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第17話:DIYの天使と、浅い女

「ダリオスの翼さーん、お待たせしました」


 ギルドの係に案内され、キメラを差し出した私たちは、報酬の銀貨50枚を手にしていた。呼びかけにも慣れてきた。


「河瀬さん、やったな!」

「ええ!」


 黒田さんが私を労う。


 それよりも私は⋯⋯。

 柱の影で震えていた「予言者おじいさん」にムカついていた。

 

 正直、やりすぎたことは自覚している。


 けれど、あの「死ぬぞ」という言葉は、私の情緒を逆撫でした。百歩譲って、私はいい。

 だけど、「推し」への呪いの言葉には、我慢ならなかったのだ。


 周囲の冒険者たちがざわついていた。「あんなお嬢ちゃんたちがキメラを……」「『ダリオスの翼』って聞いたことあるか?」とヒソヒソ囁いているのが聞こえる。


 私はため息を飲み込み、中村さんと黒田さんに合図を送った。


「必要なものを買ったら、行きましょう」


◆◇◆


 私たちは報酬の銀貨を握りしめ、装備の補充と食料品の買い出しに走った。


 空間魔法があるおかげで、荷物の重さを気にしなくていいのは本当に助かる。保存食に諸々の装備。

 そしてあの美少女は、何やらDIYにでも使えそうな道具なんかも物色していた。何を探してるんだろ。


(DIY界隈にもしあの子がやってきたら、放っておかないだろうねぇ⋯⋯)


 そんな下らないことに思いを馳せる。


 そして、買い物を終えた私たちは、いよいよこの町を後にした。


 目指すは、漆黒の竜(ブラック・ドラゴン)がいるという渓谷。

 以前購入した地図によると、そこへ行くには、以前よりもさらに険しく、深い森を抜ける必要があるようだ。


「ねえさん、大丈夫⋯⋯?」


 前を歩く中村さんが、銀髪をふわリと揺らして振り返った。


(今あなたが言った『ねえさん』は、こっちの『姐さん』かい? それともこっちの『姉さん』かい? うん。きっと、こっちの『姐さん』だねぇ⋯⋯)


「……大丈夫だよ。ごめんね、ちょっとあのおじいさんにムカついちゃって。大人げなかったよね」

「いえ、嬉しかったです。姐さんが僕たちのために怒ってくれたみたいで。……まあ、あのおじいさんの言い方はアレでしたけど、あの人なりに警告してくれたんだなと思ってます。そしたら、些細なことにイライラせずにすむかなって」


 そう言ってニコリと笑う彼……いや、少女。いやいや、中村さん。ややこしい。

 中村凪(なかむらなぎ)だから、「ナギちゃん」と呼ぶことにしよう。


 それにしても、ナギちゃんの笑顔は眩しかった。私は思わず下を向いて、視線を逸らした。


(うう、心まで天使⋯⋯!いや、違う。心が天使だから天使なんだ。天使は天使ゆえに、全て天使!)


 私は「天使理論」の提唱者になれるかもと思ったが、伝える相手がいなかったので、理論は日の目を見ることなく諦めた。

 

 気づけば、前方を行く二人の背中が豆粒のように小さくなっている。


「おい、河瀬さん! どうしたんだ?」


 黒田さんが足を止めて叫んだ。


 考えごとをしていたら、そして推しと適切な距離を保とうとしたら、いつの間にか2人と距離が離れていたようだ。


「いかんいかん……」


 慌てて駆け寄ろうとするが、近づくほどに心拍数が上がり、ナギちゃんの発するオーラに、身体が減速させられる。近づけない⋯⋯!

