謁見用の衣装と、王女の本当の姿
エンデとゆなと、昨日は妙に平和な時間を過ごした。
そのせいか、俺は久しぶりにぐっすり眠れた気がする。
目を開けると、隣にいたのは――しずかではなく、エンデだった。
俺の腕を枕にして、当然のように丸くなっている。
「……お前、いつの間に戻ってきたんだよ」
そう言いながら頭を撫でると、エンデは面倒くさそうに尻尾をひと振りして、俺の手を軽く払った。
猫だ。完全に猫だ。
俺は苦笑いしながら体を起こす。
「今日は謁見か……」
城に呼ばれるのも、もう何度目だろう。
さすがに慣れてしまった。
気楽に考えながら、いつものように朝食の準備を始める。
簡単なスープと、焼いたパン。
そして、昨日の試作で作ったステーキソースを少し。
香りだけでもテンションが上がる。
ゆなはすぐに起きてきて、ぱっと表情を明るくした。
「たけるさん!いい匂いです!」
「だろ?昨日の続きだ」
「えへへ……朝から贅沢ですね」
ゆなは嬉しそうに席に座り、エンデも当然のようにテーブルの上へ飛び乗った。
俺が何も言わなくなったのをいいことに、完全にこの家の主みたいな態度をとっている。
朝食を食べながら、俺はゆなに言う。
「今日、謁見が終わればしずかは帰ってくるはずだ」
「よかった……!」
ゆなの声には、ほっとした温度があった。
「やっぱり、しずかさんがいないと寂しいですよね」
「まぁな。……俺も、ちょっと静かすぎて変な感じだった」
ゆなはふふっと笑う。
「たけるさんも、寂しかったんですね」
「当たり前だろ」
そう返しながらも、俺は内心少しだけ不思議だった。
たった一日。
それだけなのに、家の空気が違う。
しずかがいるだけで、この家は“落ち着く場所”になる。
そんな気がした。
朝食を終え、ゆなを見送る。
「行ってきます!」
「いってらっしゃい。気をつけろよ」
扉が閉まり、家の中が静かになった。
エンデは窓辺に移動し、外を眺めている。
俺は洗い物をしながら、ぼんやりと考える。
(……謁見、何の話になるんだろうな)
札の件もあるし、魔石の件もある。
面倒が増える予感しかしない。
そんなことを考えていると、外からノックの音がした。
続いて聞き慣れた声が響く。
「たける殿、いらっしゃいますか」
「……早いな?」
思ったよりも早い。
俺は布巾で手を拭き、扉を開けた。
そこに立っていたのは、いつもの護衛のおじさんだった。
「おはようございます」
「おはよう。今日は迎えに来るの早いですね」
「はい。謁見前に、衣装へ着替えて頂く必要がありますので」
「……衣装?」
俺は眉をひそめた。
「俺、いつもの格好じゃダメですか?」
「王妃ユリアナ様のご意向です」
その一言で、俺は妙に納得してしまった。
あの王妃は、まともだ。
まともだからこそ、何か考えがあるんだろう。
「……わかった。行きます」
俺はエンデに視線を向ける。
「お前は留守番だぞ」
エンデは「ふん」と言わんばかりに顔を背けた。
……なんでこいつ、たまに偉そうなんだ。
護衛と並んで歩きながら、俺は城へ向かう。
道中は世間話程度で、特に緊張はしなかった。
城に着くと、俺はすぐに一室へ通された。
そこには侍女が数名待っていて、淡々と衣装を差し出してくる。
「こちらへお着替えくださいませ」
「……はい」
言われるがまま着替え始める。
気づけば、俺は白を基調とした上品な衣装に身を包んでいた。
派手さはない。
けれど、生地も縫製も明らかに高級だ。
鏡に映る自分を見て、俺は思わず固まった。
「……え、これ俺が着ていいやつ?」
俺の言葉に侍女は微笑みもせず、淡々と答える。
「王妃ユリアナ様がご用意されたものですので、問題ございません」
「……そうですか」
逆に怖い。
いや、ありがたいんだけど。
ありがたいんだけど、こういうのは慣れない。
着替え終わると、俺はしずかがいるという部屋へ案内された。
扉の前で侍女が声をかける。
「失礼いたします」
静かに扉が開かれた。
――その瞬間、俺は言葉を失った。
部屋の中にいたのは、いつものしずかじゃなかった。
黒いドレス。
胸元はきっちりと隠され、品があるのに、どこか凛とした強さを感じる。
腕の部分は繊細な透け感があり、上品な柄が入っている。
そして、髪。
いつもはさらりと下ろしている黒髪が、丁寧に結い上げられていた。
装飾品も派手ではないが、確実に高価なものだ。
――見慣れないのに、異様に似合っている。
俺は、無意識に息を呑んでいた。
しずかはいつもの調子で、淡々と言う。
「おはよう」
その声が、逆に現実に引き戻してくる。
「……おはよう」
俺も反射的に返事をした。
だけど、頭が追いついていない。
しずかは確かに、王女だった。
知識としては理解していた。
でも――こうして“王女の姿”を見せつけられると、実感が違う。
たった服装が変わっただけで。
たった髪型が変わっただけで。
立ち姿も、空気も、別物になる。
(ああ……ここは異世界なんだな)
今さらのように、そんなことを思った。
すると横から、わざとらしいため息が聞こえた。
「はぁ……」
ガラテアだった。
俺を見て、呆れた顔をする。
「お姉さまの服装を見て、挨拶だけとはどういうことですの?」
「……え?」
「感想を口にするのが紳士のすることではなくて?」
言われて、俺はようやく我に返った。
しまった。
俺、完全に見惚れて黙ってた。
「……似合ってるな」
俺がそう言うと、しずかは少しだけ目を細める。
「ありがとう」
「こうして見ると、しずかが王女だったってよくわかる」
「……そう?」
「うん。たまにはこういうのも悪くないな」
しずかは、少しだけ間を置いて頷いた。
「うん」
その短い返事だけで、なんだか十分だった。
ガラテアはまたため息を吐く。
「思っていた言葉とは違いましたけれど……」
けれど、次の瞬間には柔らかい笑みを浮かべた。
「その会話こそ、あの家で過ごしている日常ですのね」
ガラテアはしずかへ向き直り、すっと手を差し出す。
「そろそろ時間になりますので、参りましょう」
しずかはその手を取り、立ち上がった。
その仕草すら、自然で綺麗だった。
俺は一瞬、完全に置いていかれた気がした。
(……あれ?俺も行くんだよな?)
ガラテアとしずかはそのまま部屋を出ようとする。
俺は慌てて後ろについていった。
廊下を歩く二人は、絵になるくらい美しい。
そこに俺が混ざっていいのか分からない。
だが――
俺が歩くたび、しずかは一歩も迷わず前へ進んでいく。
その背中が、少しだけ誇らしく見えた。
そして俺は思った。
(……謁見、絶対また面倒な話になる)
でも。
今日はしずかが隣にいる。
それだけで、少しだけ大丈夫な気がした。




