表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/35

第11話:きかざる者たち

 ヴェリウスさんの屋敷に戻った私たちは、応接室で彼と向き合っていた。

 机の上には、残っている金貨と、手に入れた銀貨を置く。


「ヴェリウスさん、これ、お返しします。私たちには余分な金貨ですので」


 私がそう言うと、ヴェリウスさんは不機嫌そうに鼻を鳴らし、机の上の硬貨を一瞥した。

 だが、その目はどこか泳いでおり、言葉を選ぶように数秒の沈黙が流れる。


「……いらん。今は受け取れん」

「えっ? でも、これはいわば借金ですし、私たちはもう自力である程度稼げるようになりましたから、本当に大丈夫なんです」


 食い下がる私に対し、ヴェリウスさんはさらに歯切れの悪い様子で、苛立たしげに杖の頭を叩いた。


「しつこいぞ。……お前たちが、またすぐに泣きついて『金を貸してくれ』と言い出すのが目に見えている。その時になって、いちいち貸し借りのやり取りは面倒でかなわん。利息もいらん。そうだな……金貨30枚を、自分たちの力で稼げるようになったらまとめて受け取ってやる。それまではその金、お前たちが緊急時に備えて持っておけ」

「……利息もいらないんですか?」


 私は首を傾げた。この世界に来てから、お金の価値は身に沁みて分かっている。金貨30枚という大金を無利子で、しかも返済を拒んでまで預けておくなんて。それに、自分たちでそこまで稼げるようになったら受け取るっていうのは、もう話が変わってきてない?

 よほどの慈善家か、あるいは……。


(……やっぱり、あの、青年が関係している?)


 ヴェリウスさんの態度は、明らかに何かを隠している。あの青年が、やはり裏で糸を引いているようでならない。そう考えると、ヴェリウスさんの過剰なまでの不器用な「お節介」にも合点がいく気がした。


「それにしてもお前ら……」


 ヴェリウスさんが鋭い視線で、私を射抜いた。


「私が見ていないこの短時間で、一体何があった? お前の纏っている魔力の質が変わっている。以前よりも強固になっているのが分かるぞ」

「あ、分かりますか? さっき、ワイルド・ウルフの群れをやっつけたからかもしれません」


 私がそう答えると、ヴェリウスさんは目を剥いた。


「群れだと? あれは初心者の冒険者がようやく倒せるかどうかの相手だ。おい、お前ら。一度自分の『ステータス』を念じてみろ」


 言われるがままに、私は自分の内側に意識を集中した。すると、脳裏に透明なパネルのような情報が浮かび上がる。


名前:カワセ (26歳・冒険者・元看護師)

レベル:12


「おお……! レベルが10以上も上がってる!」

「僕もレベル、上がってます!」

「俺もだ。あの狼の群れ、相当な経験値だったんだな……」


 黒田さんと中村さんも、驚きの声を上げている。どうやらあの殲滅戦は、私たちの実力を底上げする大きな契機となったようだ。


 討伐の詳細を伝えると、ヴェリウスさんは震える手でこめかみを押さえた。


「納得した。お前という女は、やはり私の理解を超えている。……だが、油断するな。この辺りのモンスターはまだまだ弱い部類だ。付け焼き刃の力では、もっと北へ行けばすぐに命を落とすぞ」


 ヴェリウスさんはそう言うと、立ち上がって窓の外を見た。


「明日も見てやる。明日も同じ場所に集合だ。基礎なくして応用はない。お前たちのその異質な力も、使いこなせなければ宝の持ち腐れだからな」

「分かりました。よろしくお願いします!」


 私たちは深く一礼し、その日もまた町の宿に泊まることにした。


◆◇◆


 翌朝。


 中村さんは「ちょっと買いたいものがある」と言って、夜明けと共に早足で市場へ向かっていった。残された私と黒田さんは、少し遅れて集合場所の平原へと向かう。


「黒田さんは、買い物いいんですか?」

「ああ。俺は今のままで大丈夫だ」


 黒田さんは少し寂しげに、自分の大きな手を見つめた。


「河瀬さんと中村のスキルが分かった今、俺は自分の役割を考えなきゃならない。昨日の戦いでも、俺はただ見ていただけだったからな。……正直、足手まといになりたくないんだ」