 物陰一つない街道なのに、尾行をしている不審者みたいになってきた。


「なんか姐さん、今日はずっと、距離遠くないですか?」


 ナギちゃんが不安そうに小首を傾げる。

 上目遣い。睫毛が長い。肌が透き通っている。


「……ううん、中村さんは何も悪くないよ。これは、その、私の中の問題だから気にしないで……」

「……河瀬さんも、まあ、あの変なじいさんに絡まれたり、キメラとの戦いもあったし、色々あるんだろ」


 黒田さんのフォローに助けられ、私たちは並んで歩き出す。


 それにしても、と私は思う。


 なぜ黒田さんは、こんなにも至近距離に、ナギちゃん――美少女髪サラサラ可憐さと儚さが同居しつつも同時に内に秘めたる強さも感じさせられる睫毛の長い魔法使い美少女――を置いて、平然としていられるのだろうか。


 男なら、胸のときめきとか、淡い恋心とか、そういうのはないのかね。


(これだから男は……。やれやれ⋯⋯)


(いや、待てよ。そういう私はどうなんだ⋯⋯? ビジュの良さだけで『最推し』なんて言ってる私も大概じゃないのか。いや、むしろ浅いのは、私の方なのでは⋯⋯?)


 中村さんは、魔法の精度を上げるために、自分のアイデンティティを捨ててまでこの姿を維持している。役者としての魂を削って、この領域まで辿り着いたと言ってもいい。


 それに対して、私はどうだ。まるで外見至上主義で、容姿だけを見て、推しだとか、何とか言ってるだけのダメな人間に、急に思えてきた。

 見た目の良さだけで心が揺れる人間だったのか、私は。


 私がうーんうーんと唸っていると、二人の会話が風に乗って聞こえてきた。


「中村、お前、なんでその姿が『一番しっくりくる』んだ? 魔法使いのイメージなら、もっとこう、ローブを着た男とかでも良かっただろ? あの魔導師のおじさんのようにさ⋯⋯」

「うーん。僕も最初はそう思ったんですけど……」


 ナギちゃんは考えながら、言葉を選んで言う。


「こう、魔法って、精神を研ぎ澄ませて、無から有を作り出すわけじゃないですか。きっと凄い魔法使いは、心のわだかまりとか、余計な考えとかを全て排除して、ただ澄み切っているような、そんな精神のイメージなんですよね」


 中村さんの声が、少し真剣なトーンに変わる。


「そう考えたら、真っ先に浮かんだのが『仙人』みたいな人だったんです。でも流石にそれは、僕なんかじゃ演じるのは無理だって思って。そしてまた考えて、次に浮かんだのが『純粋な心を持つ女の子』だったんです。余計な欲望も、擦れた考えもない、ただ魔法という奇跡を真っ直ぐに信じられる存在。そう思って鏡の前に立って、その女の子のことをずっと考えてました。どんな生き方をしてきたんだろうって。そうしていたら、自然と今の姿になっていました」

「……お前、やっぱり役者なんだな⋯⋯。感心した、ちょっとだけ」

「 前からそう言ってるじゃないですかー! しかも、ちょっとだけって何ですかー!」


 私は、彼女の語尾伸ばしに悶絶しつつ、同時に、役作りに対する姿勢に対して、心から称賛した。


 ここまでの道中も、どうしたらもっと魔法を上手く使えるようになれるか、きっとそんなことを考えていたに違いない。

 ヴェリウスさんとの特訓の日々でも、課される課題に真っ直ぐに向き合っていた。諦めずに取り組んでいた。物覚えが良かったのはきっとセンスだけじゃない。そのことを、私も理解していた。


 ひたむきな姿勢か⋯⋯。私にはそんな経験、一度もなかったのかもしれない。

 

 あっ。

 

