第19話:死線の盟友
「……行こう」
私の唇からこぼれたのは、自分でも驚くほど冷たく、研ぎ澄まされた声だった。
視界が、まるで高性能カメラのレンズを絞り込んだかのように鮮明になっていることに気付く。
恐怖が消えたわけじゃない。その恐怖が脳の処理速度を、極限まで押し上げた。
私は手に持った杖を、思わず強く握り直した。
そのときだった。
背後にいた黒田さんが、私とナギちゃんに向かって大きく手をかざした。
直後、淡く温かい光が私の身体に染み込んでいくのを感じた。整体師としての彼が、私たちの骨格、筋肉、神経の伝達速度を「完璧なもの」としたことを理解した。
脊髄を電流が走るような感覚と共に、身体の軸が、一本の鋼鉄になったかのように安定する。
「これは身体能力を一時的に高めるものだ。念のための処置だと思ってくれ。河瀬さん、後は任せたぞ」
短い説明。だが、それで十分だった。
私が決める。レーザーで仕留めればそれで良い。
ナギちゃんとも視線を交わし、同時に頷く。
もう、迷う時間は終わった。
「黒田さん、あいつの注意を引きつけて! 」
「ああ!」
「ナギちゃんは、魔法で視界のかく乱を!」
「え、ああ、はい!」
指示を飛ばすと同時に、私は杖を構えた。
狙うは、漆黒の巨体の中心。
(熱破壊式の、レーザーショット!)
カッ、と視界が真っ白に弾けた。
杖の先端の宝石が、太陽を凝縮したような閃光を放ち、一筋の光が竜の胸部へと突き刺さる。
爆ぜる空気。震える岩盤。
これまでいかなる攻撃も受け付けなかったであろう巨体が、初めて明確によろめいた。
(効いてる……!)
炭化し、赤熱した鱗から、焦げたような臭いが風に混じる。
だが、竜は倒れない。
おそらく、光を吸収する漆黒の鱗が盾となって、ダメージを分散、吸収しているんだ。
(即死とはいかないか……なら、少しずつでも削っていくしかない⋯⋯)
「もう一発⋯⋯」
次弾の照準を合わせた瞬間、竜が咆哮を上げた。
大地を砕く突進。世界が揺れる。
(まずい、回避しないと⋯⋯!)
地面を蹴り出す。
すると、私の身体は、空を舞っていた。
軽い。信じられないほど、身体が軽い。
黒田さんの「調整」が、理解を置き去りにしてしまうほど、私の運動能力を限界まで高めていたのだ。
竜の巨大な爪が、さっきまで私がいた空間を無慈悲に薙ぎ払う。
紙一重。
だが、私は着地と同時に叫んでいた。
「ナギちゃん、黒田さんのサポートを! 氷で竜の顔面を狙って!」
「了解です!」
ナギちゃんが杖を振りかざし、竜の顔面に氷の結晶を張り付かせる。竜が一瞬視界を失い、バランスを崩す。
間髪を入れず、黒田さんが地を蹴った。
彼は背中の大剣を抜き放ち、竜の胴体に飛び乗りその体に向かって切りつける。
だが――
ガキンッ!
