第10話:奪われた者たち
「……嘘だ。こんなの嘘だ。認めない、僕は絶対に認めませんよ⋯⋯!」
夕暮れ間近の街道に、中村さんの悲痛な叫びが響き渡った。
彼はがっくりと膝をつき、天を仰いでいる。
その顔は、まるで世界の終わりを嘆く、悲劇の主人公のようだった。
「……中村さん」
私はそんな彼に、そっと声をかけた。
「大丈夫⋯⋯?」
「大丈夫じゃないですよ⋯⋯」
中村さんが悲しげに声を出す。
「見てくださいよ⋯⋯」
中村さんが指差した。その先には⋯⋯。
そこには、つい数分前まで私たちを絶望的な数で包囲し、牙を剥いていたはずのワイルド・ウルフたちが――今はもう、まるで打ち上げられた魚のように折り重なって転がっていた。
あれだけの狼たちが、一頭残らず、ピクリとも動かない。
いや、よく見れば数頭が地面をビチビチと叩いている。
「いいですか! ここって普通、みんなが特訓の成果を1人ずつ順番に披露していって、見せ場を作るものなんですよ! もしこれが舞台なら、オーケストラの熱いBGMとかが流れて、スローモーションで飛びかかる狼を僕が華麗に躱したり、黒田さんの強靭な肉体が狼の牙を弾き返して……。最後に背中合わせで『ここは任せたぞ!』なんて決め台詞を吐く、盛り上がりポイントのはずなんです!」
中村さんは震える指先で、累々と横たわる狼の山を指し示した。
「それなのに……。姐さんが一瞬でやっつけてしまうなんて!!」
「……だって、そんな余裕ないでしょ?」
思わず素で返答してしまった。
私にとっては、包囲された瞬間に判断すべきことは一つしかなかった。「一発ずつ撃つのは非効率。それならば、広範囲をスライド照射で一気に」――。
私は反射的に、蓄熱式のレーザーを周囲に放っていた。
「中村、そう言うな。良かったじゃないか、みんな無事に生き残ったんだし」
横から黒田さんが、落ち着いた声でなだめるように割って入った。
「クロさんは、悔しくないんですか!? 僕はこれから『仲間の復讐に燃える、若き双剣使い』になりきって、メンタルを最高潮まで仕上げてたんですよ!? いよいよ剣を抜くぞっていう、一番美味しい見せ場で、サァーって光を横に滑らせて瞬殺だなんて!」
「あれ、クロさんって呼んでたか? まあいいか、とにかく、みんな怪我一つなく、無事に乗り越えられて良かったじゃないか!」
黒田さんは笑いながら、私に声をかけた。
「河瀬さん、本当に頼りになるよ。俺はもう、完全に後方支援だよ」
「いえいえ、黒田さんたちが後ろにいてくれる安心感のおかげですよ」
「それにしても、姐さん強すぎるんですよ。僕らにも少しは出番ください。……はぁ、風情がないなぁ」
中村さんは文句を言いながらも、腰の短剣を抜いた。
もがいている瀕死の狼たちに「えい!」「えい!」とトドメを刺して回り始めた。
あんなに熱演を希望していたのに、実際に行っているのは非常に地味な作業である。
私と中村さんは、覚えたての「空間魔法」の穴を広げた。その中へ黒田さんが、狼の死骸を次々と放り込んでいくのを手伝った。
かつて、私たちが一頭の狼に追い詰められていたことが嘘のように、私たちはその残骸を処理していった。
◆◇◆
町のギルドの建物に入ると、私たちはそのままクエストの達成報告へ向かった。
受付の職員に「ワイルド・ウルフ討伐の件で」と伝えると、案内されたのは建物の裏手にある、広い納屋のような場所だった。
「それでは、狩りをしたモンスターをお示しいただけますか?」
係の男性が、記録用のボードを手に無造作に言った。
「はい、わかりました。中村さん、黒田さん、協力をお願いします」
私は空間魔法の穴を開いた。中村さんと黒田さんが、慣れた手付きで中から狼を引きずり出す。
「……ええっと、合計2体、ですかね」
職員がボードにペンを走らせる。
「あ、まだまだありますよ」
中村さんがニヤリと笑い、次々と狼を放り出していく。10体、20体。職員の顔から余裕が消え、みるみるうちに戸惑いの色へと変わっていく。
「ちょっと、待ってください。まだあるんですか?」
「はい、まだまだ」
30、40……。空間魔法から溢れ出る狼の山に、納屋の床が見えなくなっていく。職員の男性は、もはや記録することを忘れ、口を開けたまま絶句していた。
「……これで全部です。合計、67体ですね!」
最後の一体を黒田さんがドサリと置いた時、納屋には狼の死骸の絨毯が出来上がっていた。
「……こ、これだけの数とは……。この町に来て、一度の依頼でこれほどの数を討伐された方々は⋯⋯。初めてですよ⋯⋯」
◆◇◆
「『ダリオスの翼』の皆さまー、お待たせしましたー!」
(病院の呼び出しスタイルか、これは……。それにしても、この名前、恥ずかしいかも……)
心の中で顔を覆いたくなるのを堪え、何事もないかのように、カウンターへ向かった。
「計67頭。1頭当たり銅貨15枚で計算しまして、報酬が『銅貨1005枚」。通貨を銀貨に引き換えまして、合計『銀貨10枚』と『銅貨5枚』のお支払いとなります。お確かめのうえ、お受け取りください」
カウンターに並べられた銀貨の輝きに、私たちは思わず「おおー」と声を上げた。以前までの採集クエストでは得られなかった大金。
その重みは、これまでの不安を拭い去ってくれるような気がした。
「やりましたね!」
「ああ、ようやく一歩前進だ」
「そうだね。……でも、金貨30枚には、これでも全然届かないね。やっぱり私たちへの最初の投資額、魔導師さんは出しすぎだと思うなあ⋯⋯」
「これからなんとかやって行けそうですし、残っている分の金貨、返しに行きませんか?」
「そうだね。そうしようか」
そんなことを話しながら建物を後にしようとした時、一人の初老の男性に呼び止められた。
「あの、あなたたち、少しよろしいかな?」
「はい、私たちが何か?」
「いえ、『ワイルド・ウルフ』討伐のことです。町を代表して、お礼を言いたいのです。……本来、この辺りは、以前までは平和な土地でした。ですが最近はモンスターが凶暴化しているのか、街道にも現れることが多くなったと聞いて、不安に感じる者も多かったのですよ」
「そうだったんですか……」
「ええ。町にとって計り知れない救いです。多くの狼を討伐いただき、町の者たちの安全に貢献いただいたこと、心から感謝申し上げます」
男性はそう言うと、私たちの前で深く、深く頭を下げた。
「……そうでしたか。私たちが少しでもお役に立てたのなら良かったです」
「よろしければ、あなた方のお名前を、聞いてもよろしいかな?」
「名乗るほどの者では」……と一瞬言いかけた私の横から、中村さんの熱い視線が刺さる。
軽く咳払いをする。
「……私たちは、『ダリオスの翼』です」
そう告げると、男性はもう一度深く頭を下げた。
◆◇◆
ギルドを出た後、中村さんが上機嫌で歩き出す。
「いやあ、お礼言われるなんて、なんだか嬉しいですね!」
「そうだな。でもあのおじさん、誰だったんだろうな」
「さあ……。とにかく無事にクエストが達成できて、良かった」
夕暮れの町並みに目をやりながら、私たちはヴェリウスさんの屋敷へと向かった。
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第10話という一つの節目を迎えることができたのも、お読みいただいてる皆さまのおかげです。ありがとうございます。
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