 看護師、目指してたときかな⋯⋯。


 そんなことを考えていると、いよいよ、大きな森が、目の前に迫ってきた。


 その時だった。


「――あの時の連中だ!」


 森の茂みが激しく揺れ、赤い服を纏った男と、数十人の手下たちが飛び出してきた。


「ええ、兄貴! こいつらです! 俺たちをあの時、むちゃくちゃにやった連中は!」


 声の主には聞き覚えがあった。

 確か森の中で、私たちと他の人たちを、カツアゲしようとしてきた盗賊団の連中だ。仲間がいたか。もう悪さするなよって念押ししたのに。


「お前ら、女2人と、この男にやられたのか? 情けねえな」

「あれ、女2人だっけかな⋯⋯」

「どっちでもいい! だが、こちとら対策は済んでるんだよ」


 赤い服のリーダーが、鼻で笑いながら巨大な盾を構えた。もう片方の手には、太い鎖で繋がれた棘だらけの鉄球を振り回していた。


「この盾を用意するのに、どれだけの金を積んだと思ってやがる。……おい、そこの女! お前の技はもう分かってる。覚悟しろよ?」


 私がため息をつき、指先でレーザーを放とうとした、その時。


「姐さん。ここは、僕にやらせてください⋯⋯」


 中村さんが、一歩前に出た。


 いつもの優しい美少女の、纏う空気ではない。

 どこか冷たく、それでいて静かに燃えるような、圧倒的なオーラ。


「姐さんに守られてるだけじゃ、パーティーの一員として失格ですから」


 彼女は肩に背負っていた杖を、流れるような動作で握りしめた。


「ハッ! 何ができる、小娘に――」


 瞬間。


 私たちの周囲、男たちの足元から、巨大な氷の柱が弾丸のような速度で突き出した。


「な、なんだぁぁぁ!? あああっ!」


 男たちは悲鳴を上げる暇もなく、首から上だけを残して、分厚い氷の檻に閉じ込められた。


 早い。


 一瞬の予備動作もない。

 ただそこにあるのが当然だ、と言わんばかりの純粋な魔法。


「……燃えろ」


 いつもは高く澄んでいる声が、今は地這うような低い声。


 直後、氷に閉じ込められた男たちの周囲で、爆発的な炎が巻き起こった。


 急激な冷却と加熱。リーダーの男が構えていた「反射の盾」とやらも、魔法そのものを防ぐ前に、周囲の温度変化による衝撃で弾き飛ばされた。


「ひ、ひぎいぃっ! 熱いっ、冷たいっ、痛いいぃ!」


 そう言うと、男たちは揃いも揃って全員気絶してしまった。


「大丈夫。生きてますよ。ちゃんと、死なない程度に加減しましたから」


 中村さんは、冷徹なまでの美しさを湛えて言い放った。そして、空中に生じた異次元空間から何やら取り出し始めた。


「あ、これあの街で縄をたくさん買っておいたんです。使えそうかなって。あとで彼らを縛って、街道に放置しておきましょう。誰かが通りかかるまで」


 ふわりと微笑む、ナギちゃん。いや、もはやナギさん。

 その姿は先ほどまで語っていた、澄み切った心を持つ、純粋な魔法使いそのものだった。

 

「中村さん、すごい⋯⋯」

「あっ姐さん! 僕、役に立てましたか?」

「うん、すごかったよ。ありがとう」

「……中村、お前。凄かったぞ。すごい魔法だった。その、姿は、アレだが⋯⋯」

「アレってなんですか? 素直に褒めてくださいよー」


(やべーな、こいつ⋯⋯。お仕置きDIY系、褒められたがり少女と来たか⋯⋯)


 そんな胸の高まりは一旦置いておいて。


 あの少女――中村さんが、私の「最推し」になったのは、容姿が好みだったからだけじゃない。


 誰も見ていないところで努力を積み重ね、理想の自分を作り上げ、そして仲間を守るためにその力を振るう。その「生き様」に、私は惹かれたのだ。

 

 私のもう一人の推し、ぷよまるくんも、ただのハムスターだから、好きだったわけじゃない。他にもそんなマスコットは沢山いた。

 苦しくても、真っ直ぐにひたむきで、健気に生きる姿が大好きだったからだ。めげずに立ち上がる姿勢に、応援したくなる姿があったからだ。

 

 中村さんにも、魔法使いとなった少女の姿を通じて、きっと同じような光を感じたのかもしれない。


 縄で縛っていくナギちゃんを見つめていた。

 

(あ⋯⋯。これはDIYではなく、ただの緊縛だわ⋯⋯)


 私は、DIY界隈の皆さんに、心の中で謝罪した。


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