第11話:きかざる者たち
ヴェリウスさんの屋敷に戻った私たちは、応接室で彼と向き合っていた。
机の上には、残っている金貨と、手に入れた銀貨を置く。
「ヴェリウスさん、これ、お返しします。私たちには余分な金貨ですので」
私がそう言うと、ヴェリウスさんは不機嫌そうに鼻を鳴らし、机の上の硬貨を一瞥した。
だが、その目はどこか泳いでおり、言葉を選ぶように数秒の沈黙が流れる。
「……いらん。今は受け取れん」
「えっ? でも、これはいわば借金ですし、私たちはもう自力である程度稼げるようになりましたから、本当に大丈夫なんです」
食い下がる私に対し、ヴェリウスさんはさらに歯切れの悪い様子で、苛立たしげに杖の頭を叩いた。
「しつこいぞ。……お前たちが、またすぐに泣きついて『金を貸してくれ』と言い出すのが目に見えている。その時になって、いちいち貸し借りのやり取りは面倒でかなわん。利息もいらん。そうだな……金貨30枚を、自分たちの力で稼げるようになったらまとめて受け取ってやる。それまではその金、お前たちが緊急時に備えて持っておけ」
「……利息もいらないんですか?」
私は首を傾げた。この世界に来てから、お金の価値は身に沁みて分かっている。金貨30枚という大金を無利子で、しかも返済を拒んでまで預けておくなんて。それに、自分たちでそこまで稼げるようになったら受け取るっていうのは、もう話が変わってきてない?
よほどの慈善家か、あるいは……。
(……やっぱり、あの、青年が関係している?)
ヴェリウスさんの態度は、明らかに何かを隠している。あの青年が、やはり裏で糸を引いているようでならない。そう考えると、ヴェリウスさんの過剰なまでの不器用な「お節介」にも合点がいく気がした。
「それにしてもお前ら……」
ヴェリウスさんが鋭い視線で、私を射抜いた。
「私が見ていないこの短時間で、一体何があった? お前の纏っている魔力の質が変わっている。以前よりも強固になっているのが分かるぞ」
「あ、分かりますか? さっき、ワイルド・ウルフの群れをやっつけたからかもしれません」
私がそう答えると、ヴェリウスさんは目を剥いた。
「群れだと? あれは初心者の冒険者がようやく倒せるかどうかの相手だ。おい、お前ら。一度自分の『ステータス』を念じてみろ」
言われるがままに、私は自分の内側に意識を集中した。すると、脳裏に透明なパネルのような情報が浮かび上がる。
名前:カワセ (26歳・冒険者・元看護師)
レベル:12
「おお……! レベルが10以上も上がってる!」
「僕もレベル、上がってます!」
「俺もだ。あの狼の群れ、相当な経験値だったんだな……」
黒田さんと中村さんも、驚きの声を上げている。どうやらあの殲滅戦は、私たちの実力を底上げする大きな契機となったようだ。
討伐の詳細を伝えると、ヴェリウスさんは震える手でこめかみを押さえた。
「納得した。お前という女は、やはり私の理解を超えている。……だが、油断するな。この辺りのモンスターはまだまだ弱い部類だ。付け焼き刃の力では、もっと北へ行けばすぐに命を落とすぞ」
ヴェリウスさんはそう言うと、立ち上がって窓の外を見た。
「明日も見てやる。明日も同じ場所に集合だ。基礎なくして応用はない。お前たちのその異質な力も、使いこなせなければ宝の持ち腐れだからな」
「分かりました。よろしくお願いします!」
私たちは深く一礼し、その日もまた町の宿に泊まることにした。
◆◇◆
翌朝。
中村さんは「ちょっと買いたいものがある」と言って、夜明けと共に早足で市場へ向かっていった。残された私と黒田さんは、少し遅れて集合場所の平原へと向かう。
「黒田さんは、買い物いいんですか?」
「ああ。俺は今のままで大丈夫だ」
黒田さんは少し寂しげに、自分の大きな手を見つめた。