「そんなことないですよ。黒田さんが後ろにいてくれるだけで、私は安心して前に出られます」

「ありがとう。でも、回復だけのスキルじゃ戦闘中はそこまで役に立てないと思う。何か俺にできることを、これから見つけてみるよ。河瀬さんに頼り切りの男には、なりたくないからな」


 そう言って笑う黒田さんの目の奥には、頼もしい光が宿っていた。


「……お前ら、遅いぞ! それにあの男はどうした?」


 待ち構えていたヴェリウスさんが、眉間に皺を寄せながら尋ねてくる。


「買い物だそうで、もう少しで来るはずですが……」

「おーい! 皆さん、お待たせしました!」


 遠くから、聞き慣れた、けれど少しだけ、いつもより気合の入った声が響いた。

 駆け寄ってきた中村さんの姿を見て、私たちは絶句した。


 昨日までの軽装ではない。背中には真新しい弓矢を背負い、軽やかなレザーアーマーに身を包んでいる。

 何より驚いたのは、その「顔つき」だ。


「……中村さん、どうしたの? その格好」

「ああ、これですか! 実は昨日の夜、考えたんです。特定の『役割』に服装から何からなりきった方が、スキルを上手く引き出せるんじゃないかって!」


 中村さんは胸を張り、爽やかな笑顔を振りまいた。


「僕の思う『弓使い』は、仲間想いで、後方から冷静に戦況を見極める、沈着冷静なイメージなんです。今日はそのイメージで服を選んで、内面から役作りをしてきました!」

「……ああ、だから買い物をしていたのか」


 内心、「日替わりのコスプレか?」とも思ったが、不思議なことに、今の彼からは昨日までの浮ついた空気が消えていた。

 それに、なんだか顔つきも変わってるような錯覚を覚えた。


「では、練習だ。基礎なくして応用はないぞ」


 ヴェリウスさんの号令で、訓練が再開された。

 昨日に引き続き、火や水といった基本属性の顕現を行う。


 黒田さんは、今日は昨日とは気合が違った。

 自分の力の無さを自覚した彼は、凄まじい集中力で魔法の構築を学び、ついには基本魔法のすべてと、移動に便利な「空間魔法」をその日のうちにマスターして見せた。


「足手まといになるわけにはいかないからな!」


 その真摯な姿に、ヴェリウスさんも「ほう」と感心の声を漏らす。


 一方で、魔法の「適性」において圧倒的だったのは、やはり中村さんだった。

 彼は昨日の双剣ではなく、自身で購入していた杖を握っていた。


「……水、そして……凍れ!」


 中村さんがイメージを形にすると、周囲の空気が一気に冷え込み、地面から鋭い氷の柱が突き出した。水魔法の応用である氷魔法。それを教わって数回で具現化してしまったのだ。


