのか⋯⋯)
人々が道の脇に集まり、出発を見送っている。
その先頭を進む騎士に、ふと目が止まった。
他の騎士たちも只者ではない。それは見ていれば分かった。
でもその男だけは、明らかに違った。
その騎士の目には、強い光が宿っていた。
行く先に何があるか分かっていて、それでも進む者の目だった。
騎士団がゆっくりと街を出ていく。
蹄の音が遠ざかっていく。
見送る人々の中で、私はその背中をずっと目で追っていた。
(誰一人、犠牲になりませんように⋯⋯)
静かに、そう思った。
戦いに赴く者たちの背中が、朝の光の中に消えていった。