「河瀬さんと中村のスキルが分かった今、俺は自分の役割を考えなきゃならない。昨日の戦いでも、俺はただ見ていただけだったからな。……正直、足手まといになりたくないんだ」
「そんなことないですよ。黒田さんが後ろにいてくれるだけで、私は安心して前に出られます」
「ありがとう。でも、回復だけのスキルじゃ戦闘中はそこまで役に立てないと思う。何か俺にできることを、これから見つけてみるよ。河瀬さんに頼り切りの男には、なりたくないからな」
そう言って笑う黒田さんの目の奥には、頼もしい光が宿っていた。
「……お前ら、遅いぞ! それにあの男はどうした?」
待ち構えていたヴェリウスさんが、眉間に皺を寄せながら尋ねてくる。
「買い物だそうで、もう少しで来るはずですが……」
「おーい! 皆さん、お待たせしました!」
遠くから、聞き慣れた、けれど少しだけ、いつもより気合の入った声が響いた。
駆け寄ってきた中村さんの姿を見て、私たちは絶句した。
昨日までの軽装ではない。背中には真新しい弓矢を背負い、軽やかなレザーアーマーに身を包んでいる。
何より驚いたのは、その「顔つき」だ。
「……中村さん、どうしたの? その格好」
「ああ、これですか! 実は昨日の夜、考えたんです。特定の『役割』に服装から何からなりきった方が、スキルを上手く引き出せるんじゃないかって!」
中村さんは胸を張り、爽やかな笑顔を振りまいた。
「僕の思う『弓使い』は、仲間想いで、後方から冷静に戦況を見極める、沈着冷静なイメージなんです。今日はそのイメージで服を選んで、内面から役作りをしてきました!」
「……ああ、だから買い物をしていたのか」
内心、「日替わりのコスプレか?」とも思ったが、不思議なことに、今の彼からは昨日までの浮ついた空気が消えていた。
それに、なんだか顔つきも変わってるような錯覚を覚えた。
「では、練習だ。基礎なくして応用はないぞ」
ヴェリウスさんの号令で、訓練が再開された。
昨日に引き続き、火や水といった基本属性の顕現を行う。
黒田さんは、今日は昨日とは気合が違った。
自分の力の無さを自覚した彼は、凄まじい集中力で魔法の構築を学び、ついには基本魔法のすべてと、移動に便利な「空間魔法」をその日のうちにマスターして見せた。
「足手まといになるわけにはいかないからな!」
その真摯な姿に、ヴェリウスさんも「ほう」と感心の声を漏らす。
一方で、魔法の「適性」において圧倒的だったのは、やはり中村さんだった。
彼は昨日の双剣ではなく、自身で購入していた杖を握っていた。
「……水、そして……凍れ!」
中村さんがイメージを形にすると、周囲の空気が一気に冷え込み、地面から鋭い氷の柱が突き出した。水魔法の応用である氷魔法。それを教わって数回で具現化してしまったのだ。
「お前は筋がいいな。魔法に関しては、私がお前くらいの頃より早いかもしれん」
「ありがとうございます!」
中村さんは、いつの間にか市場で買ったらしい、深い青色のローブを羽織り、とんがり帽子を被っていた。
「今は『賢い魔法使いモード』です! 今は、知性を意識してます!」
「本当に知性ある人は『知性を意識してます』って言わないと思うけど」
「そうですね!」
私のツッコミにも、笑顔で返す。
普段は軽い印象はある彼だが、その裏にある練習熱心な勤勉さは本物だ。
これからのチームにおいて、彼が強力な戦力になってくれることは間違いなかった。
◆◇◆
そんなふうにして、ヴェリウスさんの屋敷に身を寄せながら訓練に励む日々が、数日続いた。
そして――
「……基礎はある程度マスターしたようだな。もはや私が教えられることは何もない」
夕暮れが差し込む屋敷で、ヴェリウスさんは静かに告げた。
その言葉は、私たちの修行期間の終わりを意味していた。
「それじゃあ……いよいよ、この町を出る時が来たんですね」
私は窓の外、遠く広がる街道を見つめた。
