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第15話:戻れない女

 コテージの中には、まださっきの絶叫の余韻が残っていた。


 私はというと、今も頭はぼーっとしてるけど、少しだけ落ち着いてきた。

 私は女子校出身だったし、これまでの職場も女性多かったから、別に女の子が好きじゃないはずなのに、この気持ちはなんだろう。


 テーブルを挟んで座る、私たち三人の間に流れる沈黙は、やけに重い。


 少女の姿になった中村さんは、両手を膝の上でぎゅっと握りしめ、うつむいている。銀髪がさらりと頬にかかり、その表情は読み取りにくい。その姿すらも可憐だ。


「……戻らないな」


 ぽつりと、黒田さんが言った。

 それは確認というより、現実を受け入れるための独り言のようだった。


「何回やっても、ダメみたいです……」


 中村さんは小さな声で答える。目を閉じて集中し、何度も「元の自分」を思い浮かべようとしていたが、変化の兆しは一切ない。


 黒田さんは腕を組み、深く息を吐いた。


「こんな話を聞いたことがある」


 低い声が、静かな室内に響く。


「海外の役者でな。役に入り込みすぎて、自分と役の区別がつかなくなったって話だ。撮影が終わっても人格が戻らなくて、日常生活に支障が出たらしい」

「え……」


 私は思わず声を漏らした。


「中村のスキルは、その極端な例かもしれない。役に入り込みすぎて……戻るための『きっかけ』を見失ってる可能性がある」


 中村さんは、はっと顔を上げた。


「僕もその話、聞いたことあります。じゃあそうすると……、ずっとこのままなのかもしれない⋯⋯」

「断定はできない。ただ……可能性はある」


 場の空気が、さらに重くなる。

 私は慌てて口を開いた。


「えっと! 魔法使いのことは、いったん忘れて……元の自分がどうだったか、思い出してみるのはどうかな?」

「元の自分……」


 中村さんは考え込む。


「うーん……姐さん! クロさん!」

「ただ名前を呼んだだけだな」


 黒田さんが即座に突っ込む。


「うう……」


 それからしばらく、私たちは色々試してみた。昔の口調を真似して思い出させてみたり、男っぽい口調で話してもらったり、深呼吸して自己暗示をかけてみたり。


 だが、何も変わらなかった。

 少女の姿のまま、中村さんは疲れたように椅子にもたれた。


「ダメ、みたいです……」


 その様子を見ていた私は言った。


「……簡単に戻れないなら、今は無理に戻ろうとしなくてもいいんじゃない? もしかしたら、何かの拍子で戻るかもしれないしさ」


 本音を言えば、この姿を、もう少し見ていたいという気持ちもあったけれど。流石に可哀想か。でも可愛い。可哀想だけど可愛い。


 中村さんは天井を見上げて、それからふっと小さく笑った。


「そうですねえ。元々、魔法使いとして能力を発揮するつもりでしたし……しばらくは、このまま魔法使いやってみます!」

「うーん、まあ……そうだな。まずは様子を見るしかないか」

 

 黒田さんは、どこか歯切れが悪そうだが提案に賛成した。やはり、心配しているのが伝わってくる。


 しばらくして、場の重い空気を変えようとしたのか彼が話題を変える。


「そうだ。俺も面白いものを買ったんだ」


 床に置いてあった荷物から、分厚い書物を取り出す。古びた革表紙の、大きな本だ。


「それは?」

「モンスター図鑑だ」


 どん、とテーブルに置かれた本は、鈍い音を立てた。これ自体も何かの凶器になりそうだ。

 パラパラとページをめくると、モンスターの姿や特徴などが記載されていた。


「モンスターの構造を理解すれば、俺も攻撃側に回れると思ってさ。関節や急所を狙って攻撃すれば、効率よく戦えるんじゃないかって」

「おお……確かに。心強いですね!」


 私は素直に感心する。


「武器も買ってみた。ナックルダスターっていう、手にはめるタイプの金属武器だ」


 黒田さんは拳を軽く握る。


「基本はこれで行く。新しい剣も念のため買ったが、俺はやっぱり拳の方が性に合ってるな」


(ああ、ワイルド・ウルフに剣を折られたのが記憶に残ってるのかも……)


 私は心の中でそっと思った。


「今日はとりあえず休もう。明日、またクエストを見てみよう」

「そうですね」

「分かりました」


 話がまとまり、私たちは立ち上がった。

 部屋の前で、中村さんが小さく頭を下げる。


「今日は……すみません。迷惑かけちゃって」

「気にしないで。仲間でしょ」


 私がそう言うと、彼女は安心したように、不意に笑ってみせた。


(⋯⋯! やばい、やっぱり可愛い⋯⋯!無理かも⋯⋯!)


「それでは」

「またな」


 二人はそれぞれの部屋へ戻っていく。


 扉が閉まり、静けさが戻った。

 私はベッドに倒れ込み、天井を見つめる。


「ああ……やばかったなあ」


 今日一日の出来事が頭の中でぐるぐる回る。

 本物の天使みたいな美少女が、仲間になってしまった現実。

 そして、戻れないかもしれないという中村さんの不安。


「なんとか戻すきっかけがあればいいけど⋯⋯」


 小さく呟き、私は目を閉じた。


 だが、瞼の裏には、銀髪の美少女が焼き付いて離れない。ああ、ダメだ。うーん、ああ⋯⋯!


 しばらく悶えていると、いつの間にか意識が薄れていった。



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