火花が飛び散るが、剣の刃は漆黒の鱗に弾かれた。
「チッ!」
黒田さんは即座に判断し、剣を崖下へ投げ捨てた。代わりに彼が構えたのは、両拳に嵌めた武骨な鉄塊――ナックルダスター。
「図鑑にこいつは載ってなかったが、きっと弱点があるはず! 頭と胴体を支える首筋に叩き込むぞ!」
そう告げると、黒田さんは竜の体を駆け上がり、至近距離から拳を振り抜いた。
ガンッ!と、鈍い金属音が響き、竜の巨頭がわずかに揺れた。竜の動きが一瞬だけ停止した。
「今よ、ナギちゃん!」
「燃えろ!」
氷で冷やされた竜の顔面に、極大の火球が炸裂する。
そして私は、今度は蓄熱式レーザーで、内側へ熱を与えていく。
急激な温度変化。膨張と収縮。
強固な鱗が、目に見えてピキピキと悲鳴を上げ始めた。
「ヒットアンドアウェイで行きましょう! 深追い禁止! 一撃入れて、即離脱で!」
「ああ!」
「了解!」
私たちは戦場を舞った。
ナギちゃんの魔法によって、竜が注意を逸らした隙に、黒田さんが局所への物理的な打撃を入れる。そして私がレーザーでダメージを与える。
もしくは、凍結魔法の直後に、高温のレーザーをぶつけることによって、急激な温度差による破壊をもたらす。
この作戦は、熱破壊式と蓄熱式2つのレーザーによるコンビネーションだった。
熱破壊式の一点攻撃が「アッパー」だとすると、蓄熱式の光は、対象の温度を逃さず高める「ボディーブロー」そのものだ。
だが、戦況は芳しくない。
間違いなくダメージは与えているものの、竜の体力は底なしに思えるほどだった。
それどころか、竜の怒りが増し、周辺の足場も崩れ始め、私たちは苦境の中にいた。
そのときだ。
私の視界の端に岩陰で震えるシスターが映った。
そして、目に飛び込む白が、脳裏を貫く景色となった。
病室の静寂。
モニターの波形。
私はそれらを振り払い、叫ぶ。
「黒田さん、ナギちゃん! 注意を引きつけてほしい! 30秒だけ! あの子を助ける時間が欲しい!」
「任せろ! 死ぬ気で奴のヘイトを買ってやる!」
「姐さん、任せてください!」
ナギちゃんが魔力を込めた一撃を放ち、咆哮する竜の体の上で、黒田さんが拳を振るう。
そして私は、地面を蹴り出していた。
『パーフェクト・アライメント』で強化された脚力が、私を少女のいる場所まで一直線へ運ぶ。
「動ける?」
震える瞳。それでも彼女は必死に頷いた。
「いったんここを離れるよ。私につかまっててね」
抱き上げた彼女は、羽根のような軽さだった。自分自身の力を制御しきれるのか、かえって不安になるほどだった。
そして同時に、彼女の震えが痛いほど伝わってきた。
背後で巨大な岩が砕ける轟音が響く。
まずい、急がないと。
私は彼女を抱きかかえながら、最下層の洞窟へと彼女を滑り込ませた。
「ここなら、なんとか耐えられる。絶対に、終わるまで出ないでね」
少女が息を呑んで頷くのを確認し、私は再び顔を上げた。
この場所は、あくまで一時しのぎ。
私たちがあの竜を討伐しなければ、彼女に未来はない。
私は再び、崖道を駆け登った。
角度の急な崖道さえ、生まれてから経験したことのないほどの速度で、駆け抜けることができた。
戦場に戻ると、二人の疲弊は色濃いことが分かった。黒田さんの肩は大きく上下し、ナギちゃんの顔は酷く強張っていた。
「ありがとう! 二人とも!」
私は杖を掲げ、これまで「蓄熱式」を交えたレーザーで、内部に熱を溜め込んできた竜の首筋を見据えた。
「内部の熱は限界に来ているはず! ナギちゃん、黒田さん、行きましょう!」
「了解!」
「ああ!」
やることは決まっていた。
ナギちゃんの凍結魔法が竜の喉を凍てつかせ、その直後、私の「熱破壊式レーザー」が同じ一点を貫いた。
そして、凄まじい硬度を誇った漆黒の鱗が、熱衝撃に耐えきれず、とうとう粉々に砕け散った。
その肉が外部に剥き出しになり、竜が雄叫びを上げる。
黒田さんが竜の体に飛び乗ると、今度は無慈悲なナックルが、その頸部に連射される。
「うおおおおおおお!」
黒田さんの咆哮。
彼は竜の頸部に最後の一撃を叩き込むと、のめり込むその巨頭を強引に踏みつけるようにして、反動で後方へ跳んだ。
「今だ、リーダー!」
私は地を蹴る。跳躍する身体。
空中。重力から解放されたような一瞬。
踏みつけられた竜が、苦し紛れに顎を跳ね上げ、黒田さんに再度襲いかかろうとする。
その瞬間、無防備な喉が、私の射線へと強制的に曝け出された。私は杖を、竜の剥き出しとなったそれへと向ける。
先端の宝石が、これまでで一番の輝きを放つ。
私は強く目を見開き、ただその一点を見据え、撃った。