ふと思い出し、ヴェリウスさんに尋ねる。
「あの、やっぱり金貨はいいんですか? 今度いつ帰ってくるか分かりませんし、それに私たちがそのまま持ち逃げしちゃうかもしれませんよ?」
「……フン。その時はその時だ」
「やけに信頼してくれるんですね」
頑なに受け取らない姿勢を貫くようだ。
「受け取ることはできない。あの男に、いや、そうだ、私のプライドが許さんのだ!」
一瞬何かを言いかけて止めた。
やはりあの青年が影響しているのだろう。
「金貨30枚、それを稼げるようになった時に受け取ってやると言っただろう」
「でも、どうやってそんな大金稼ぐんですか? あれだけの狼を討伐しても、銀貨10枚そこらだったのに。倒せば金貨もらえるような、そんなモンスターでもいるんですか?」
私の問いに、ヴェリウスさんは皮肉げな笑みを浮かべ、北東の空を指差した。
「そうだな。例えば、北東の渓谷にいる『漆黒の竜』でも討伐すれば、金貨30枚などあっという間だろう」
「へえー! ドラゴンですか! じゃあ、そこへ行きます!」
私の即答に、ヴェリウスさんの顔から余裕が消えた。
「おい、待て! 今のは冗談だ! あの竜は、我が国最強の騎士団ですら手が出せない。生ける天災なのだぞ。近づくことすら許されん。いくらお前のレーザーが強力でも、射程に入る前に炭にされるのがオチだ。地道に安全に、確実にクエストをこなすんだな。焦る必要は……」
必死に止めようとするヴェリウスさんの言葉を遮り、私は一つの、極めて物理的な疑問をぶつけた。
「あの、ヴェリウスさん。その『漆黒の竜』っていうのは、やっぱり、色がブラックなんですか?」
「……当たり前だ。光を飲み込むような深淵の黒。だから漆黒の竜と呼ばれている」
その答えを聞いた瞬間、私はある考えに至っていた。
(医療脱毛レーザーは、黒い色素……つまり、『メラニン』に反応する。ターゲットが黒ければ黒いほど、光エネルギーは効率よく熱へと変換され、対象を内部から破壊する……)
ワイルド・ウルフの黒い毛並みで、あれほどの威力が出たのだ。
もし、全身が「漆黒」に覆われた巨大な個体が相手なら、私のレーザーの吸光率は、理論上最大値に達する。
「それなら良かった! ブラックならちょうどいいですね、行きましょう!」
「……おい! 私の話を聞いていたのか!? 行くなと言っているんだ! 金貨の返済などいつでもいい、命を捨てるような真似は……!」
ヴェリウスさんは慌てふためき、身を乗り出して私たちを制止しようとした。焚き付けたのは自分のはずなのに、いざ私たちがやる気になるとこの慌てよう。やはり、根は良い人なのかもしれない。
「ご忠告、ありがとうございます。でも、私たちなら行けると思うんです。黒田さん、中村さんと一緒なら……このレーザーは、もっと先へ、行けると思うんです!」
私は2人に視線を送った。
「姐さんのレーザーなら、ドラゴンだって倒せると思います!」
「ああ、それに俺たちがついてる!」
二人の同意に、私は深く頷いた。
「次の目標は、北東の渓谷、漆黒の竜で!」
「お前ら……」
ヴェリウスさんは、もはや何を言っても無駄だと悟ったのか、深く長い溜息をつき、肩を落とした。
◆◇◆
出発の朝。
町の門の前で、ヴェリウスさんが一人、見送りに来てくれていた。
「……また、いつでも帰ってこい。死ぬことだけは許さんぞ」
ぶっきらぼうにそう一言だけ言うと、彼は背中を向け、一度も振り返らずに屋敷の方へと歩き去っていった。その背中が少しだけ寂しげに見えたのは、気のせいではないだろう。
「それでは、行ってきます!!」
私たちが大きく手を振ると、彼は振り返ることなく、片手だけをわずかに上げた。
私たちの旅が、ようやく本当の意味で始まった。
目指すは漆黒の竜。
異世界初の、「ドラゴンの全身レーザー脱毛」だ。
私たちは、その一歩を踏み出した。




