表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/35

第22話:たぶん距離感を間違えている少女

「……あなたは、私の『マリア様』です……」

 

 光の中でそう言った少女――ノエルの言葉が、まだ耳に残っていた。

 

 いや、待って。

 

「え、あの……今の『マリア様』っていうのは……そのどういう意味で……」

 

 私は恐る恐る、隣を歩く少女を見る。

 すると、きょとんとした顔をした後、にっこりと微笑んだ。

 

「はい。『河瀬(かわせ)真理亜(まりあ)』様のことですよ?」

「いや、あの、どういうこと⋯⋯?」

 

 フルネームで認知されてる。説明になっていない。いや、なっているのか。

 私には、もはや何がどうなっているのか分からない。


 そして次の瞬間。

 

 ぎゅっ。

 

「……え?」

 

 ノエルが、私の腕に抱きついてきた。

 修道服越しに伝わる体温。

 

「え、ちょ、え?」

「どうかされましたか?」

 

 さっきより距離が近い。明らかに近い。

 そして、無垢な顔で見上げてくる。

 その顔は、反則では?

 

「え、どうしたの……?」

「なんでもないですよ?」

 

 絶対、なんでもある。


「おーい、大丈夫か?」

 

 前を歩いていた黒田さんが振り返る。

 ナギちゃんも振り返り、柔らかく微笑む。

 

「すっかり仲良しさんですね」

 

 黒田さんも頷く。

 

「まるで本当の姉妹みたいだな」

「いやー、彼女と私は、容姿が違いすぎますよ」

 

 客観的事実として、思わず否定。


「ふふ」

 

 ノエルが小さく笑った。

 

(今の笑みは、いったい⋯⋯? )

 

 私は、前を歩く二人の背中を見つめる。

 ナギちゃん、黒田さん――ついさっきまで命を懸けて竜と戦っていたはずなのに、今は穏やかに言葉を交わしている。

 横顔が柔らかな光に包まれている、気がする。


 ああ……尊いなあ。

 

 『推し増し』したら、『箱推し』になりました。


 私は三人目のメンバーではなく、三人目のファン。それでも彼らは、こんな私を、リーダーだと言ってくれた。

 

 こんな嬉しいことはない、

 これはファンサなのか――いや、レスなのか。


 課金はできない。財布はチーム共通のものだから。でも、私にできることなら何でもしたい。少しでも彼らに貢献したい。

 

 そんなことを思った、その時だった。

 

 ……あれ?

 

 二人の背中が、遠ざかっていく。

 ゆっくりと。静かに離れていく。

 

(これが、推しとの適切な距離ってこと……?)

 

 これは、いつか見た「悪い夢」の続き?

 遠ざかっていく、推しの背中。

 思わず、彼らに向かって手を伸ばす。

 しかし、無情にも遠ざかっていくばかり。

 

「あれ……?」

 

 腕と身体は、ノエルによってしっかり拘束されていた。その結果、私たちの歩く速度は明らかに遅い。

 

 前の二人が私たちの方を振り返る。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

 黒田さんが声をかける。

 

「うん! 大丈夫! 気にせず進んで!」

 

 反射的に答える。

 私は、腕を抱きしめるノエルの様子を確認する。

 

「あの、体調とかは大丈夫? ゆっくり歩こうか?」

 

 ノエルは首を横に振った。

 

「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。私はただ、マリア様と少しでも長くご一緒していたいだけですので。どうぞご安心ください」


(はて、安心とは⋯⋯?)

 

「あ、マリア様、私のことは、ノエルって呼んでください。⋯⋯ノエルって、呼んでください」

 

(復唱した⋯⋯これは、呼べと言っている気がする……!)

 

 距離感が近い、近すぎる。

 あなた、今日が初対面だよね⋯⋯!?

 

「は、はは……ノエルね。よろしくね」

「はい、マリア様」

 

 ……よく見ると可愛い。

 透き通った金髪。整った顔立ちに、きめ細やかな肌。


 いや、ダメダメ。そういうのはなし。

 私は怖い思いをした少女を、送り届けるだけ。

 なんだかペースを乱されている。話題を変えよう。

 

「そういえばさ、ノエルは、どこから来たの?」

「『フィリア』という場所からです」


 そういえば、この世界の土地とか、町の名前とか全然覚えてないや。


「へえ。その場所は近いの?」

「ここからは、まだまだ距離があります。この渓谷には近くの村まで、その、知り合いに送ってもらいました。今も、私を待っているはずです」

「そうなんだ。じゃあ、その村まで一緒だね」

「はい!」

 

 ぎゅっ。

 

 さっきよりも強く、腕に抱きついてくる。

 

(すごいな……距離感の詰め方⋯⋯)

 

「私、なんだかマリア様といると、心が安らぎます」

「はは……そうなんだー、へえー」

 

 ああ、今度は精神的距離を詰めてきた。

 この子、将来、人たらしになる⋯⋯。

 恐ろしい子!

 

 でも、悪い気はしない。むしろ、ちょっと嬉しいかも。

 

(まさか、この子にとっての推しが、私……的な?)

 

 いやいやいや。それは違う。たぶん違う。

 ……違うよね?

 

「どうかしました?」

「ううん、なんでもないよ!」


(なんでもあるけど!)

 

 そうして、そのまま私たちは歩き続けた。

 

 やがて、遠くに小さな村が見えてきた。

 煙突から煙が上がっている。人の気配。

 

 村の入口には、身なりの良い、一人の初老の男性が立っていた。

 こちらに気づき、目を見開く。

 

「ノエル様!」

 

 男は駆け寄ってきた。

 ノエルは少しだけ名残惜しそうに、私の腕を離した。

 

「ご心配をおかけしました」

「本当に……よくぞご無事で……」

 

 それから、私たちを見る。

 

「あなた方は……?」


 男性が問いかけた。


「たまたま通りかかっただけです」

 

 私はそう言うと、男性は私たちに深々と頭を下げた。


 ノエルは、男性が用意していた馬車で帰るとのことだった。

 馬車に乗り込む直前、彼女は柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとうございました。マリア様、皆さまも」

「気をつけてね」


 少しの間を空けて、彼女は言い放った。

 

「マリア様、またどこかで」

 

 去っていく馬車の後ろ窓から、彼女が私たちを見つめる


 その姿が見えなくなるまで、私はただ立ち尽くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