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第16話:限界の女

 目を覚ますと、髪が枕いっぱいに広がっていた。


 美少女が私を覗き込んでいる。

 距離が近い。というか、睫毛まつげの本数まで数えられそうなほど、近すぎる。


「おはようございます、姉さん」

「え、あの、どうして!?」

(待って近い、綺麗な目、朝から情報量が多い⋯⋯!)


「どうしてって、一緒に寝る約束でしたよね」

「してない! してないから! 私、そんな約束した覚え、全くないから!」


 慌てふためく私の反応を見て、彼女は「ふふっ」と悪戯っぽく笑う。


(うう、教えてください、私はどこに課金したらいいですか?)


「いつもありがとうございます」


 そう言って、細い腕でぎゅっと抱きつかれ、私の思考は停止。いや、かろうじて動いていた。


(一体どうなってるんだろう⋯⋯これは⋯⋯)


「それじゃ行きましょうか」

「どこに?」

「遊園地です」

「え?」


 そして彼女に手を引かれて歩き出す。色と光に満ちた遊園地。入口には等身大のジャンガリアンハムスター『ぷよまるくん』が立っている。短い手をご機嫌に振っていた。


 隣で微笑む彼女と、ぷよまるくんを見比べた瞬間、胸の奥で理解してしまう。


(……分かった。彼女は私の『最推し』になったんだ⋯⋯)


 私たちは、メリーゴーランドに乗る。

 周囲には、彼女とぷよまるくんしかいない。


「好きだな⋯⋯」


 白馬に揺られながら、彼女がぽつりと、独り言のように言った。


「私も好きです」(嘘じゃないです)

「え?」

「え?」


(あ、間違えた⋯⋯)


 回転が止まり、地面に降りると、彼女は少し困ったように、けれど愛おしそうに笑った。


「ごめんなさい、もう行かなきゃ」

「え?」


 彼女は、園内のゴーカートに乗り込み、等身大ぷよまるくんと一緒に、ぐんぐん遠ざかっていく。


「待って! 置いてかないで、私も一緒に……!」


 伸ばした手の先。でも届かない。ため息。


 突如、背中に気配を感じる。


 振り返った瞬間、視界が真っ黒に染まった。

 巨大な黒い竜が、すぐそこまで口を開けて迫っていた。


「うああ!」


 私はベッドから跳ね起きて、床に落ちた。頬には涙の跡。

 支離滅裂な展開なのに、ところどころ生々しくて後味が悪い夢だった。腕の中には何もないのに、あの少女の温もりだけが、妙にリアルだった。


(なんだったんだ、今のは……)


 深呼吸して、身支度を整えた。

 昨夜約束していた時間になって外へ出ると、美少女姿の中村さんと、黒田さんが待っていた。


「おはようございます、姉さん!」


 美少女の笑顔に、ドキリとする。


(落ち着け私。夢じゃない。こっちは現実)


 夢の記憶が鮮明によみがえり、得も言われぬ罪悪感が胸を刺す。


(あの夢、なんだっただろう。ああ、夢占いのサイトとかで調べたい。前は全然興味なかったんだけどなあ⋯⋯)


 遊園地で推しからデートに誘われたのに、推しはゴーカートに乗ってどこかへ行ってしまいました。そして、残された私は、竜に食べられてしまいました。

 これは何を暗示しているのでしょうか。


「どうした?」


 黒田さんに覗き込まれ、慌てて首を振る。


「なんでもないです。行きましょう」


(昨日から私、何か変かも⋯⋯)


 街のギルドは、朝から活気に溢れていた。依頼の掲示板の前には人だかりができている。


「これ、『キメラ』の討伐クエストだってさ。山岳地帯での目撃情報。報酬は銀貨50枚。破格だな」


 黒田さんが掲示板を指差す。私たちが相談していると、不意に背後に冷たい空気を感じた。

 見れば、建物の太い柱にもたれかかる一人の老人がいた。


「行くのか、キメラのところへ」


 低い、地這うような声に、私たちは足を止める。老人はゆっくりと、そして、聞いてもいないのに呪いのような言葉を紡ぎ始めた。


「キメラ。あれは、我々とは違う世界の存在。ライオンの頭、ヤギの胴体、そして尻尾には毒蛇。獅子の剛腕は紙のように肉体を引き裂き、山羊の双角は岩すらも貫く。尾の蛇は魂まで腐らせる毒を撒く。……いいか若造ども、あれは単なる魔獣ではない。地獄の番人だ」


 老人はふっと自嘲気味に笑い、震える指先で掲示板を指した。


「前回キメラが現れたときのことだ。腕に覚えのあるパーティーが挑み、そして戻って来なかった。実力者として名を馳せていた者たちですら、このざまだ。それに比べて⋯⋯お前らの姿はなんだ。冒険者とは思えない華美な服を纏い、お遊びのような顔をしおって。無知とは、なんと罪深いことだ。お前たちが今、好奇心で踏み出そうとしているその一歩は、いわば奈落への入り口だな」


 ギルドの中が、老人の迫力に圧されて静まり返る。

 老人は最後にカッと目を見開き、私だけを真っ直ぐに指差した。


「そこの女。さっきから、うつつを抜かしおって。お前が一番、理解していないようだ。……お前、死ぬぞ。そこの女も一緒にな」


(え、私? 何も言ってないのに、悪口言われた! この感情はなんだ、電車で知らないおじさんに訳もなくいきなり怒鳴られた感じ。ただでさえ、こっちは嫌な夢見て、イライラしてるってのに! それに、言ってはならないことも⋯⋯)


「はは⋯⋯。おじいさん、貴重なアドバイス、ありがとうございます」


 私は微笑みを浮かべ、2人に目配せして、そのまま踵を返した。


◆◇◆


 数時間後。


「すみませーん! キメラ、討伐しましたー!」


 ギルドの扉を勢いよく開け放ち、私は一直線に受付へと進み出た。


 周囲が静まり返る。

 空間魔法で、キメラの頭を取り出しチラ見せ。


 私は淡々と告げながら、スッと視線をスライドさせた。そこには、柱の陰で震えている「予言者おじいさん」がいた。


「馬鹿な……。そんなはずは⋯⋯」


 老人の呟きを、私は聞き逃さない。


 私は受付に背を向け、おじいさんに向かって優雅に、かつ威圧感たっぷりに歩み寄った。そして、微笑を浮かべて言い放つ。


「おじいさん。先ほどはご忠告、どうもありがとうございました」

「うぅ……!」


 老人が、蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。

 その背後で、中村さんがおずおずと私の袖を引いた。


「あ、あの……姐さん。もしかして、なんか物凄く怒ってます……? キメラ探して見つけた瞬間、レーザー使って一撃でやっつけてましたし⋯⋯」

「ああ、うん⋯⋯」


 銀髪を揺らして、不安げに見つめる中村さん。

 私が生返事していると、黒田さんが深くため息をつきながら肩をすくめ、中村さんに言う。


「ああ。あのじいさんに『死ぬぞ』なんて縁起でもないこと言われたのを、相当根に持ってるような気がする。しかも今日は、何かイライラしてるな」

「あ、そうだったんですね⋯⋯。そういえば、せっかく準備しましたけど、僕らの出番、なかったですね⋯⋯」

「ああ、そうだな⋯⋯」


 2人で何か言っているが、今はどうでもいい。

 いや、どうでも良くなかった。あの子は私が守るんだ。


 私は最後に、もう一度だけおじいさんを、ギロリと睨みつけた。


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