第2話:なんかやな奴と、ネーミング適当マン
石造りの部屋――屋敷のような場所で、私は頭の中で状況を整理していた。
(これ、夢にしてはリアルだな⋯⋯)
どうやらこれ、夢じゃないみたい。頬をつねったら普通に痛かったし。
目の前には、退屈そうな痩身な男に、さっき私に声をかけてきた中性的な青年。もう一人は、ガッシリとした体格の男性だ。
最初に声をかけた男性が、自己紹介する。
「……あ、僕、中村凪って言います。一応、舞台俳優やってました。あんまり売れてなかったんですけどね」
青年――中村さんは、中性的で整った顔立ちをしていた。身長は私と同じくらいで、男性の方では小柄かな。舞台俳優ってのも何となく分かる気がする。
「俺は黒田隼人。整体師をやってました。……それにしても、ここ、本当に異世界なのか?」
黒田さんは、大柄で落ち着いた雰囲気だが、私と同様に事態を飲み込めていない。
なるほど、夢じゃなくて、異世界の可能性があったか。
彼らに続けて私も自己紹介する。
そんな私たちに対し、怪しげな男は面倒そうに口を開いた。
「魔王を倒せとか、世界を救えなんて言うつもりはない。ここにはそんなものはない。お前たちを呼んだのは、私のただの魔術の練習だ。元の世界に戻す方法は、今のところない。これからは好きにするんだな」
あまりに投げやりな説明。どうやらこの世界は、物語のような劇的な宿命もなく、淡々と日常が流れているらしい。この人は魔道士って奴かな。
でも、ちょっと無責任すぎない?
「ほら、これは餞別だ。受け取れ」
魔道士らしき男は、ジャラリと音を立てて数枚の銅貨を床に投げ出した。拾えと言わんばかりの態度。
……なんかやな奴。
まさか、お金を床に放り投げるのがこの世界の常識なのかしら?と内心で毒づきながら、銅貨を拾う。
「この建物を出て少し歩けば『ギルド』の登録所がある。ギルドでの依頼をこなせば、最低限の食い扶持くらいにはなるだろう。……せいぜい、死なない程度に生きるんだな」
最後に「自分の能力を確認する方法」を教えられ、私たちは部屋を追い出された。
外に出た途端、それまで不安げだった男二人の空気が一変した。
「すごいですよ! ステータスとかスキルとか、本当にゲームみたいだ!」
「ああ、整体師の腕がスキルになるなんてな。これならこの世界でもやっていけそうだ」
……この人たち、意外とやる気満々だ。
現実逃避なのか、あるいは男のロマンなのか。
私一人が取り残されたような冷めた気分で、とりあえず、あの男に教わった方法で、自分のステータスを頭の中で念じて表示させる。
名前:カワセ (26歳・冒険者・元看護師)
レベル:1
特殊スキル:レーザー
(……レーザー。そのまんまだ。でも、使い方がイマイチ分からないなあ。レーザー出すなら、やっぱり脱毛機器の『ハンドピース』が欲しいところだけど、この世界にはないよね⋯⋯)
脱毛の施術ではハンドピース、つまり、肌に照射する先端部分のパーツが必須だ。それがないと、私の中で、レーザーを照射するイメージが湧かない。
そして、どうやら中村さんのスキルは、役になりきることで、力を得るものらしい。
黒田さんの方は、触れた相手の疲労や痛みを和らげる回復系の技みたい。
「年齢も出てるんですね。あ、僕は23歳です。黒田さんは35歳。で、河瀬さんは26歳と⋯⋯」
「キミは、女性に年齢聞いたりすることが失礼だって、今まで習わなかったのかい?」とジロリと睨む。
「でも、表示されちゃってますし、僕は年齢聞いてないですよ。ただ読み上げただけです」
「う⋯⋯」
(こいつ⋯⋯。この世界は年齢がバレちゃうから辛いねえ⋯⋯)
それにしても、二人はやる気に満ち溢れているようだ。私はまだ夢の中のような感覚で頭がふわふわしている。加えて、推しのぷよまるくんの死がショックで、どうも力が出ない。
一つ分かったことは、これは夢ではなさそうということだ。
二人の「早く行きましょう!」という勢いに押されるようにして、私たちは生活の基盤を整えるべく、ギルドの登録へと向かった。
◆◇◆
「ギルド登録ですね。お二人様以上で一緒に行動される場合は、パーティー名を登録してください」
受付の綺麗なお姉さんに言われ、私たちは顔を見合わせた。
パーティー名。まるでセンスを問われる儀式だ。
「あ、僕、良いのありますよ!」
中村さんが手を挙げた。
「昔やった舞台で、女性一人、男性二人のパーティーが『なんとかの翼』って名乗ってたんですよ。それ、どうですか?」
「なんとかの翼ってなんだよ。肝心の名前が抜けてるだろ」
黒田さんが即座にツッコむ。
なんかそういうのあるよね。私もおぼろげな記憶を辿るが、思い出せない。
すると、中村さんがポンと手を打った。
「あ! さっきのおじさんが『ダリオス』って名前だったので、組み合わせて『ダリオスの翼』とか!」
(……ええ。適当なネーミング。私はちゃんと名前を考えたいタイプだけど、正直今は早く登録を済ませたいし、みんなの意見に従おうかな)
「中村、人の名前を勝手につけたらダメなんじゃないか。常識的に考えて」
「ええ、なんか響きが良いかなーと思って。じゃあ黒田さん、対案出してくださいよ」
「うーん、それはもう『チーム中村・河瀬・黒田』でいいんじゃないか?」
「いや、こういうのでメンバーの苗字つける奴いないですよー。ダサいですって」
(……うん、それは分かる。適当マンの言う通り。ただ文句を言うほどの代替案はないから、私も今回は賛同しとく)
「……一旦、それでいいんじゃない。それで。気に入らなければ後で変えるとかさ」
私がそう言うと、受付のお姉さんが「ではこちらに」と書面を差し出してきた。
私は、細かい文字が大量に並んでいると、脳がシャットダウンする人間だ。こういう規約の長い文章は正直読めない⋯⋯。
「注意事項をお読みいただき、よろしければ提出してください」
黒田さんが真面目に読み込もうとしている横で、中村さんが「まあ、大丈夫ですよ」とさっさとペンを走らせて提出した。
その瞬間、黒田さんが何かに気づき「あっ」と声を上げた。
「承りました。なお、注意事項にもありますように、一度提出した名前は、いかなる理由があっても変更できませんのでご了承ください」
受付のお姉さんが満面の笑みで告げる。
「…………え?」
「注意事項……」と呟く黒田さん。
「あ……」と声を漏らす適当マン。
「変更は……?」
「できません」とニコリと微笑む女性。
(……ですよね)
私たちは無言で、発行されたカードを見つめた。
そこには輝かしく、こう記されている。
パーティー名:『ダリオスの翼』。
「まあ、行きましょ! 大事なのは名前より中身ですよ!」
と、中身がないように見える人が何か言っている。
「そういえば、あいつの名前、いつ聞いたんだ? 俺は聞いた覚えないぞ」
「あ、二人が眠っている時ですよ。『あなたの名前は?』って聞いたら、『バリオスだ』って答えたんで」
「おい、バリオスって……。さっき登録した『ダリオス』とも違うけど、大丈夫か?」
「あれえ? 『アディオス』だったかな?」
「それは別れの挨拶だ!」
黒田さんのツッコミが、虚しく響く。
「じゃあ、アディダ⋯⋯」
「もういい!」
こうして、適当マンに、ツッコミマン。利用規約読めないマンたちの、前途多難な旅が始まった。