「お前は筋がいいな。魔法に関しては、私がお前くらいの頃より早いかもしれん」

「ありがとうございます!」


 中村さんは、いつの間にか市場で買ったらしい、深い青色のローブを羽織り、とんがり帽子を被っていた。


「今は『賢い魔法使いモード』です! 今は、知性を意識してます!」

「本当に知性ある人は『知性を意識してます』って言わないと思うけど」

「そうですね!」


 私のツッコミにも、笑顔で返す。


 普段は軽い印象はある彼だが、その裏にある練習熱心な勤勉さは本物だ。

 これからのチームにおいて、彼が強力な戦力になってくれることは間違いなかった。


◆◇◆


 そんなふうにして、ヴェリウスさんの屋敷に身を寄せながら訓練に励む日々が、数日続いた。


 そして――


「……基礎はある程度マスターしたようだな。もはや私が教えられることは何もない」


 夕暮れが差し込む屋敷で、ヴェリウスさんは静かに告げた。


 その言葉は、私たちの修行期間の終わりを意味していた。


「それじゃあ……いよいよ、この町を出る時が来たんですね」


 私は窓の外、遠く広がる街道を見つめた。

 ふと思い出し、ヴェリウスさんに尋ねる。


「あの、やっぱり金貨はいいんですか? 今度いつ帰ってくるか分かりませんし、それに私たちがそのまま持ち逃げしちゃうかもしれませんよ?」

「……フン。その時はその時だ」

「やけに信頼してくれるんですね」


 頑なに受け取らない姿勢を貫くようだ。


「受け取ることはできない。あの男に、いや、そうだ、私のプライドが許さんのだ!」


 一瞬何かを言いかけて止めた。

 やはりあの青年が影響しているのだろう。


「金貨30枚、それを稼げるようになった時に受け取ってやると言っただろう」

「でも、どうやってそんな大金稼ぐんですか? あれだけの狼を討伐しても、銀貨10枚そこらだったのに。倒せば金貨もらえるような、そんなモンスターでもいるんですか?」


 私の問いに、ヴェリウスさんは皮肉げな笑みを浮かべ、北東の空を指差した。


「そうだな。例えば、北東の渓谷にいる『漆黒の竜(ブラック・ドラゴン)』でも討伐すれば、金貨30枚などあっという間だろう」

「へえー! ドラゴンですか! じゃあ、そこへ行きます!」


 私の即答に、ヴェリウスさんの顔から余裕が消えた。


「おい、待て! 今のは冗談だ! あの竜は、我が国最強の騎士団ですら手が出せない。生ける天災なのだぞ。近づくことすら許されん。いくらお前のレーザーが強力でも、射程に入る前に炭にされるのがオチだ。地道に安全に、確実にクエストをこなすんだな。焦る必要は……」


 必死に止めようとするヴェリウスさんの言葉を遮り、私は一つの、極めて物理的な疑問をぶつけた。


「あの、ヴェリウスさん。その『漆黒の竜』っていうのは、やっぱり、色がブラックなんですか?」

「……当たり前だ。光を飲み込むような深淵の黒。だから漆黒の竜と呼ばれている」


 その答えを聞いた瞬間、私はある考えに至っていた。


(医療脱毛レーザーは、黒い色素……つまり、『メラニン』に反応する。ターゲットが黒ければ黒いほど、光エネルギーは効率よく熱へと変換され、対象を内部から破壊する……)


 ワイルド・ウルフの黒い毛並みで、あれほどの威力が出たのだ。

 もし、全身が「漆黒」に覆われた巨大な個体が相手なら、私のレーザーの吸光率は、理論上最大値に達する。


「それなら良かった! ブラックならちょうどいいですね、行きましょう!」

「……おい! 私の話を聞いていたのか!? 行くなと言っているんだ! 金貨の返済などいつでもいい、命を捨てるような真似は……!」


 ヴェリウスさんは慌てふためき、身を乗り出して私たちを制止しようとした。焚き付けたのは自分のはずなのに、いざ私たちがやる気になるとこの慌てよう。やはり、根は良い人なのかもしれない。


「ご忠告、ありがとうございます。でも、私たちなら行けると思うんです。黒田さん、中村さんと一緒なら……このレーザーは、もっと先へ、行けると思うんです!」


 私は2人に視線を送った。


「姐さんのレーザーなら、ドラゴンだって倒せると思います!」

「ああ、それに俺たちがついてる!」


 二人の同意に、私は深く頷いた。


「次の目標は、北東の渓谷、漆黒の竜で!」

「お前ら……」


 ヴェリウスさんは、もはや何を言っても無駄だと悟ったのか、深く長い溜息をつき、肩を落とした。


◆◇◆


 出発の朝。


 町の門の前で、ヴェリウスさんが一人、見送りに来てくれていた。


「……また、いつでも帰ってこい。死ぬことだけは許さんぞ」


 ぶっきらぼうにそう一言だけ言うと、彼は背中を向け、一度も振り返らずに屋敷の方へと歩き去っていった。その背中が少しだけ寂しげに見えたのは、気のせいではないだろう。


「それでは、行ってきます!!」


 私たちが大きく手を振ると、彼は振り返ることなく、片手だけをわずかに上げた。


 私たちの旅が、ようやく本当の意味で始まった。

 目指すは漆黒の竜。

 異世界初の、「ドラゴンの全身レーザー脱毛」だ。


 私たちは、その一歩を踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